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勇者の弟子

こういう話があってもいいと思うんだ。

俺TUEEじゃなくて、師匠TUEEって作品。


 まだ日も昇らぬ内から井戸で水を汲み上げて、冷たいそれを頭からかぶる。

 毎日続けてきたことだけど、さすがに冬の時期は辛い。もっとも、最近は春も近づいてきてだいぶんマシになってきたのだけど、やっぱり地下水はまだまだ冷たいままだ。

 井戸水で身を清め終わると、僕は庭の畑からいくつかの野菜を竹籠に収穫して飯炊小屋に向かう。

 なんでもこの屋敷を建てて何年かは使用人棟の一階が台所に使われていたらしいけれど、使用人棟を請け負った大工の欠陥工事のせいで煙がきちんと屋敷の外に出ず、煤が大変なことになったそうで、そのせいで飯炊小屋をわざわざ木造で別の大工に作らせたそうだ。

 飯炊小屋に入って台所に竹籠を置く。竃に火を入れて、鍋をかける。

 床下から小魚の干物と膝丈ほどの壺を取り出して準備しておく。師匠はこの二つを「煮干し」と「味噌」と呼んでいる。僕が初めてこの素材から作られる「味噌汁」を食べろと言われたときは「なぜこのような泥水を啜らなきゃいけないんだ」と辟易したけれど、案外美味しかったので今となってはむしろ好物だ。


「今日も早いわね。おはよう、キヨ」

「ジュリアおばさん、おはようございます」


 ジュリアおばさんはこの屋敷で飯炊女をしている女性だ。近所に居を構えていて、二人子供がいる。ご主人は農家で、小麦畑を管理しているらしい。


「キヨ、台所はいいから、早く行かないと旦那様がお目覚めになってると思うわよ」

「はい。じゃあ、後お願いします」


 僕は一度部屋に戻って鍛錬用の道着に着替えてから訓練場へと向かう。

 訓練場と言っても、庭の隅に作ったもので、屋根がついてるだけで床はただの板張りだ。


「師匠! おはようございます!」

「うむ。おはよう、キヨ」


 師匠は武人として異界から招かれたという話を聞いたことがある。国王様から魔王討伐の命を受け世界を旅して回っていたらしい。僕は魔王討伐の帰りに拾われたので詳しい話は知らないけれど。

 僕は孤児だった。その前は病気がちな母と一緒に住んでいた。母はしきりに「あなたはきっとあの人のように立派な人になるのよ」と言っていた。僕の父親は母曰く「立派な人」らしい。母は僕の父はすでに死んでしまったと言っていた。けれど詳しい話は教えてくれなかった。きっと言いたくないことだったのだと思う。なんにせよ、母が死に、僕はしばらく教会の孤児院で暮らしていたんだけれど、三年ほど前に師匠がやってきていきなり「私の弟子になれ、キヨ」と連れて来られたのだ。いつ僕の名前を知る機会があったのかは未だに謎のままだ。


「さて、では始めるか」

「はい! 今日もよろしくお願いします!」


 師匠は挨拶をとても大事にする。おはようございます、こんにちは、こんばんはの挨拶はもちろんのこと、人に迷惑をかけたときはごめんなさいで、世話になったときはありがとう、それから嬉しかったり楽しかったりしたときはできるだけその感情を表に出せと教わった。

 なんでも「楽しかったです」とか「光栄です」とか、そういう言葉は言っても誰も損はしないし、むしろ好意的な人物として思われるからどんどん言えと言われた。

 なんというか、打算的な気もするけれど、師匠の言うことは大抵正しいので僕は日頃からそうするように心がけている。


 まずは屋敷の周りを走る。師匠曰く武道とはそれ即ち体力こそが全てだそうだ。如何に疲れないか、どんな状況でも、どんな体調でもどれだけ自分の力を十全に使いこなせるかにかかっているらしい。従って、体力はあればあるほど問題ないとのことだった。

 師匠のペースに合わせて流すのと全速力で走るのとを交互にこなしていく。時折隣を走る師匠から拳が飛んでくるけど、それをなんとか避けながら走り続ける。

 ざっと二十周ほどしたら終わりだ。


 弟子になってすぐのころはこの時点で何もできないぐらいに疲労していたけれど、今ではこれぐらいなら平気だ。

 訓練場の壁から木剣を二本取り、片方を師匠は僕に投げる。


「まずはいつも通り、型からだな」


 師匠の掛け声と一緒に僕は木剣を素振りしていく。まずは上段からの袈裟斬り。それから中段、下段と変わり、最後は突きだ。それぞれ三百ずつはこなす。

 師匠が言うには、実際に闘うときには剣筋はめちゃくちゃになるし、焦ると体の使い方が下手くそになってしまうのが普通なんだそうだ。だから頭でできなくても体に染み込ませていつでも同じ動作ができるようになっておけば戦っても自分の実力を十分に発揮できるのだとか。


