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百魔と俺  作者: えーや
1/2

お前次のタイムセールは一週間後なんだからな!

『さぁ、今宵も宴の時だ』

 物々しい空気は、肌をかすめてひりひりとさせる。熱のこもった空気は喉を潤したがって生唾を飲み込み、瞳を潤ませる。

 焼け付いた皮膚は熱を放出し、今か今かと熱気を保って吐息を零していた。





「いってきます」


 俺、鈴木翔は誰も返答しない一人暮らしの部屋から出る。声のかわりに閑古鳥の鳴く部屋を一瞥して、俺は扉を閉めた。最近は物騒だから戸締りの確認も忘れずに行う。

 新学期を迎えたことで、「今日から小学生だ」だのなんだとの騒ぎながら歩いている親子の姿が見えた。

 子供は何時の時代になっても子供ということか。ませた子供が多いと思ったこともあったが根幹は変わらないらしい。

 桜が咲き、萌える緑や花開く。一年の切り替わるサイクル。

 足を止めて見上げれば桜の花が満開に近づき始める頃合だ。視界の端々に花びらが舞い散り視界を横切る。

 新1年生と違って俺は2年目。代わり映えのない学生服を身にまとって常通りの様相で学校へと向かう。

 坂道を歩く前後では楽しげに友人と談笑する声が聞こえる。昨日のドラマがどうだったとか、午前中で終わるしカラオケでもどうだと誘う声。

 いつもどおりの変わらない日常。変わらない光景。

 それを少しうらやましそうに眺める俺もまた、いつも通りだ。




 つまらない開会式や面倒な校長の話を語る理由もありはしない。俺は下校準備をする生徒を尻目に家庭科室に向かった。

 調理部は良い。貧乏学生にとって、また食べ盛りな男子高校生にとって食費を浮かす良い口実になる。加えて女子も一定数いることから花園に踏み込むことになる。

 男子の人数は極端に少ないから俺にも春が来るだろう。そう思っていたものの、入部三ヶ月でその夢は打ち砕かれた。

 俺は認識されることがない。女子に「いつの間にかいた」といわれ、クラスメイトからも揶揄ではなく本気でそんな態度を取られるものだから、俺はとても影が薄いのだと認識している。自動ドアにも引っかからないし、修学旅行の写真には1度として写ったことがない。おそらく2年時から始まる修学旅行でもそんな調子になるだろう。

 この家庭科室は、調理部に所属している生徒なら誰でも使える。食材は家庭科室のものを使っていいから費用はないに等しい。とはいえ新学期早々なので、余っていたスープのもととクズキリを使っただけの簡単なものだが、アクセントとして大葉を刻んで爽やかな香りをつけている。

 スープをひとすくいして、口元に寄せて味見をしてみる。少し大葉の味がが強すぎるものの、それなりに良いデキになったと思う。

 もう少しだけ様子を見てから食べるとしよう。




 鍋の掃除に加え、家庭科室の掃除をしていたら遅れてしまった。既にカラスが鳴いてしまう時刻。茜色が空を支配しつつあった。

 とはいえ、これは意図した時間での下校となる。この時間になると近所のスーパーでタイムセールをやっている。時間を潰すところも金もないので出来る限り安上がりで済むようにした結果だ。

 部活の活発的な声も聞こえない学校を出て、早歩きで歩みを進める。

 タイムセールまではまだ20分余裕がある。スーパーまでは10分で到着するはずだ


・・・


 近道のために路地裏に入ったことで大分時間は短縮されたはずだったが、どうしたことか一向に路地の景色が変わることがない。両サイドの壁に囲まれた建物の隙間を抜けて、真後ろから後押しするように吹いてくる風を背に受ける。

 歩きつかれて上を見上げれば茜空が変わらず照らしている。

 額に流れる汗は疲労の証。普段家から帰る道もそう長いことはない。ましてや暑いわけでもない。疲労することが可笑しい。

 時計を確認すると既に12分をきっていた。道に迷ったはずもない。この道は何度も通ってきた近道だし、地形が変わったという話も聞いていない。ならばなぜ――――


「ふーん……神隠しの前触れ? 追いかけてきたら随分とへんぴな場所に来たものだ。お前も怪異に呼ばれたのか?」


 ひとっこ一人いなかった。振り返ると、そこには子供がいた。黒いツインテールの髪に赤い眼をした小学生だ。 背中には黒々しい、蝙蝠のような羽と枝のように分かれる長い角。アシンメトリーの靴とソックスを履いている。

 水着にしては性的興奮を煽る露出の多い服装は、この時期にしてはまだ寒々しく見える格好だ。というかこんなところでそんな格好をしていれば間違いなくヤバい人間だと認識されてしまう。

