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シャルロッテ姫と愉快な仲間達

「……あ」

 距離感を間違えて、危うく王子に体当たりをかましそうになる。

「おっと」

 今度は足を踏みそうになって、それを躱そうとすると無駄なステップが入ってしまい、リズムが狂う。

 まずいぞこれ。

 ヒーローとヒロインの夢のデュエットダンスのはずが、変な宴会芸みたいになっている。


「君、ダンス下手だろ」

 呆れたように、アレンが言う。


「う……」

 まあ、否定はしない。

 ダンス経験などもちろんないし、定年後に社交ダンスを習う気も今のところ、ない。


 だがな王子よ。

 直樹は、至近距離にあるアレンの漆黒の瞳を見上げる。

 おまえだって大概だぞ殿下。

 コンラートとはそれなりに踊れてたんだからな。

 おまえメインキャラなんだからもっとがんばれよ。

 まったくこれだから最近の若者は。


 初対面の、好きでも嫌いでもない王子のプライドを敢えて傷つける気はなかったので口には出さなかったが、目は口ほどにものを言うというか、アレンは何となく直樹の言いたいことを悟ったらしい。


「……やめるか。それよりも、お腹すいたな」

 あっさりとダンスをやめ、アレンは直樹の手を取ってすたすたと歩き出す。


 あらやだ何を言っているのかしら王子様は、という顔をしながらも、直樹は心の中でガッツポーズをした。

 あなたが神か。

 ヒーローとヒロインがいきなりビュッフェに飛びつくシーンなどシナリオ中には確実になかったが、そんなことは些細な問題である。


 直樹は件の鳥の丸焼きなど、塩気のあるものをチョイスした。対するアレン王子は食事というよりスイーツ中心である。女子高生かよ。


「よくそんなに甘いものばっかり食べられますね」

 隅っこのほうで念願の食事にありつきつつ、思わず言ってしまった。

 リアル女子高生である愛娘は、ホールケーキを一人で食べるほどの猛者だが、アレン王子も男でこれはすごい。

「糖尿病になりますよ」

 またまた口が滑ってしまった。

 案の定、王子はぽかんとした顔をしている。


「そういう君は、塩ばっかり摂ってると高血圧になるぞ」

 気を取り直して、アレンはそう言い返した。


 大きなお世話だ。

 確かにこの前の健康診断では高血圧との診断結果を頂戴してしまったが、美少女に変身したことでリセットされたからな。

 というより何より、王子様の口から高血圧などという単語が飛び出してきたことに直樹は衝撃を受けた。

 パパ、高血圧になるよ、とは、娘の口癖だが、王子よおまえは言っちゃだめだろう。世界観的に。


 ややあって、アレンは重臣とおぼしき壮年の男性に声をかけられて、その場を後にした。一人残された直樹は、いよいよ盛り上がるパーティーの様子をぼんやりと見つめながら、もぐもぐと食事を続ける。

 コルセットのせいですんなり入っていかない。

 おしゃれは我慢とはよく言ったものだ。


「ユリア姫」

 また声をかけられた。今度は女性の声だ。キンと張りつめた、高飛車なこの声は、もしかしなくても。

 振り返ると、そこには案の定シャルロッテ姫がいた。

 控え室にいたときとは、衣装も髪型も違う。さらに攻撃的になっていた。

 何なんだよおまえは。

 仮にも王子を狙うならもっと男受けも考えろよ。

 少なくとも俺はお姉ちゃんのいる店でこんなのが出てきたら即行で店変えるぞ。


「先程からダンスばかりでお疲れでしょう?

 今度はわたくし達と女同士でお話でもしませんこと?」

 シャルロッテ姫以下取り巻き達が、空恐ろしい笑みを張り付かせ、そう言いながら、直樹を人けのない一角へと追いつめる。


 あ、絶対これ、女子トイレで繰り広げられるパターンのやつだ。

 ドラマやマンガでしか知らない壮絶な女のバトルの光景が頭をよぎり、身体が震える。

 思わずアレンやコンラート、マティアスの姿を目で追ったが、彼らは皆遥か遠くに行ってしまっている。

 肝心なときに役に立たねえな。

 心の中で毒づく。

 取引先との立食パーティーよろしく如才ない営業スマイルで語らってんじゃねえよ助けに来いよおまえらのヒロインの危機だぞ。


「シャルロッテさまを差し置いてあなたごときが王子様と踊るなんて何様のつもり?」

 取り巻きその一が言う。

「マティアス様はまああなたのお兄様だから大目に見るとしても、コンラート様まで。

 田舎姫は節操がなくて困りますわね」

 取り巻きその二がふふんと鼻を鳴らす。


「まああなた達。この子は所詮ジャガイモ姫ですもの。

 わたくし達のように振る舞うなど、とても無理な話ですわ。

 大目に見て差し上げるのもレディのたしなみでしてよ」

 シャルロッテは時折このように取り巻き達をたしなめるような言葉を口にするが、どう考えても見下しているようにしか聞こえない。

 というか、実際そうなのだろう。


 取り巻きその三が、近くのテーブルにあったワイングラスにおもむろに手を伸ばす。グラスを片手に、彼女はにやりと笑った。

「あらごめんあそばせ。わたくし、手が滑ってしまいましたわ」

 案の定というか何というか、彼女は白々しくそう言って赤ワインを直樹のドレスにぶっかけた。

 アイスブルーの生地に、ポリフェノールが容赦なく染み込む。


 何するんだよ、と、直樹は思わず顔を覆った。このドレス、いくらすると思ってるんだ。実際のところは直樹も知らないが、おそらく直樹の月収では足りないのではないだろうか。

 ドレスの値段に思いを馳せる直樹の表情をどう受け取ったのか、シャルロッテ姫におかれましては幾分溜飲が下がったご様子であった。

「あらあら折角のドレスが台無しですわねぇ。

 今日のところはもうお下がりになったらいかが?

 どうせ替えのドレスなどお持ちではないのでしょう?」

 言われなくてもそうするつもりである。

 この舞踏会は姫君達のお披露目の会なのだから、もう用事は済んだ。

 シャルロッテ姫と愉快な仲間達に、無言のまま適当に目礼し、直樹は踵を返した。

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