「小手先の技や騙し合いなどは愚の骨頂だ。正々堂々とは言わんが、勝負とは始まった時点で決まっている」


 師匠の口癖だ。


「勝負には大きく分けて三つの要素が関係している。ひとつはどれだけ鍛錬に時間を費やしたか、ひとつはどちらが有利な条件のもとで戦っているか、ひとつはどちらが冷静に気持ちを抑えられたか、だ」


 鍛錬が少なければ多い方が勝つのは当然で、自分に有利な条件で戦おうとするのは武人として当然で、焦りや怒りを抑えて戦わなければ体の動きがおろそかになるのも当然だそうだ。体力を鍛え、技を鍛え、そして心を鍛える。それが武道の肝心要であり、強者になる一番の近道なのだそうだ。武道には一直線の道しかない。誰だって近道なんてできないし、同じように練習するしかないそうだ。

 だから、体力だけでは誰にも勝てないし、技があるだけでは押し負けるし、心が強くても体がついていかなくなるなんて当たり前のことだと師匠は言う。


「よし。素振りはもういいだろう。少し合わせるか?」

「はい! お願いします!」


 素振りを終えると、いつも通り向かい合って試合になる。いつも同じなのに師匠は決まって「合わせるか?」と訊いてくる。そんなの合わせるに決まっている。


「いつでもいいぞ」


 僕は師匠に一礼して木剣を構えて斬りかかる。

 我ながら素早い踏み込みだったと思う。そりゃあ師匠の踏み込みの素早さに比べたら大したことはないかもしれないけれど、町道場なら一番の速さだと自負できる。

 しかし、師匠はそれを軽く払う。師匠はいつも簡単そうにやってのけるから悔しい。

 払われた木剣を手元に戻してそのまま突きを放つ。師匠は顔を少し横にずらすだけでこれを避ける。


「あがっ!」


 気づいたら僕の鳩尾を師匠の木剣が打っていた。思わず吐きそうになるが朝一だから何も出てこない。

 膝をついてしまった僕の頭を師匠は木剣で軽く小突く。


「戯け。それぐらいで膝をつくな。苦しいときは我慢してでも距離を取るか相手に距離をとらせるように仕向けろ。そんなんじゃすぐに死ぬぞ」

「はい……もう、もう一本! お願いします!」


 師匠が教える武道はひどく現実的だ。しかし、それでいて小手先の技術や奇抜な技を使うのを嫌う。なんでもそんなことをしなくても勝てるように立ち回れば勝てるのにそのようなことをするのは時間の無駄だそうだ。

 師匠から教えられたことはとてもたくさんだ。

 太陽を背にして戦え、自分の間合い以外で戦うな、勝てない相手とは戦うな、打つべきときには打て、守りに入った相手には安易に打つな、地の利を生かせ、剣に頼るな、言い出したらきりが無い。

 要するに、常にどうすれば絶対に勝てるのか考えろということだ。勝てないようなら最初から戦うなと師匠は口を酸っぱくして言う。

 名誉や誇りなどを求めて命を捨てるような戦いに身を投じるのは馬鹿のすることだと言うのだ。


 二本目も呆気なく負けた。引き際に放った胴を上から叩き落されたのだ。それでも殴り合いに持ち込もうとしたが、首筋に木剣を突きつけられては負けだ。


 師匠は言う。名誉のため、自身の誇りのために戦うことはとても気分がいいものだと。しかし、名誉や誇りは結果に付随するもので、最初から求めて手に入れられるものじゃないと。

 それについて言うときの師匠はいつもと違って少しだけ寂しそうだ。もしかしたら魔王討伐のときに名誉をかけて戦った仲間が死んでしまったのかもしれない。僕は聞けないけど、師匠が教えてくれるまでは聞かないでおこうと思う。


 朝の鍛錬が終わり、二人で風呂に向かう。

 僕は必ず師匠の背中を洗う。とても大きな背中だ。

 筋肉は引き締まっていて、無駄なところが一切ない。それどころか目立つ傷跡はひとつもない。師匠が子供のころに負ったという腕の傷跡だけは残っているけれど、それ以外は傷ひとつない。なんでも回復魔法のせいで傷を負っても残らなかったそうだ。

 師匠の背中を流すと、今度は師匠が僕の背中を洗ってくれる。とても恐れ多いのだが、師匠は「お前がどれだけ鍛えられているか確認しているんだ」と言って必ず僕の背中を流してくれる。嬉しいけれど、少しだけ恥ずかしい。

 それから二人で湯船に浸かる。

 師匠は静かに過ごすのが好きだ。五月蝿いのをとことん嫌う。でも友人が来たときだけは表には出さないけれどとても嬉しそうだ。珍しく故郷の歌を唄ったり、リュートを持ち出して弾いたりする。

 師匠の故郷の歌は言葉がわからなくてもなんとなく哀愁が漂ってる気がする。たしか「うーさーぎーおーいし、かーのーやーまー」で始まる歌だ。意味はわからないけど懐かしい気持ちにさせてくれる。