 寧ろこんなヤツに、こんな時間に、こんな場所で絡まれた俺が一番ヤバいかもしれない。


「金ならないぞ」

「脅しているわけじゃない」

「何のようだ」

「……ふむ、無感動な眼付きしてるな。死んだ魚みたいな目をして、随分と陰険な人間に見える」

「まさか出会い頭に容姿を罵倒されるとは思わなかったな」

「口は随分達者なようだ」


 子供はニヤニヤと俺を観察しながら、しげしげと値踏みするような眼で俺の周りをぐるっと一周した。


「怪異が連れやすそうな顔をしている」

「俺宗教とか興味ないんで」

「まぁ待て。このままだとお前は怪異に巻き込まれて永遠にこの路地裏をさまようことになる」

「……何を言っているんだ。そんなことは」

「ありえないはずだ? そうに違いない? 思考能力を得たサルは頭が固い。これだから人間は」


 子供はやれやれといった様子で首を横に振りながら肩を竦めて、羽を揺らして浮かび上がる。

 ワイヤーは……ない。夕日色に見える銀糸もない。周囲を見渡しても、それらしき装置はなかった。

 とりあえず突っ込まないことにしよう。


「……ごっこ遊びにしたがっている暇はない。タイムセールの時間がある」

「そのたいむせーるとやらもこのままじゃあ永遠にたどり着けないけど」

「詳しく聞かせろ」


 タイムセールは何より重要だ。この面倒くさい子供を振り払うためには仕様のない時間の経過だと思えば良い。

 俺は子供の目線に合わせるようしゃがみ込んでやる。


「まずおまえは……性格には私とお前は神隠しに逢いかけている。おそらく妖怪、天狗隠しの仕業だろう」

「……天狗」


 天狗じゃ、天狗の仕業じゃ、と台詞をはいているオタ友を思い出した。天狗の仕業とは行方不明、神隠し。そういうものなのか。

 妖怪、というワードがあることだし。おそらくは最近人気を博している妖怪をウォッチするゲームの一環なのだろう。


「よく分からんが、ここから出るにはどうすればいいんだ」

「この私の――悪魔の力を貸してやろう。私と一時契約することで私は本来の力を取り戻せる。わけあってここでは力を発動しきれないんだが、契約すればお前は外に出られる。私は自分のやることを達成できる」

「突っ込みどころを見極めたいところだが、ひとつあえていうなら、お前のやることってのは?」

「天狗隠しを捕獲することだ」

「……そうか。それでどうすればいい」

「簡単なことだ。私の手に触れるだけで良い」


 俺は高校生クイズ選手権の参加者張りに、間髪入れずに子供へと手を差し出した。子供は満足そうに舌先で指を舐めてから、俺の手を取るべく上から伸ばした。

 その瞬間―――ドス黒い何かが、俺の体を浸食するように入り込む錯覚を覚えた。




「契約とは何をおいても重視されるもの。特に私のいた魔界ではな。人間はどうだか知らないが約束事よりも何よりも尊ばれるものだ」


 子供は本を取り出し、天狗や風の描写が描かれたページをなぞりながらとうとうと呟く。そうしてひとしきり文字を流し見した後に、パタンと本を閉じた。


「それで」

「お前は怪異に巻き込まれた。私はそれを救った。これは契約者としての当然の義務であることだ。怪異があればお前を助けなければならなかったし、窮地から救うことも。また契約者は契約主との取り決めによって怪異を追わねばならない」


 曰く、本人は悪魔であり、この世界とは異なる世界、魔界からやってきたらしい。仕事としてこの世界に蔓延る怪異の100を集めるのが仕事だという。

 しかしそのためには悪魔自身以外にもこの世界にいる知的生命体、すなわち人間の力が必要であり、人間と契約しなければ悪魔は本来の力を使うことが出来ず、怪異を捕獲することができないという。


「それで」

「その………間違った」


 子供は頬を掻きながら眼をそらして語る。目を見ろ。人を見るときは眼を見ろ。


「だってお前怖いし」

「誰がだ。いや何故俺の考えを読めたかは突っ込まないが、間違えたのは」

「仮契約したと思ったらきちんとした契約扱いになっていた。一回でも契約したらきっちり提携されるらしかった」


 悪びれもせず、さぞ面倒くさそうに言ってのける。


「つまり?」

「私とお前は一心同体で離れられない。お前はこれから私と共に行動しなければならない」

「ざけんな」

「こっちの台詞だからな! お前みたいにさえないのに手を貸さなきゃ良かった!」


 ぜぇぜぇと肩で息を吐き出す子供を尻目にため息を吐いた。その台詞はそのまま返してやりたかった。


「あぁそうだ。お前の名前は?」


 見た目相応に体力の回復も早いらしい。子供……ではなく悪魔と名乗っていたそれはなおも見下した態度で俺を見てくる。


「よく聞いてくれた。私はフレデーリーク・ジゼル・レイモンド・エロディ・ラロシュだ!」


 無駄に長ったらしい名前を名乗った子供は自信満々に胸を張っている。

 ……とりあえず今日のタイムセールはお預けなようだった。

 タイムセールを逃す。変な子供に絡まれる。日常が段々崩れる音が聞こえる気がして、頭を抱えそうになった。

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