もう一人の攻略キャラ
「やっぱり男って馬鹿だな」
ゆったりとした白い普段着ドレスに身を包み、長い髪を後頭部でひとつに束ねたユリア姫、もとい大野直樹は呟いた。
自分のことを棚に上げて、と思わないでもないが、やはり人間誰しも逆の立場に立ってみて初めて分かることがあるものである。
「何ですかユリア様、薮から棒に」
「どうしたんだユリアちゃん。いきなり辛辣だな」
異口同音とはいかないが、大体同じ意味の言葉を発する男女の声。
前者はもちろん、侍女のエルマの声。
そして後者の声の持ち主は、名をレオン・ケーラーという。逆立ったアッシュブロンドの短髪が特徴の王宮付き武官である。
彼は今、直樹の居室でコーヒーを飲んでいる。何というか、この空間に馴染んでいる。
だが馴染んでいるとはいっても、白いソファに、これまた白いローテーブル、おまけにメイド付きという可愛らしい応接セットに筋骨隆々の男が座っている光景には若干の違和感を感じないでもない。
ちなみにレオンが十年来の親友のようにこの部屋でくつろいでいるのには理由がある。
彼はどうやらエルマの従兄であるらしいのだ。
だからといってユリア姫の部屋に入り浸っていい理由にもならなければ、仮にも子爵令嬢をちゃん付けで呼んでいい理由にもならない気もするが、おっさんという生き物は体育会系の若者を好む習性があるので、直樹としても彼のことは歓迎している。
何だか彼を見ていると、少年の頃実家で飼っていたよくわからない犬種の大型犬を思い出す。
「で、渋い顔してどうしたのユリアちゃん。
確かに俺はあんまり賢い方じゃないけど、男の中にも頭いい奴はいるぞ?」
レオンが訊ねると、応接セットを背にして立っていた直樹は面倒そうに振り返った。
これ、と、直樹は先程自分が視線を向けていたほう、すなわち入口付近を指し示す。そこには、綺麗にラッピングされた二つの箱。
大きい箱の上に小さい箱を乗せる形で置かれている。
「今朝届いた贈り物です。
大きいほうがアレン王子からで、小さいほうが……何だっけ、何とか伯爵。あの銀髪の人」
「ギレッセン伯爵コンラート様です、ユリア様」
直樹の言葉を、エルマがため息まじりに訂正する。
「ああうん、覚えられる気がしない」
おっさん、横文字は苦手である。
一方レオンはといえば、突如として名が挙がった錚々たるセレブリティ達に目を白黒させている。
どうだうちの姫様はすごいだろ、とばかりにエルマがふふんと笑う。が、すぐに表情を引き締め、直樹に向き直る。
「ユリア様、恐れ多くも王子様と伯爵様から贈り物を頂いておきながら『男ってバカね』とは……。
もしかして、あまりお気に召しませんでしたか……?」
だとしたら、不敬罪もいいところである。
エルマの言葉に、直樹は首を横に振った。
「そういうことじゃない。
さっきちらっと見たけど、王子からのドレスも伯爵からの髪飾りも、可愛らしさの中にも品があって、実に素晴らしい。
ま、こういったものの良し悪しは私にはあまり分からないが」
完全に素の口調だが、せめてもの配慮で一人称だけは『私』にした。
渋面のまま直樹は続ける。
「問題はここの立地条件だ。
この部屋は姫君の住まう部屋としては端っこのほうで、王族の皆様の居住スペースよりもむしろ近衛兵の詰所に近い。
まあだからこそこうやってレオンさんが気軽にやって来てはこっそりサボっておられるわけですが」
「うっ……いや俺はサボってるわけじゃなくて、むしろ貴婦人を守ることこそ騎士の本懐っていうか」
確かに近衛兵の詰所に近いため、セキュリティ面では安心かもしれない。だが、直樹が今迎え撃つべき敵は残念ながら近衛兵達が対処できる類いのものではない。
「つまり何が言いたいかっていうと、この仰々しい贈り物は並みいる姫君全員の部屋の前を通ってここに届けられたということだ」
直樹の言葉に、エルマが愕然と呟く。
「つまり、ユリア様があのお二方に贈り物を頂いたことを、姫君全員が知っておられると……」
レオンも呟く。
「戦争だ……」
姫君達の嫉妬の声がここまで聞こえてくるような気さえする。
「な? 男って馬鹿だろ?
自分の行動が相手にどんな影響を与えるかなんてちっとも考えないで、ただただ単純に自分が贈ったドレスや髪飾りで着飾る『ユリア姫』を想像して喜んでるんだ」
自分の言葉がまるでブーメランのようだ。
意中の人を自分の理想通りに装わせたいという気持ちは、同じ男としてわからないでもない。
が、そこで思考が停止してしまうあたり、やはり男は馬鹿なのか。そう思いたくはないが。
「とりあえずエルマ。
それ箱から出してクローゼットに吊っといてくれ。
このままじゃ皺になりそうだし。
あと髪飾りも適当にしまっといて」
アレン王子とコンラートという、シュタール王国が誇る二大イケメンからの心づくしの贈り物に対してあまりにもぞんざいな主の言葉に、エルマははいはいと頷いた。




