表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/19

おっさんの考え事

 やっちまった、いや、やっちまってるな、いろいろと。


 日が燦々と差し込む昼下がりのティールームにて、直樹はきれいに描かれた眉根を寄せた。

 有るか無きかの声で呟かれた悪役令嬢の言葉を、無駄に性能のいいこの耳はしっかりと拾っていた。

 忘れているくせにって何だ。

 聞いてないぞ、ユリアとシャルロッテが元々知り合いだったなんて。


 今現在、直樹は失踪したユリア・リーネルトの影武者を務める名もなき少女……に憑依しているおっさんという立場であるわけだ。

 しかし改めて思えば、ユリア・リーネルト子爵令嬢を演じるには、直樹はあまりに彼女に関して知らなすぎる。

 どんな性格なのか、好きな食べ物は何なのか、そして、どのような交友関係を持っているのか。

 前二つはまあ、多感な年頃の少女のことである。急に変わったとしてもそんなこともあるよね、くらいで済ませることも出来る。

 が、交友関係については別だ。ある程度知っておかなければ、どこでぼろが出るか分かったものではない。


 直樹は、笑うと出るえくぼが特徴の中性的な顔をした『お兄様』の顔を頭に描いた。

 あの兄ちゃん、繊細な顔して意外と雑だな。


「……ア……」


 何だか声をかけられた気がするが、気のせいかもしれないので無視することにして思考に戻る。

 とりあえず明日、いや今夜にでもマティアスを呼んで話をせねばなるまい。戻ったらエルマに言っておかなければ。

 だがいくら兄妹とはいえ、ある意味もう大人といっても差し支えない年頃の少女の交友関係を兄がどれほど把握しているかは未知数だ。

 直樹自身、娘である麻里奈の友達なんて一人か二人くらいしか知らない。


「……リア……」


 大体、問題はシャルロッテと知り合いだった疑惑だけではない。

 ドレスだ。

 王子様から頂いたドレスを破損したことをどうごまかすか。

 穏便に済ませてやるとは言ったものの、何か具体的なプランがあったわけではない。

 自分も被害者であるにもかかわらず頭を悩ませるのは胸糞悪いが、この王宮で逞しく生きていくためにも、奴らには貸しを作っておきたいのだ。

 すぐに思いつくのは、サイズが合わなかったなどという言い訳だが、それは余りにも安易すぎて、気に入らなかったんだな、と不興を買うこと必至だ。

 別にアレン王子に気に入られたいわけではないが、一応家名を背負ってきている以上、嫌われることは避けたい。

 もしあからさまに王子の不興を買ってしまえば、おそらくそれはリーネルト子爵家、つまりマティアスに飛び火することにもなりかねないからだ。

 何とか、上手い方法……。


「ユリア嬢!」

「は……はいっ!?」

 三度目で、直樹は我に返った。場違いなほど元気な返事を返す。


 視線を声の主へ向けると、苦笑を浮かべる上品な貴婦人の顔が視界に入った。

 未だ艶を失わぬ豊かな黒髪をゆったりと結い上げ、白く細い指先でティーカップを持つ彼女は、このシュタール王国のファーストレディ、つまりアレン王子の実の母君である。


「その……よくお召し上がりになるのね……」

 あんなに大きな息子がいるとは思えないほど若く美しい王妃は困惑の表情を浮かべている。

「え……」

 直樹はテーブルに目をやった。

 三段重ねのティースタンドに品良く盛られていたはずのケーキやクッキーがほぼなくなっている。

 と同時に、甘いものを急激に摂取したことによる胸焼けが今更ながらに襲ってきた。

 どうやら自分は、考え事をしながら口寂しさを紛らわすためにひたすらお菓子をつまんでいたらしい。

 恐れ多くも王妃様主催のお茶会で、一切会話することなく。


 周りの令嬢達も、侮蔑を通り越して、だが憐れみとも違う、何ともいえない目でこちらを見ている。


「それにお召し物の雰囲気も何だか……。いえ、悪いと言っているわけではないのよ?

 ただ、あの子から聞いていた印象と随分違うというか……」

 急遽シャルロッテから借りた黒に金糸のドレスを見ながら、ますます王妃様はお困りのご様子だ。

 まあ確かにな、と直樹も思う。

 可愛いは正義といわれるだけあって、超絶美少女であるこの外見は、どこの極妻だと言いたくなるようなこのドレスをそこそこ着こなしているとは思う。

 だが、明らかに今の見た目は『ケンブレンシュタットの白百合姫』ではない。


「……たまには冒険もいいかと思って、シャルロッテ様にお借りしましたの。

 私達、ドレスの貸し借りもするほど仲良しですもの。

 ね、シャルロッテ様」

 語尾に音符でも付きそうなほど浮ついた声と笑顔でそう言い、シャルロッテのほうを見ると、シャルロッテは顔を引き攣らせながら頷いた。

「ええ、そうですのよ。王妃様」

 王妃様に頷いた後で、おまえとわたくしが仲良しだなんて虫酸が走るような嘘吐くんじゃねぇよユリアてめぇこの野郎、とでも言いたげな顔でシャルロッテがこちらを見てくる。

 ドレスを選んでいるときはほんの少しだけ可愛いと思ってしまったが、やはりシャルロッテはシャルロッテだった。

おっさん何だかんだでマティアス好きですよね

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