 風呂から上がると朝食だ。

 朝食のときは使用人も含めて全員で食卓につく。給仕をする使用人はいない。執事のセバスチャンさんだって一緒に朝食をとる。ちなみにセバスチャンさんの本名はムラーノで、セバスチャンというのは師匠がつけた渾名だ。

 師匠は必要以上に世話をされるのを嫌う。だから食事中も自分で水を注ぐし、自分で自分の分を取り分ける。


「好き嫌いしているわけでもないし、不味いものを作らせているわけではないのだから、自然と手が伸びるものを食べたいし、ひとりで孤独に食事をするよりもみんなで食べたほうが美味い」


 師匠は偏屈だ。国王陛下から名誉貴族の位を貰ったのに「そんなものはいらん」と突き返したし、誰に対しても分け隔てない態度をとる。平民の僕らからすると好ましいけれど、かえって恐縮してしまうこともあるのに。

 使用人にとってはとても優しい旦那だと思う。


「キヨ、朝はできるだけたくさん食べろ。色んなものを食べろ」


 これまた師匠の口癖だ。


「朝食は一日の活力だ。朝食を食べないやつってのは何もできん」


 だから使用人にも朝食はしっかりとらせる。


「師匠、朝食のあとはどうします?」


 師匠は梅干しで口を酸っぱく尖らせていた。未だに「梅干し」と「納豆」だけは僕にも理解できない代物だ。「お米」と「味噌汁」は美味しいと思う。


「ふむ。山菜でも取りに行くか。そろそろフキノトウが出るころだろう」


 その言葉にセバスチャンさんが顔を綻ばせる。


「旦那様、それでしたら『アオツメグサ』も一緒にお願いします」

「ん? ああ、そうだな」


 セバスチャンさんはアオツメグサの天婦羅が大好物だ。アオツメグサは独特な風味が特徴で、魚の臭み消しにも使われる。師匠曰く「これ、紫蘇じゃん」とのことだ。


「夕飯は天婦羅だな」


 使用人の何人かが嬉しそうに拳を握り締める。

 天婦羅はこの屋敷の使用人達にとって大好物なのだ。


「ごちそうさまでした」


 食事のあとは絶対にこの台詞だ。ちなみに食事の前には「いただきます」という。


「ジュリア。今日も美味しい食事をありがとう」

「光栄です」

「夕食は天婦羅にしてほしい」

「ええ、もちろんです。旦那様もフキノトウとアオツメグサをたくさんとってきてください」

「ははっ。もちろん」


 師匠はつくづく使用人に優しい。


「オニオラとキャロルがあっただろう。それでかき揚げも作ってくれ」

「はい! もちろんです!」


 師匠は嬉しそうだ。

 いつもはあまり感情が表には出ないけれど、美味しいご飯の話のときにはいつも嬉しそうに笑う。


 食事を終えたら片付けしやすいようにお皿を重ねておくのも師匠の屋敷のマナーだ。客人が来たときはしないけど、家人だけのときはそうしている。

 皿洗いの仕事はこの家には存在しない。というのも、師匠がつくった魔道具のせいだ。その名を「食洗機」と言う。大きな箱型で、上部の二つあるタンクの片方にに水と洗剤代わりの乾燥させたスライムの粉末を入れて、もう片方には水だけを入れておく。その状態で箱の中に皿を並べて閉め、スイッチを押すだけで皿が綺麗になるのだ。

 乾燥まではできないので拭く人が必要だけどとても便利な代物だ。

 余談だけど、師匠が作った家庭用の魔道具はとても多い。「食洗機」に「洗濯機」、「冷蔵庫」に「攪拌器」だ。最初は「コンロ」という竃を使わないで料理をする魔道具を作ったらしいけど、薪売りの仕事が減るということでやめたらしい。その代わりに「薪ストーブ」というものを作ったけど、師匠の屋敷では未だに竃だ。なんでも「薪ストーブ」は魔道具じゃないし、手入れも面倒なので竃のほうがいいとのことだ。


「さて、キヨ。山菜採りだ」

「はい! 師匠!」


 僕と師匠は街から一番近い森に来ている。

 僕の背中には大きな竹編みの籠がある。朝に使った竹籠よりも網の目が細かいものだ。

 一方で師匠は腰にさげた聖銀の短剣一本だけだ。

 その短剣を猟師の使う鉈のように使いながら森を進んでいく。

 聖銀の短剣を枝葉を払うために使うのは師匠ぐらいのものだと思う。それ一本でいくらの値段がするか師匠はわかっているのだろうか。


「あっ! 師匠! ありました! フキノトウです!」

「取れ取れ。取りすぎるな」


 三つ見つけたら一つは残すぐらいのつもりで採集していく。


「お……紫蘇、もといアオツメグサだな。セバスチャンが喜びそうだ」


 すこし開けた場所に出るとそこはアオツメグサがたくさんあった。


「紫蘇の天婦羅も美味いが、アジを紫蘇で巻いてフライにしたのを梅肉で食べるのも美味い」


 師匠がひとりでぶつぶつ言っている。こういうときに乗っかると痛い目をみるので関わらない方がいい。

 以前乗っかってしまったために師匠の転移魔法で海まで行って夕方まで釣りをさせられた覚えがある。


「師匠! ここにもフキノトウが!」

「……ん? うむ。取っておけ」


 どうにか師匠の気を逸らせることに成功したようだ。


 フキノトウもアオツメグサもだいぶん数が集まった。まだ正午にもなっていないけれど、僕らはすぐに帰ることにした。

 もう森の中で修行することはないと思う。去年の夏山と冬山ですでに行ったからだ。あれは非常にきつかった。山籠りは堪えたし、師匠も「ジュリアのご飯が食べたい。キヨの飯は嫌だ」と言っていた。たぶんもう山籠りはしないはずだ。

