悪役令嬢の洗礼
「何ということでしょう!」
目の前のドレスを見るなり、侍女のエルマは某リフォーム番組のナレーターのような台詞を叫んだ。
「一体誰がこのようなひどいことを……」
だが、状況は某番組とはまるで正反対である。見る影も無く切り裂かれた可愛らしいドレスの数々。
エルマは沈痛な面持ちで主を振り返った。
「誰って。そんなもん決まってるだろうが」
今にも泣き出しそうな、否、すでに大きな目に涙を溜めているエルマとは対照的に、彼女の主は飄々とした態度を崩さない。
「ユ、ユリア様! またそのような、まるで殿方のようなお言葉遣いをなさって!」
「すまん、つい癖で。
……どなたですって? そのようなこと、決まっているではありませんの。……これでいい?」
ユリアと呼ばれた美少女は、口に手を当てて楚々と微笑む。長く豊かな金髪に縁取られたそのかんばせは、さながら白百合の精のよう。
「え、ええ。その調子ですわ、ユリア様。
それにしても、一体どうしましょう。
お茶会の時間は迫っておりますのに」
ユリアは腕組みをした。
さて、どうするか。さすがに王妃様主催のお茶会に、今着ている、半分寝間着のような白いワンピースで行くわけにもいくまい。
あのお嬢ちゃん、また面倒なことをやってくれたな。
「あらあらまあまあ、素敵なクローゼットですこと」
ユリアの思考を打ち破るように、甲高い少女の声が背後から響く。面倒そうにユリアが振り返ると、そこには燃えるような赤髪を見事な縦ロールに巻き、その髪の派手さに勝るとも劣らない、これまた燃え立つような深紅のドレスを身に着けた少女が立っていた。後ろにはご丁寧に取り巻きを引き連れている。
「シャルロッテ様。今日も楽しそうで何よりです」
平坦な口調でユリアはド派手少女の名を呼んだ。少しの嫌みを添えて。
「ユリア様ったら、随分と個性的なお衣装をお持ちですのね。
さすが、貧乏貴族のジャガイモ姫は格が違いますわ。
そのセンス、わたくし達も見習いたいものですわ。ねぇ皆様」
シャルロッテはそう言って、手の甲を口許に添えておーっほっほっほ、と高笑いをする。シャルロッテに追従するように、取り巻きの間にも広がる、嘲笑の波。
ユリアは心底げんなりしたように、ため息をついた。
縦ロールのド派手少女ことシャルロッテ・アンネマリー・フォン・ヴァルトフォーゲル嬢は、王家の次に由緒正しい家柄であるヴァルトフォーゲル公爵家の令嬢である。常に人を上から見下ろし、世界は自分を中心に回っていると信じて疑わない、まさに『お姫様』。
対する金髪の清楚系美少女、ユリア・リーネルトは、貴族とは名ばかりの、唯一育つ作物はジャガイモだけ、という痩せた所領しかもらえないリーネルト子爵家の娘というふれこみで、今こうして王宮へと上がっている。
お姫様であるシャルロッテが、負け犬もいいところのジャガイモ姫に何故このように執拗に絡むのか。
それはひとえに、ジャガイモ姫、もといユリアが大層美しい容姿をしているからである。
「可愛すぎるのも困りもんだよなぁ」
ユリアは誰にともなくぼやいた。
「ユッ……ユリア様! なぜあなた様はそのような、果敢に喧嘩を売るような真似を……!?」
彼女のぼやきに、侍女のエルマが目を剥く。
一瞬遅れて、シャルロッテも目尻をつり上げる。
「まっまあ! いい度胸だこと! ユリアの分際で!
あなた達、やっておしまい!」
シャルロッテが言うか早いか、取り巻きの一人が前に出てユリアの足を払う。
床に転ばされたユリアに、別の取り巻きが何故か持っていた水をぶっかける。
いじめられながら、さすがにさっきの発言はまずかったな、とユリアは思う。あれは明らかにナルシスト発言だった。
とはいえ。
何を隠そう、ユリアには、この美しい容姿が自分のものであるという実感がまったくないのである。
だって俺、厳密にはユリアじゃないし。
ユリアは心の中で呟いた。
俺、おっさんだもの。ゆりを