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 突然だが大野くん。


 直樹は心の中で自分に話しかけてみた。

 

 君に良いニュースと悪いニュースがある。どちらから聞きたいかね?

 ーーじゃあ、良いニュースから。


 では良いニュースだ。君は昨日あれだけ飲んだのに、二日酔いになっていない。

 ーーわぁいやったぁ。で、悪いニュースって?


 ここがどこだかまったくわからん。日本じゃない可能性もある。

 ーーは? いや、昨日は飲んだとはいえ記憶は飛んでないぞ。百歩譲って海外渡航を企てたとしても、泥酔してる時点で空港で止められるだろう、普通。


 だがよく見てみろ、この景色を。

 ーーえ?


 脳内大野に促され、直樹は周りを見渡す。なるほど急激に身を起こしても二日酔い独特の不快感はやってこない。

 そんなことを思いながら、辺りを見回す。

 ……。

 直樹の顔が見事に引き攣った。

 猫足の調度品、壁には何か偉そうなおっさんの肖像画。今自分が寝ているベッドは天蓋付き。

 それだけなら、酔って中世ヨーロッパ趣味のホテルに泊まった可能性もわずかながらにあった。

 だが、バルコニーから広がる外の景色。どこまでも続くオレンジの三角屋根。石畳の道。遥か向こうには城壁らしきものも見える。どこのロマンチック街道ですか、といった風情である。

「……ユ○バーサルスタジオジャパン?」

 いや絶対にそんなはずはない、と思いつつも呟かずにはいられなかった。

 ん? 直樹は首をひねった。何か声もおかしいような……。


 状況が飲み込めず、天蓋付きのベッドに腰掛けてぼーっとしていると、ややあって、部屋の扉が開いた。

「ああ、起きてたんだね」

 入ってきた人物は、そう言って嬉しそうに微笑んだ。笑うと浮かぶえくぼが柔和な印象を与える。彼の輝く金髪が眩しいような気がして、直樹は目を細めた。

「なかなか目覚めないから、心配してたんだ」

 金髪はそう言うと、直樹の側までやってきて、彼の手を握った。空いているほうの手は額に当ててくる。

「ああ、もう大丈夫そうだね」

 近い。思わず、直樹の眉が寄る。何だこいつ。やたらイケメンだが、ホモか、ホモなのか。


「ごめん、自己紹介がまだだったね」

 直樹のしかめ面をどういう意味に取ったのか、イケメンがそう言ってふわりと笑う。

「僕はマティアス・フォン・リーネルト。一応子爵なんだ」

 リーネルト。どこかで聞いたことがあるような名字である。しかし、直樹には欧米人の友達などいない。取引先の誰かだったっけ。

 何でもいいが、この若造さっきから何でタメ口なんだ。しかもやたら近いし。ああ、そうか。外国の方だからか。うん、そういうことにしておこう。

「それにしても、屋敷の前に倒れていた君を見つけたときはびっくりしたよ」

 何と。俺はこの謎のセレブ外国人の家の前で潰れてたのか。やっぱり酒なんて飲むもんじゃねぇ。

 直樹は頭を抱えた。

 そんな直樹の様子を知ってか知らずか、謎のセレブ外国人、否、マティアスは続ける。

「君があまりにも、家出した僕の妹にそっくりだったから」


「……?」

 彼の言葉の意味が飲み込めず、直樹は首を傾げる。

 そんな直樹の態度を、これまたどう捉えたのか、マティアスは穏やかな笑みのまま重ねて言う。

「ああでも、君のほうが綺麗だけど」

 違う。そういうことを言ってもらいたいんじゃない。直樹はますます首を傾げた。マティアス・リーネルト氏は眼病でも患っているのだろうか。


 直樹はふと壁際のドレッサーに目をやった。布などは掛けられておらず、鏡がむき出しになっている。

 その鏡を見るなり、直樹は目を見開いた。鏡の中では、白いネグリジェを着て、真直ぐな金髪を腰の辺りまで伸ばした美少女が、直樹と同様、困惑した表情を浮かべている。

 直樹はベッドから勢いよく立ち上がると、ドレッサーに飛びついた。鏡一面に金髪碧眼の美少女が写し出される。手を上げる。髪を触る。頬を抓る。鏡の中の美少女は、ことごとく同じ動きをした。

「嘘だろ……誰だよ、これ」

 何だか誰かに似ているような気もするが、少なくとも自分ではない。どう見ても、三十路のおっさんではない。


 しばし混乱した後、直樹はとりあえず噓八百を並べてみることに決めた。

 そして、意を決したように、マティアスに向き直る。

「助けていただいたこと、本当に感謝しております」

 ですが……、と、直樹は心細げに目を伏せる。うん、お嬢様っぽい演技ってこんな感じで合ってるよね。

「私、どうしてここにいるのか、ここがどこなのか、何もわからないのです」


「つまり、君は何も覚えてないんだね。自分の名前さえ」

 気遣わしげに言うマティアスに、直樹は無言で頷いた。さすがにこの姿では、しがないサラリーマンの大野ですとは名乗れない。


 言外に面倒を見てくれと言っている直樹に、マティアスは優しく笑って言った。

「こうして出会ったのも何かの縁だ。記憶を失った君を放り出したりなんかしないよ」

 直樹は、心の中でガッツポーズをした。

「ただ、その代わりといっては何だけど、ひとつお願いしてもいいかな」

「何でしょう?」

 何が何だかさっぱり分からない状況だが、とりあえずマティアスは恩人である。お礼に抱かせろ以外だったら何でも聞いてあげるつもりだった。

 一拍置いて、マティアスは言った。

「君に、いなくなった妹の代わりに王宮へ出仕してほしい」

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