 もっともこの森は山の裾野で、そこまで勾配があるわけじゃないので山と言っていいのかわからない。


 下山中、鎧姿のゾンビに出くわした。師匠が聖銀の短剣で一刀のもとに斬り伏せた。光の魔法を使えばいいのにといつも思うけれど、師匠は決まって「こっちのほうが早い」と言う。実は森に聖銀の短剣を持っていくのはこのためだ。


「む……こいつは名のある騎士だったようだな」


 すっかり草臥れた鎧を目にして、師匠は何かに気づいたようだ。

 ゾンビの持っていた剣と認識票を取って埋葬した。もちろん穴を掘ったのは僕だ。

 師匠は身の丈ほどの石を担いできて埋葬した場所の上に置くと、短剣で石に何か刻み込んでいく。


「騎士、スコラ・リッツハルト、ここに眠る……よし」


 彼の名はスコラさんというらしい。師匠が言うには草臥れた鎧に残った装飾が団長以上のもので、持っていた剣も錆びてはいたがきちんとした銘のあるものだったらしい。

 それから僕らは何の問題もなく森を出て街へと帰った。街に着くと、師匠は「すこし騎士団のほうに話をしてくる」といって僕だけ屋敷に返した。


「師匠、お気をつけて」

「うむ。騎士団に赴くに気をつける必要などない」


 師匠は相変わらずだ。でも、呆れたように笑う師匠が嫌いじゃない。

 屋敷に戻り、ジュリアさんと一緒に採集した山菜を井戸水で洗う。フキノトウは葉の隙間に土や泥が入っているので丁寧に洗っておく。

 一通り終わったところで師匠が帰宅した。


「師匠! おかえりなさい!」

「旦那様、おかえりなさいませ」


 ちょうど僕とセバスチャンさんで出迎えたところ、師匠はすこし寂しい顔をしていた。


「何かあったのですか?」

「うむ……少しな」


 師匠は苦笑していた。聖銀の短剣をセバスチャンさんに手渡し、セバスチャンさんはそれを恭しく受け取っていつもの場所に戻しに行った。

 それから師匠が部屋に戻り、セバスチャンさんは屋敷の外にテーブルと椅子を並べてお茶の準備をする。

 昼食には少し早いからお茶を飲んでもらおうという計らいだ。

 準備が済んでセバスチャンさんと二人で師匠の部屋に迎えに行く。


「む……茶か。ふむ。まあ、いいか」


 師匠は何やら考え事をしていたらしい。それでもちょうどいいタイミングだったのだろう。

 中庭に設えられたテーブルセットの椅子に腰掛けてふうっと息を吐いた。


「本日はロイザン地方の茶葉とゴルゼス地方のハーブティーとがありますが、どちらになさいますか?」

「ふむ。ロイザンティーは久しぶりだな。そちらにしよう」

「かしこまりました。キヨくんはどちらかな?」

「あ、僕も同じものを」


 僕は使用人ではないし、平民なのでこのような扱いをされるのは結構恐縮してしまうのだけれど、師匠の弟子であることは使用人よりも上の立場にいるということらしい。もっとも師匠は僕が恐縮している姿を見て薄笑いをすることが多々あるのだけれど。


 用意されたロイザンティーを師匠が一口飲むのを見て僕も口につける。やっぱりセバスチャンさんの淹れたお茶は最高に美味しい。蒸らしが絶妙だし、渋さの中にすっきりとした後味と爽やかな風味が鼻に抜ける。


「セバスチャン。煙草をもて」

「……かしこまりました」


 いつもだったら食事の前に煙草を吸うのは師匠が一番嫌うことだ。「飯が不味くなる」と言うのに、煙草を吸うということは何かあったのだろうか。

 しばらくしてセバスチャンさんが煙草を持ってくる。煙草は紙巻煙草で、筒状のキセルの先に差し込んで火をつけて吸う。

 師匠が言うには師匠の世界には紙巻煙草の咥える部分に「ふぃるたー」というものが付いていたそうだけど、この世界にはそんな便利なものは存在しない。従来のパイプだと吸う量が少なくなるし、紙巻煙草だけだと唇に刻み煙草がくっついて嫌だというので師匠が職人に言って作らせたものだ。案外需要があったようでその職人は毎日師匠が考案した紙巻煙草を差し込むだけのキセルを作り続けている。

