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おっさんヒロイン爆誕

 大野直樹は三十代後半の、どこにでもいる至って普通の会社員である。

 会社では上から搾られ、下から突き上げられの中間管理職。

 まだ何とかハゲやメタボからは逃げ切っている容姿は、良くも悪くもなく、平凡、あるいはフツメンといった言葉が似合う。

 一人娘を男手一つで育てるシングルファザーという肩書きも、離婚率の高い昨今ではものすごく珍しいということも無い。


「ただいま」

「あ、パパおかえりー」

 玄関の扉を開け、リビングに向かって帰宅の挨拶をすると、なおざりな娘の声が聞こえた。

 高校1年生である娘の麻里奈は、リビングのソファーに腰掛け、スマホをいじっている。

「あれ、おまえ今テスト前じゃなかったっけ。勉強はどうした?」

 ジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めながら、娘に声をかける。

「いいのいいの。まだ土日があるもん。パパ親父くさーい」

 栗色に染められたサラサラの髪を揺らして麻里奈がケラケラと笑う。

 親父くさいも何も、直樹は麻里奈の親父である。


「それよりも今超いいとこなの。アレン様がさー」

 目はスマホに向けたまま、麻里奈は一方的に喋る。『アレン様』とは、今麻里奈が熱中している中世ヨーロッパ風ヒストリカル乙女ゲーム『ケンブレンシュタットの白百合姫』に出てくるメイン攻略キャラクターである。


 ゲームの舞台であるシュタール王国の第一王子で、爽やかで、でも少し意地悪なところが魅力の黒髪王子。麻里奈曰く、少し長めの黒髪を後ろで束ねたスチルがたまらないらしい。

 このゲームには他にも、優しい銀髪の貴公子コンラートやら、王宮に仕えるワイルドイケメン武官レオンやら、タイプの違うイケメンが綺羅星のように登場し、どいつもこいつもヒロインに甘い言葉を囁いてくる。

 基本的なシナリオとしては、シュタール王国の首都ケンブレンシュタットの下町に住む町娘であったヒロイン、ユリア・リーネルト(名前変更可)が、ひょんなことから貴族の娘に成り代わって、王子様の花嫁候補として王宮へ行儀見習いに行くことになって……!? というもので、ユリア(仮)は王宮でとにかくモテまくるのである。

 そんなヒロインの対抗馬として、王国きっての令嬢であるシャルロッテという、いわゆる悪役令嬢が出てくるのだが、これがまた典型的な悪役令嬢で、とにかく色々とヒロインをいじめてくれる。

 尤も、無事にスイートENDだかプレシャスENDだかにこぎ着けると、この悪役令嬢は無事成敗されるわけだが。


 ……何故おっさんである直樹が乙女ゲームに割と詳しいかと言うと、聞きたくもないのに麻里奈が喋るからである。

 こっちは仕事で疲れているというのに、興味の無い話を延々としてくる娘に閉口しないでもないが、世の父親の多くが娘に虫けらのごとく邪険にされている現実を思えば、まだ恵まれているのかもしれない。

 それに、現実のチャラ男に可愛い娘をかっさらわれるくらいなら、架空のアレン様に持っていかれたほうがマシというものだ。……多分。


「ちょっこのスチルまじやばい!」

 麻里奈がはしゃいだ声を上げる。

「ちょっと見てこれ」

 渋々麻里奈のスマホを覗くと、やたら華やかな衣装を身にまとった黒髪のイケメンが、傷を負った金髪美少女を沈痛な面持ちで抱きかかえた絵が写し出されている。

「ヒロインがアレン様を庇って怪我しちゃうシーンなの!」

「はいはい。いいから飯にするぞ」


 娘の言葉を聞き流し、直樹は買ってきた総菜を食卓に並べた。

「えー、また総菜?」

 スマホ越しに食卓を見やった麻里奈が口を尖らせる。

「文句言うならおまえが作れ」

「パパひどい! 育児放棄!」

「いやいや育児って。おまえいくつだよ」

「あたしまだ15歳児だもん」

 などと、微笑ましい会話を繰り広げつつ、大野家の夜は更けていく。


 こんな平凡ながらに穏やかで幸せな日々が、これからしばらくは、麻里奈が就職あるいは結婚してこの家を巣立つまでは、続くものだと直樹は信じて疑わなかった。


 会社の飲み会で久しぶりにフラフラになるまで飲んで、倒れ込むように眠りについた、あの夜までは。

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