おっさんの独壇場
お待たせしました…!
「まず、ケーラー大佐がこちらにいらっしゃる件についてですが」
シャルロッテ姫の取り巻きにぶっかけられた水を髪から滴らせつつ、直樹が一歩前に出る。
「な、何ですの。見苦しい言い訳でもなさるおつもり?」
気圧されるように、シャルロッテが半歩後ろに下がる。
「仮にも王宮内でこのようなことがあったのです。
被害を受けたのがたまたま私だったからまだ良かったものの、これが王族の方のお部屋だったらどうです?
近衛の方に来ていただいて、犯人を突き止めようとするのは至極真っ当なことだと私は思うのですが」
『ケンブレンシュタットの白百合姫』こと本物のユリア姫は絶対にこんなことは言わない。
ここは何も言えずに引き下がり、後で真相を知った王子に優しく慰められるのが本来のシナリオである。
だがおっさんが美青年に慰められても何も嬉しくないので、シナリオは無視してやりたいようにやることにした。
口々に何か反論しようとする取り巻き達を視線で黙らせ、直樹は続けた。
レオンがこの部屋にいた理由はもちろん嘘八百だが、とりあえず筋は通った。
「つまり私は、もしやこの城に不届き者が忍び込んだのでは、と思ったわけです。
ですがシャルロッテ様はそうはお考えにならなかったから、そのようなことを仰ったのですよね?
もしかして、外の者のしわざではないという確証をお持ちで?」
「何が言いたいのかしら?」
シャルロッテの顔が強ばる。
「城の中の人が犯人であったなら、これは大変なことですね。
おそらく犯人は私を困らせてやろうというくらいの軽い気持ちでしたのだとは思いますが、何といっても王子様からのプレゼントですから。
この惨事を知った王子様のお怒りを思うと……。
自業自得と言ってしまえばそれまでですけれど、それでもほんの少しだけ犯人に同情してしまいますわ」
エルマが持ってきてくれたタオルで髪を拭きながら、直樹は言った。一方的に虐められていたはずが、いつの間にか立場が逆転し、もはや直樹の独壇場である。
王子に泣きついて貴様らとその家族全員城にいられなくしてやるぞ、と暗に言う直樹に、取り巻き達が目に見えて狼狽え始める。
所詮は温室育ちのお嬢ちゃん達だな、と、怒りも呆れも通り越して微笑ましい気すらしてくる。
別に何を言われてもしらを切り通せばいいのに。
だが、さすがシャルロッテは悪役令嬢だった。
内心の動揺を隠し、つんと顎を上げて言葉だけは威勢良く言い返す。
「あなたに何が出来るというの。
王子様に少し気に入られたくらいで、勘違いしないでくださる?
所詮田舎のジャガイモ姫であるあなたが、公爵の娘であるこのわたくしをどうこうできるとでも?」
親分の毅然とした態度に、取り巻き達も勢いを取り戻し、そうですわそうですわ、と囃し立てる。非常にお上品な野次である。
だが、直樹は心の中でにんまり笑った。かかった。
「おや、私はあなた達が何かなさったなんてほんの少しも思っておりませんでしたが?」
しまった、というように、全員の顔が面白いほど青ざめる。
ちなみにエルマとレオンは、見るからにか弱く儚げな美少女が並みいる強豪をバサバサなぎ倒していくこの戦いの行方を、まるでスポーツ観戦でもしているかのようにキラキラした目で見守っている。
「シャルロッテ様ならびにその他の皆様。
老婆心ながらひとつ忠告させていただきます。
よってたかって弱い者を追いつめるのは、それは楽しいことかもしれませんが、人に悪意を向けるということは、自分もまた悪意に晒されるということ。
窮鼠猫を噛むとも言いますし、今後は、ジリ貧ジャガイモ姫が公爵令嬢に噛み付いてくることも念頭に置きつつ、華麗ないじめ生活を送っていただけたらと思います」
言葉もなく項垂れる一同を眺めつつ、直樹は、勝ったなと思った。しかし、これはまずい。思わず感情のままにやってしまったが、そもそもヒロインは自力で悪役令嬢に勝ってはいけないのだ。シナリオが狂う。
「さて」
直樹が言葉を発すると、取り巻き達がびくっと肩を震わせた。シャルロッテはさすがに平静を装ってはいたが。
「そろそろお茶会の刻限が迫っておりますが、私はこの通り誰かさんのおかげで着ていくドレスがありません」
「それは……非常に申し訳なく……」
先程とは別人のようにか細い声で、取り巻きの一人がぼそぼそと言う。
「ええ本当に。
そう思うならば、何かこの窮地を脱する手段を与えていただければと。
そうしていただければ、この件を何とか穏便におさめることもやぶさかではありませんが?」
直樹がそう言うと、エルマが部屋の隅から何か言いたげな視線を送ってくる。
徹底に潰してしまえとでも言いたいのだろうか。
試合には勝ったが、今度は観客席から野次が飛んできそうで怖い。
だが、毎回全力で喧嘩を売ってきてくれるシャルロッテには本当に申し訳ないのだが、女、しかも自分の娘と同じ年格好の少女に百パーセントの力で当たるのはやはりどこか抵抗がある。
確かに怒りはしたが、口喧嘩に完全勝利を収めたことでもう溜飲は下がった。
それに、何といってもシャルロッテはシュタール王国きっての名家、ヴァルトフォーゲル家のお嬢様である。あまり追い詰めすぎると、おそらく政治的に面倒なことになる。
「わたくしのドレスで良ければ、貸して差し上げるわ」
シャルロッテが言った。
どうせド派手な原色系しかないんだろう? と思ったが、贅沢は言っていられないのでそれで手を打ってやることにした。
次回、おっさんが女の子の部屋へ上がりこみます。




