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イケメンも続々登場

 椅子を隅っこに寄せ、腰掛けた。

 こっそり靴を脱ぐ。

 足の締め付けがなくなるだけでも、いくらか解放された気分になった。

 

親族であろう男性にエスコートされ、次々に舞踏会へ旅立つ令嬢達をぼんやり見送りながら、直樹はマティアスの迎えを待った。その間、直樹に話しかけてくる令嬢は皆無。

 まあ、それはそうだ。この華やかな世界のボスともいうべきシャルロッテ姫に早速睨まれたのだ。そんな奴に無邪気に話しかけてくる少女がいたら、嬉しいどころか、もっと世渡り上手くなれよ、と説教をかますところである。


「まもなくいらっしゃると思います」

 早くもぼっちになった主に、エルマが気遣わしげな声で言う。直樹はそれに生返事で答えた。と、エルマが、アイスブルーのドレスの裾から不自然な角度で顔を覗かせる靴に目を留める。

「ちょっ……ユリア様、何してんですか。何我が家のように寛いでるんですか」

 直樹は気まずげにエルマから目をそらした。

「いやその、どうせスカートで見えないしいいかなと思って。だってずっと爪先締め付けられるって割と拷問じゃないか。それにこれからずっと立ちっぱなしになるわけだし、今のうちにちょっとでも休めておこうと」


 早口で言い訳を並べる主に、エルマはやるせないといった風情でため息をついた。

「いいですかユリア様。

 女の世界の怖さに疎いユリア様でも、先程の応酬でさすがにお分かりかと思いますが、ここは戦場です。

 ここではちょっとしたことが命取りになるのです。

 ましてや、ユリア様はさっき、早速やらかしてます」


「うっ……」

 返す言葉もない。


「ユリア様の一挙一動に、ユリア様と、そして私の命だってかかってるんですからね。

 何とか無事に生き残る、いえ、見事大将首を上げるのです、ユリア様」

 鼻息荒く、侍女が言う。


 何だこれ。こんなゲームだっけこれ。


 そう思わないでもなかったが、彼女の剣幕に圧され、直樹はこくこくと頷く。


「もちろん、分かっておりましてよ、エルマ。

 それにしてもお兄様は遅いわね。

 一体何をなさっているのかしら。

 わたくし、待ちくたびれてしまいましたわ」

 扇子を口許にかざし、おほほほほ、と棒読みで笑う直樹。


 何なんだよ。場末のオカマバーかよここは。


 自分の安い芝居に、鳥肌が立つ。だが、どうやらエルマにとっては及第点だったらしい。


「そう、その調子ですユリア様。

 そのスタンスのまま、舞踏会へ行くのです」


 やがて、マティアスが迎えにきた。戦意むき出しで、今にも万歳三唱でも始めそうな勢いの侍女に見送られ、直樹はマティアスとともにいざ鎌倉、もとい、舞踏会の会場へ向かった。靴はちゃんと履いた。



 フルオーケストラの生演奏に乗せて、直樹は踊る。

 ダンスといえば盆踊りとソーラン節しかできなかった直樹だが、王宮へ上がるまでに何とか相手の足を踏んづけない程度には仕上げてきた。

 まあ、一緒に踊るマティアスが大部分をカバーしてくれているということは否定はしないが。


 周りでは、先程の令嬢達がそれぞれ、男性のエスコートで舞っている。だが、彼女達が見ているのは、目の前のエスコート役ではない。


 上座に座り、ダンスホールを眺める黒髪の青年。

 礼服に身を包み、手に持ったグラスを優雅に傾ける彼は、男には何の興味もない直樹から見ても、思わず息を呑むほどの美丈夫だ。端正な顔立ちに、礼服の上からでも分かる、程よく鍛えられた身体。

 スマホの中のCGではない、立体的になった彼は、まさに『王子様』だった。

 

 彼の名はアレン。シュタール王国の次代国王。そして、この国の令嬢は皆彼に恋している。

 いや、この国の、否この世界の乙女だけでない。

 彼こそ、直樹の愛娘をめくるめく二次元の世界に引きずり込んだ『アレン様』その人である。


「アレン様が気になる?」

 ダンスの最中、マティアスが言う。

「いえ、そんなことは……」

 有り得ない。確かに、あの黒髪の王子と、この金髪の子爵令嬢が並べば絵にはなるだろうが。

 だが、もしかしたら、マティアスは。


「マティアス様」

 思ったより近いところにある白皙に、直樹は話しかける。

 直樹の言葉に、彼はいたずらっぽく笑った。えくぼが出来る。

「ここではお兄様と呼びなさい」

 そうでした。

 それと、おっさん不覚にもときめきました。本当に引き出し多いな、こいつ。


「お兄様は……」

 大広間に流れる音楽と、マティアスの隙のないリードに身を任せつつ、直樹は言う。

「お兄様は、私が王子の目に留まることを望みますか」


 マティアスはしばらく答えなかった。顔から笑みを消し、何やら考え込んでいる様子だった。

「……どうして?」

「どうしてって……」

 特に深い意味はない。

 もしそうなれば、下っ端貴族であるリーネルト家にとっては一発逆転の大チャンスだ。

 だが、今ここで踊っているユリア・リーネルトは実のところリーネルト家には縁もゆかりもない赤の他人である。

 そこのところどうなのかな、と思っただけだ。


 曲も終わりに差し掛かったころ、マティアスはようやくいつもの笑みを取り戻した。

「もしも君が殿下を好きになったとしたら、それはそれで有りだと思うよ」


 返ってきた答えは、何とも無難なものだった。

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