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 赤髪の女王は、直樹の挨拶に一瞬、目を見開いたように見えた。が、驚いたような表情はその瞬間だけで、彼女は元々つり目気味の目を、さも不快だと言わんばかりに更につり上げる。


 はて。何か問題があっただろうか。

 確かに、先程の挨拶は、営業一筋十数年のおっさんの挨拶としてはお粗末もいいところだ。だが、16やそこらの姫君としたらあんなもんだろう?

 むしろ、乙女ゲームのヒロインがお世話になりますだの何だのと、ハキハキ挨拶をすれば、それはそれで滑稽だろう。


 え、俺間違ってないよね?

 直樹は無意識に、視線を隣のエルマに向ける。 

 エルマも困惑した表情で直樹を見返す。


 直樹は、女王のお言葉を静かに待った。


「供を一人しか連れずに王宮へいらっしゃるなど、さすがジャガイモ姫ですわね」

 レースたっぷりの豪奢な扇をひらめかせつつ、女王が口許を歪めて言う。


 ジャガイモ姫。

 それは、弱小貴族であるリーネルト子爵令嬢、ユリアへの蔑称に他ならない。

 うちの所領は痩せた土地でね、ジャガイモくらいしか穫れないんだよ、と、自嘲気味に笑ったマティアスの顔が直樹の脳裏をよぎる。


 何だこの小娘。

 賛否両論はあると思うが、俺はカレーの中の煮崩れたジャガイモが大好きだ。

 斜め上の反論が直樹の頭を駆け巡る。


 が、実際には何も言葉を発することができず、儚げな姫君よろしく目を伏せただけだった。


 そんな彼に、畳み掛けるように女王は言う。


「まったく、すでにご両親もいないような貧乏貴族風情がここへ何の御用かしら?

 この王宮にはジャガイモ畑などありませんことよ。

 恥をさらす前に巣へお帰りになったほうがいいのではなくって?」


 女王の言葉を受けて、いつの間にかこちらを注視していたその他大勢の姫君達が、さざ波のように笑いさざめく。


「お、お言葉ですが……」

 主を庇うように、エルマが勇敢にも一歩前へ出た。

 だが、直樹は手をかざしてその動きを制した。

「ユリア様?」

「いいから、エルマ。大丈夫だから」


 不安げなエルマの視線を右側に感じつつ、直樹は女王に向き直った。背筋をすっと伸ばし、女王に微笑む。

「ご心配、痛み入ります。

 ですがわたくしも貴族の末席に名を連ねる身にございますれば、そのお務めは精一杯果たす所存でおります。

 今後、どうぞよろしくお願いいたします、シャルロッテ姫」


 乙女ゲームのヒロインであるユリアは、本来ならばこんな挑戦的な態度などとらないだろうが。

 あと、娘ほどの年齢の小娘に対して大人げないかな、とも思うが。

 むしゃくしゃしてやってしまった。


 まあ、この程度の改変ならばゲームの神も渋い顔をしつつ許してくれるだろう。


 笑みを崩さないまま、直樹はその碧い目で女王の目をまっすぐに見つめた。


 慇懃無礼な直樹の態度に、彼女はたじろいだ。

「あなた、今わたくしの名前を?」

 直樹はこくりと頷いた。


 そう。そうだよこいつ。

 重力を無視して、不動明王の炎のごとく燃え盛る赤髪を見つめつつ、直樹は思う。

 何かどこかで見たことあるなと思ったら。


 鮮やかな髪の色に豪奢なドレス。

 つり目と口許のホクロが特徴的な、きれいに整ってはいるがきつい顔立ち。

 けれど、その琥珀色の目は意外と美しく澄んでいて。


「改めまして、ごきげんよう。ユリア・リーネルト」

 つんと細い顎を上げて、彼女は言った。

「わたくしはヴァルトフォーゲル公爵の長女、シャルロッテ・アンネマリー・フォン・ヴァルトフォーゲル。

 ゆくゆくはここシュタール王国の王妃となる女の名前ですわ。

 よく覚えておくことね、ジャガイモ姫」

 昂然と言い放った赤髪の女王ことシャルロッテに、彼女に付き従う侍女の一人が、舞踏会の刻限です、と遠慮がちに声をかける。

 シャルロッテはそれに頷くと、先程と同様女王然とした足取りで、ご丁寧に直樹に体当たりを食らわしてくれつつ、出入り口へと歩いていった。扉の側には、彼女のエスコート役と思われる、少し気の弱そうな男性がたたずんでいる。お嬢様とエスコート役というより、女王と下僕である。


 シャルロッテが去った後も、相変わらずその他大勢の視線は矢のように突き刺さってくる。

「やっぱり帰りたい……」

 直樹は弱々しく呟いた。

 リーネルト邸へか、あるいは自身が大黒柱を務める大野家へか。特段どちらかを意識して言ったわけではないが、とにかく帰りたい。


 シャルロッテ・アンネマリー・フォン・ヴァルトフォーゲル。

 何かどこかで見たことのある顔だなと思ったら、彼女こそ乙女ゲーム『ケンブレンシュタットの白百合姫』の名物キャラ、いわゆる悪役令嬢のシャルロッテ公爵令嬢ではないか。

 そして直樹は、何の因果か、同ゲームのヒロイン。

 つまり、直樹はこれから、否が応でもあの昇天ペガサスミックス盛りにいびられまくらなければならないのだ。

 何が悲しくて、いい年した男が、親子程も年の違う小娘に虐められなければならないのだ。

 言っておくが、直樹にはその手の趣味はない。


 暗澹たる思いで、直樹は壁に寄りかかった。

 が、スカートの下のパニエが邪魔で跳ね返される。

 何なんだよ。

 直樹は険しい顔でこめかみの辺りを押さえる。

 コルセットは苦しいし、スカートのせいで凭れ掛かれもしないし。悪役令嬢には絡まれるし、マティアス以外のイケメンは一向に出てこないし。

 とんだクソゲーだな、これ。

悪かったなクソゲーで。

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