 もっとも紙巻煙草を「ふぃるたー」なしで吸う人もいるのだけれど、師匠は「ゴールデンバ○トじゃないんだから」と呆れ顔で言っていた。


「ふう……」


 師匠は煙を大きく吐いて人心地ついたようだ。セバスチャンさんも僕も何があったのか聞きたかったけれどあえて黙っていた。師匠は言うべき時には言う人だからだ。


「儘ならんものだな」


 きっとそれだけで師匠の言葉は終わりだ。詳しい話をするつもりはないのだろう。僕もそれで十分だし、セバスチャンさんも多くを聞こうとはしない。

 けれど、師匠は言葉を続けた。


「死してなお家族と会いたかったのだろうな。セイクリッドの砦からこの地までやってくるとは……」


 その言葉だけで何があったのかは理解できた。きっとあのスコラさんという騎士はセイクリッドでの有名な戦役で死んだ人だったのだ。そしてこの街に家族が待っていたのだ。その言葉だけで容易に想像はついた。

 けれど、それほど家族に会いたかったのなら、なんであの「負けは必定なれど」と呼ばれる戦役に赴いたのだろう。やはりスコラさんは名誉を重んじたのだろうか。だとすれば師匠は彼を馬鹿にするのだろうか。けれど、師匠は悲しそうに煙草の煙を燻らせているだけだった。


 師匠は黙り込んでいたけれど、お茶で口の中の煙草の嫌な匂いを流し込んで口を開いた。


「キヨ。覚えておけ。名誉や誇りを求めて戦うのはバカのすることだ。男ならば自分の守りたいもののために戦うのだ。たとえそれがどれほど無理難題であろうと、だ」


 おかしなことをいう。僕は率直にそう感じた。いつも勝てない戦いはするなという師匠が正反対なことを言った。


「勝てない戦いはしてはならん。しかし、負けても自分が守りたいものを守れるならば、それでもよい」

「守りたいもの……ですか」


 師匠は大きく頷いた。


「セイクリッドの戦役は確かに負けは必定だった。しかし、彼の地で戦ったものたちの犠牲によってこの国は今も平穏で、民は平和を享受しているのだ。もしセイクリッドでの死闘がなければ帝国はこの街にも侵略してきていただろう。そうすればどうなる。愛する家族は苦しむ。女は辱められ、男は殺されるか死ぬまで働かせられる。名誉や誇りというものは、生きているうちに授かってもろくなことにはならん。しかし、死んでから授かるものならばこれほど栄えあるものはない」


 師匠の言葉にようやく今まで僕は勘違いをしていたことに気づいた。師匠は初めから名誉や誇りという上っ面の言葉に騙されるなと言いたかったに過ぎないのだろう。

 きっと師匠には本当に誇るべき名誉というものがあって、それ以外の名誉は名誉ではないのだ。名誉のために死ぬのはバカのすることだとしても、その死に様を讃えられて名誉であると認められるのは栄えあることだと言いたいのだ。

 きっと名誉のために戦ってもいい結果は生まれないし、賛美されるような名誉はない。けれど、自分の意志を貫いて結果死んでしまったとしても、そこには名誉が残っているのだろう。


「難しい、です」

「そうか、そうだな」


 師匠は煙を吐きながら少しだけ笑った。


「でも、自分が納得できるように鍛錬を続けようと思います」

「……うむ。そうだな」


 今度は真面目に頷いた。



******



 昼食は師匠の好きな「ぺぺろんちーの」だった。大量に取りすぎたアオツメグサを刻んで、ルメルク地方の特産品である干し稚魚でパスタを和えた代物だ。

 ガーリエと赤竜の爪の風味が効いていてとても美味しかった。赤竜の爪は入れすぎるととても辛いけど、オリーベのオイルにじっくり風味を移すととても美味しく食べられる。

 師匠は三回お替りした。僕は四回。


 食後はセバスチャンさんの用意したハーブティーで口直しをしてから師匠の書斎に行く。

 午後は決まって魔法の講義だ。

 魔法の講義といっても師匠はとくに何かを教えてくれるわけじゃない。

 紙とペンを渡されて、「火炎砲の魔法陣を描け」とか、「土魔法と水魔法の親和性について構造式を用いて説明しろ」とか、そんな無理難題を吹っかけてくるのだ。

 問題は一週間に一度示されて、僕は読書をする師匠の前で文献を読み漁りながら、試行錯誤するだけだ。

 そして一週間経つとダメ出しされる。ここがダメだ、これじゃダメだと特に説明はない。だけど、ヒントはくれる。解けなかったらまた一週間同じ問題だ。

 今の課題は「闇魔法における重力加速度の変容を構造式を用いて説明し、その上で光魔法と闇魔法との対立を解消する代替構造式を構築しろ」だ。

 ちなみに相談は可と言われたので聞いてみたら、書棚からユーリ・テルミドール著『闇魔法と光魔法の可能性』とリグベン・グルトニール著『魔法における万象の法則の変質』、それからとっても分厚いオスカー・ドグナーツ著『新・魔法学大全』を手渡されただけだ。


