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「はい?」
薮から棒に何を、と問う直樹に、マティアスは説明してくれた。
曰く、この国には王子様の花嫁候補である貴族の娘が、お行儀見習いと称して王宮へ出仕する風習がある。一応貴族であるこのリーネルト家もこの例に倣って妹を出仕させるつもりだったのだが、あろうことか妹が失踪してしまった。
何だかどこかで聞いたような設定である。
ともかく、そこに渡りに船とばかりに現れたのが、妹と良く似た顔を持つ、直樹の精神を搭載したこの美少女だったというわけだ。
「お話は分かりましたけど。そんな大事なことをこんな、今あったばかりの人間に頼むってあまりにも危機管理がなってないんじゃ」
大体、妹が失踪したのなら、身代わりなど立てずに早く捜索願を出すべきである。この世界にそういう制度があるのかは知らないが。
「ここシュタール王国では、一度出仕が決まった娘を出せないとなれば、最悪、爵位を剥奪されることになるんだ。
お願いだ、君にしか頼めない」
貴族でありながら、切羽詰まった顔で得体の知れない美少女に頭を下げるマティアスに、直樹は仕方ないな、というようにため息をついた。
「顔を上げてください、マティアス様。
……ていうかさっき、何とおっしゃいました? シュタール王国?」
「え、ああそうか、君は国の名前まで忘れてしまったんだね。
ここはシュタール王国の首都、ケンブレンシュタットだ」
なるほど。
合点がいったというように、直樹は手を叩いた。
その名前には聞き覚えがある。
シュタール王国の首都、ケンブレンシュタットとは、その名の通り、娘が熱中している乙女ゲーム『ケンブレンシュタットの白百合姫』の舞台だ。
そして、先程マティアスが話してくれた風習は、このゲームの基本的な舞台設定そのままである。
さらに、マティアスの名字である『リーネルト』は、ヒロインの名字でもあった。
つまり、直樹は乙女ゲームの世界に入り込んだ夢を見ているのだ。どうせなら娘が見ればいいのに、と思わないでもなかったが、夢なのでそこは仕方ない。
「いいですよ、やりましょう」
直樹はマティアスに微笑みかけた。
「え、本当に? 念のために言っておくけど、君がもしこの話を断っても、それで君を放り出したりはしないけど」
「何言ってるんですか。妹さんを出仕させられなければ、マティアス様が社会から放り出されるんでしょう?
やってやりますよ」
どうせ夢なら、積極的に参加したほうが面白い。
目が覚めるまで付き合ってやろう。
「で、妹さんの、いえ私の名前は何というのです?」
直樹が聞くと、マティアスからは予想通りの答えが返ってきた。
「ユリア・リーネルト」
かくして、直樹は夢の世界(だと彼が信じ込んでいる世界)で乙女ゲームのヒロインデビューを果たしたのであった。