「これを読めばわかる」


 師匠はそう言うが、この三冊を理解するだけでおそらく半年はかかる。とてもじゃないけど、一週間でどうにかなるものじゃない。

 そもそも魔法は実践しないと身につかないというのに、師匠は「魔法は頭で考えろ」と言って憚らない。それどころか実践主義の魔法使いをあざ笑うことが多い。


「魔法は理論だ。法則だ。原理原則を理解して初めて実践できる」


 師匠は頭がいいからいいけれど、僕のように頭が悪いと大変だ。実際魔法使いの中には感覚派の人も大勢いる。しかし、師匠は僕の反論に「あんなものは感覚派とは呼ばん。あれはたまたまできたのを偉そうに言いふらしているだけだ。よく見てみろ。全て初級魔法しか使えないだろう。よいか。真の感覚派魔法使いはウォルター・エリーズのような人を言うのだ」と返された。

 そりゃあウォルター・エリーズと言えば魔法理論を理解せずに感覚だけで魔法を使う天才肌な人として有名だけど、そんな世紀の魔法使いを例えに出されたら僕はもう何も言えない。

 ちなみに一度セバスチャンさんにこの問題が解けるか訊ねてみたけど、セバスチャンさんは「このような問題は国立魔法大学の卒業論文レベルです。旦那様はキヨに何をさせるつもりでしょうか……」と驚愕していた。


「師匠……無理です。重力加速度の構造式はわかりますが、闇魔法による法則の変質性を構造式に変換できません」


 正直このレベルでも魔法大学の期末試験レベルだと思うのだけど、師匠にため息をつかれた。


「『新・魔法学大全』の628ページだ」

「ありがとうございます」


 ヒントはそれで終わりだ。この分厚い『新・魔法学大全』に答えは書かれていない。理論が長ったらしい文章で書かれているだけだ。だからいちいちその理論を読んで理解して、それを踏まえて自分なりに構造式を作らなきゃならない。


「師匠……闇魔法における法則性の変容には規則性がないとありますが、本当に構造式に書けるのでしょうか」

「……725ページ」


 パラパラとページを捲って読み込む。


「……規則性がないということは乱数としてある意味で規則性を保っているということであるから、闇魔法における規則性はわかりやすい形では表現できない。しかし、例外として重力加速度だけが闇魔法の確率分布する魔法粒子に影響を受けず、構造式の魔法曲線に反比例する……」

「黙読しろ……」

「はい……」


 なるほど。切り口が違ったわけだ。最初からやり直しだ。

 それからしばらくしてセバスチャンさんが「少し一休みされてはどうですか」と少し苦味の強いジャーズル地方の茶葉を使ったお茶を持ってきてくれた。匂いは爽やかなのに後味に苦味と渋みが少しだけ残って目が冴える。


「旦那様。先ほど猟師のドミニク殿が鹿肉をわけてくださいました」

「そうか。礼は言ったか?」

「はい。勝手ながら畑の野菜をいくつか差し上げました」

「構わんよ。どうせうちでは食べきれないのだから」


 その通りだ。そもそも畑が広すぎるし、普通に収穫して売ってもいいんじゃないかと思ってしまう。けれど、師匠の作った畑は土壌がすごくいいし、連作障害もないようで街の八百屋の野菜よりもいいものができる。最初はこれを売ろうかと思ったらしいけれど、農家が困るからと売らずに自分たちだけで消費することにしたらしい。


「鹿肉か……」

「今朝獲ったばかりだそうです。二頭も獲れたそうで、半身をひとつ頂きました」

「そうか。じゃあ、熟成室に入れておけばいいだろう。ああ、だがロインは今日タタキにしよう」

「ではラモンも買っておきましょう」

「うむ。頼む」


 ラモンとは柑橘系の果実で、師匠はラモンの絞り汁と醤油を混ぜて「ポンズ」というものを使ってタタキを食べるのが好きだ。

 本当に食事に関しては手を抜かないのだ。タタキというのも肉の表面だけ焼いたものだ。最初は生で食べるなんて何かの間違いかと思ったけれど、食べてみると案外美味しくて今では屋敷の人間はみんな大好きだ。けれど、師匠がタタキは新鮮なものしかダメだというのに庭師のゴーシュさんがそれを破ってとんでもない目にあったのは笑い話だ。


 それからしばらくお茶を楽しんでいたのだけれど、下男のひとりが書斎をノックして、セバスチャンといくつか問答をしていた。


「旦那様。リッツハルト家よりお客様がお出でです」

「リッツハルト家……ああ、あのものの……客間に通しておけ」

「かしこまりました」

「それから茶の準備と一緒に手向けの酒を用意するように」

「仰せの通りに」


 セバスチャンさんは恭しく一礼して書斎を出て行った。

 師匠は読んでいた本をパタンと閉じて机の上に静かに置くと、小さく息をついて僕に声をかけた。


「キヨ、お前は来るか?」

「……よいのですか?」

「いい機会だ。死して名誉を持ったものの家族がどのような思いを抱くのかその肌でしっかりと感じるがいい」

「はい……」


 師匠は一度部屋に戻って小綺麗な格好に召し替えた。僕も着替えようか迷ったけれど、「お前は弟子なのだから後ろに控えておるだけでよい」と言われてそのままになった。

 客間に向かうと、セバスチャンさんが扉を開いてくれた。

 師匠、僕、セバスチャンさんの順で部屋に入る。中で待っていた客人は一人だけだった。

 彼は騎士の家柄とは思えないほどにみすぼらしい格好をしていた。それでもその佇まいから清貧さは窺い知れた。


「お初にお目にかかります、勇者様」


 騎士は綺麗に腰を折り、胸元に当てた手もぶれず、目線の動きさえも洗練した礼をした。師匠は困ったように笑って言う。


「リッツハルト卿。私は勇者と呼ばれるのが好きではない。できれば主水と、そう呼んでくれ」

「軽々しくファーストネームをお呼びするなどできません」

「……では大槻と」


 師匠はそう言ってリッツハルト卿に座るように促した。師匠は彼と向き合うように座る。僕は壁際に控えるように立った。


「申し遅れました。私はスコラ・リッツハルトが長子、ヒューゴと申します」


 そう言って、リッツハルト卿は話し出す。


「父をお救い頂きありがとうございます。父もきっと今頃天界にてようやく魂の安息を得られたことと思います」

「リッツハルト卿、お父上はセイクリッドの砦から五年もの月日をかけて街の傍まで来ていたのだ。よほど貴殿を始めご家族のことを愛していたのだろう」

「愛情深い父でございました」

「さようか」

「はい。父の愛剣には未だに私の贈った護符がついたままでございました」


 リッツハルト卿はどこか嬉しそうに言った。けれど、その眦を見れば悲しみを表に出していないだけというのはすぐにわかった。


「勝手ながら森の中に彼の墓を建てている。身の丈ほどもある石に名を刻んであるので見ればすぐにわかるだろう」


 そう言って師匠は後ろをちらりと見て、セバスチャンさんに何かを促した。するとセバスチャンさんはいつのまに持ってきたのか酒瓶を師匠に手渡した。


「これは貴殿のお父上の手向けに贈ろうと思う」


 師匠は酒瓶をリッツハルト卿に差し出した。国王陛下ですら飲めないという噂の「シャンベルタンワイン」だった。


「こ、このようなもの、いただけません!」


 慌ててつき返そうとするリッツハルト卿に師匠は首を横に振った。


「これしきの酒ではスコラ・リッツハルトという男の名誉には相応しくないだろうが、私が持つ限りで最高の酒だと自負している。ゆえにこれしか贈れないことをお許し願いたい」


 それはある意味で最高の褒め言葉だと思った。

 騎士が殉職した場合、大抵は墓石に本人が生前に好きだった酒をかけるのが習わしだと言う。

 中には酒が嫌いな騎士もいるけれど、そういう場合には出生地に縁がある酒や、贈り主が殉職者に相応しいと思える酒を贈るのが決まりだ。

 つまり、この場合にはスコラさんの名誉は国王陛下ですら飲むことができないような酒に値するほどに栄光あるものだと師匠は言っているのだ。


 リッツハルト卿は「シャンベルタンワイン」を大事そうに胸に書き抱いて、「もったいなきお言葉を……ありがとうございます」と静かに涙をこぼした。


「私も覚えていよう。この国を、この国の民を守った男にスコラ・リッツハルトという名誉ある騎士がいたことを」


 リッツハルト卿は師匠の言葉についに声をあげて泣き出してしまった。

 僕も少しだけ目が潤んだ。けれど、師匠は静かに彼の涙を眺めていた。


「見苦しい姿をお見せしてしまいました」


 リッツハルト卿はしばらくして落ち着いたのかハンカチを取り出して目元を拭くなりそう言った。


「よければ、スコラ・リッツハルトという騎士がどういう人物だったのかを教えてはくれまいか」

「私の言葉でよければ……」


 師匠はリッツハルト卿の言葉に大きく頷く。

 スコラ・リッツハルトという騎士は清貧の騎士として知られる人物だったらしい。妻は彼の死を聞き、自死したらしいのだが、生前は彼の生存を信じて止まなかったそうだ。


「厳しい父でした。ですが、情深い人でもありました。私が幼い時、父の友人が帰れるとは思えない赤竜討伐に出向いたと聞き、父は『あのような無鉄砲をひとり死地に赴かせるわけにはいかぬ』と友人を迎えに行ったことがあるのです。私たち家族は父も一緒に死んでしまうのではないかと不安でしたが、父は帰ってきました。片足を失った友人を背負い、満身創痍の様子で帰ってきたのです」


 しかし、せっかく連れて帰ってきたというのに友人は血を流しすぎて死んでしまった。スコラさんは三日三晩泣き腫らしたという。そして、その友人の遺族にリッツハルト家の財産の一部を与えたのだという。


「おかげで我が家は火の車となりましたが、それでも父は『死に際の男の残した言葉にできるだけ答えてやりたい』と絶対に自分の意見を曲げませんでした。まったくもっておかしな話ですよ。ですが、それでも父は私にとって憧れの騎士だったのです」


 スコラさんが死んだことでセイクリッドの地は守られ、王国を帝国の侵略から守ることはできた。殉職した騎士の家には多大な見舞金が支払われ、そのおかげでリッツハルト卿も騎士学校を卒業することができたらしいが、その代償に母を失った。


「はじめは恨みました。どうして私たち家族を残して死んでしまったのかと。母も父が死んだら後を追うと決めていたようです。おかげで私は家にひとりになりました。恨まない理由がありません。ですが、いざ騎士になってみて父の行いが正しかったことを知りました」


 良くも悪くも父は真の騎士だったのです、とリッツハルト卿は笑った。


「だが、リッツハルト卿。お父上は騎士であるとともに貴殿の父親でもあったのだ。セイクリッドの砦に赴いたのはきっと国のため、民のためという前に家族を侵略者から守るためにという思いがあったのだろうな」

「そう……でしょうか」


 悲しげに顔を上げたリッツハルト卿に師匠は大きく頷いた。


「そうとも。そうでなければ、なぜ五年もの間現世を彷徨い、セイクリッドから遠く離れたこの街にまで戻ってくるというのだ。お父上は天界に召される前に一目だけでも貴殿の立派な姿を見たかったのだろう。すまぬことをした」

「いえ……オオツキ殿のしたことは間違っておりません。墓まで建ててもらい幸せでしょう」


 リッツハルト卿は何度も頭を下げてから屋敷を出て行った。胸には大事そうに最高級ワインが抱かれていた。


「師匠」


 書斎に戻った僕は師匠に問う。


「スコラさんはどうして家族をおいてまで死地に向かったのでしょうか」


 本当に守りたかったなら、一緒にいて守ってあげればよかったのにと思った。けれど、師匠は鼻で笑った。


「父親であり、そして騎士でもあり、自分の意志を貫こうとした。それだけだ」


 師匠は苦笑して椅子に座り、読みかけの本を開いた。


「ところで、以前から思っていたのですが、師匠は結婚されないのですか?」


 確か師匠は三十五歳のはずだ。結婚していてもおかしくない。


「結婚してはお前に稽古をつけられんではないか」

「そうかもしれませんが、僕なんかよりも好きな女性と一緒にいるほうが師匠も楽しいと思うのです」


 師匠は「ませたことを抜かしおって」と毒づいた。

 噂では魔王討伐の旅の最中に出会った女性と結婚を約束していたという話だったけれど、師匠は結婚していないし、師匠は約束を破るような男ではないので噂は所詮噂だったと思っている。


「忘形見の面倒を見る必要があるのでな」

「へ? 忘形見? 一体なんのことですか?」

「静かにしろ。読書中だ。それにキヨ。お前は自分の課題をしっかりこなしなさい」


 師匠はすっかり読書モードに入ってしまった。

 それにしても忘形見とはなんだろう。やっぱり好きな女性がいたのだろうか。

 でも忘形見ってどういう意味があるのだろうか。師匠は教えてくれないだろうから、今度セバスチャンさんにでも聞いてみようと思う。

 師匠は難しい言葉ばかり使うから困る。


 夕飯時になってセバスチャンさんが夕食の準備ができたと師匠と僕を呼びに来た。

 書斎を出るところで師匠は何かを思い出したように立ち止まる。


「セバスチャン、アオツメグサはまだ余っているか?」

「はい。旦那様がたくさん採ってきてくださったのでまだたくさん残っております」

「そうか。では、明日はアジフライにしよう」

「アジフライ、ですか。しかし、アジはまだ時期ではありませんが」


 師匠はにやりと笑う。嫌な予感がした。


「大丈夫だ。明日は朝からキヨと南の海まで釣りに行く」

「おお、さようですか。ではジュリアさんにもお弁当の準備をお願いしなくてはなりませんね」

「楽しみにしていてくれ」


 師匠は楽しそうにダイニングに向かって歩き出す。

 話は逸らしたと思っていたのに、どうやら覚えていたらしい。

 でも不思議と悪い気はしない。

 師匠と一緒にいるのはとても楽しい。苦しかったりきつかったりすることもあるけれど、師匠は僕のことを絶対に見捨てはしないし、いつも危なくないように気を使ってくれているのがわかる。

 師匠には幸せになってほしいけれど、もう少しだけ僕の師匠でいて欲しい。

 きっと僕の父親も師匠のように立派な人だったんだろうと思うんだ。

まあ、師匠の言ってる「忘形見」が何なのかは想像にお任せします。

キヨのキャラクター性って結構好きなんだよなー。

こういう性格のキャラってよく見る気がするな。

案外ありきたりなのかもしれん。

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