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第98章

 洋一の身体を避けて、すり抜けるように廊下に出ると、ミナはてきぱきと歩いた。

 あいかわらず洋一の顔を見ようとはしない。身体が本調子でないのは明らかなのだが、それを認めようとしない強い意志が全身から発散しているようだ。

「ミナ、大丈夫なのか?」

「大丈夫です」

 ミナは、こちらを見ないまま言い切った。

 語尾が震えている。

「大丈夫じゃないだろ。フラフラじゃないか!」

 洋一は、ミナの前に回り込んだ。ミナの顔をのぞき込む。

 ミナは、洋一を見返してきた。

 輝く瞳は、鋼の強さを表している。額に脂汗が流れ、頬は熱のためか紅潮していたが、微塵も怯んではいない。

 洋一は驚嘆した。

 何という強靱な意志力なのだろう。シンが強いなどという表現では追いつかない。やせ我慢かもしれないが、これだけ突っ張れるというのはただ者ではないことだけは確かだった。

 もういいよミナ、と言いかけて、洋一も踏みとどまった。

 そういってしまえば、この場は丸くおさまるかもしれない。だが、それではミナの挑戦から逃げたことになるし、こんなに真剣なミナに失礼だ。

だから、洋一は軽く頷いて、先に立って進んだ。ミナがついてくるのがわかる。

 2人はそのまま波止場に出た。

 いつの間にか、回り中に人が溢れていた。さっきまで誰一人いなかったはずなのに、今は洋一たちの前にも後ろにも人が群れている。

 それどころか、無人のようだった家にも、窓やドアからのぞく顔が目立った。

 洋一は、知らないふりをして歩き続けた。ミナも黙ったままついてくる。その異様なムードのせいか取り囲む人々も声を出すわけでもなく、洋一たちを見送るだけである。

 桟橋には、アンがぽつんと待っていた。

 ファラーナ3世はあったが、ミナが乗ってきた小型クルーザーがない。その替わりに、ひと回り大きなクルーザーが揺れていた。

 真っ白な船体は流線型をしていて、いかにも速度が出そうな上に居住性が格段に高そうだ。おそらくは航続距離も相当なものだろう。

 このクラスにしては小型だが本格的な外洋クルーザーと言える。

 洋一は、その船の前で立ち止まって、船名を読んだ。

「『ラライスリ』か」

 アンは、洋一の言葉には反応せず、素早くミナに駆け寄った。ミナが立ち止まったのが気配で判った。

 洋一の後ろで、小声で2人の議論がかわされている。どうやら、片方がなだめ、もう一方が強情を張っているようだ。

 洋一はしらないフリをしていたが、議論はやがて終わったらしい。

 アンが疲れた顔で洋一の前に回り込んできて言った。

「ヨーイチ様。お約束の船です」

「うん」

「ヨーイチ様の荷物も、積み込んであります。すぐに出発できます」

「判った」

 アンは、まだ何か言いたそうだったが、諦めたように目を伏せた。

 洋一は、心を鬼にして、振り向かずに『ラライスリ』に乗り込んだ。突っ張るのだったら、中途半端はいけない。

 『ラライスリ』の船室は広々としていた。カハ祭り船団の指揮船よりは小さいが、リビングの他にも部屋がありそうだ。

 奥を覗いてみると、2段になった寝だなが両側にあった。定員4名ということか。

 寝棚の一つに自分の荷物が置いてあるのを見つけて、洋一は肩をすくめた。第3勢力とやらの準備は徹底している。カハ族などとはくらべものになるまい。

 いや、ひょっとしたら、ソクハキリもこの程度のことはやっているのかもしれない。第3勢力とソクハキリがつるんでいないとは言い切れない。

 たまらないのは、その陰謀にミナやアン、そしてメリッサやサラたちがからんでいるかもしれない、という疑いを捨てきれないことだった。

 もちろん、彼女たちがシナリオを書いているわけではあるまい。むしろ、洋一と同じでチェスの駒のように利用されている可能性が高い。問題は、それを知ってやっているのかどうか、つまり確信犯かどうかということである。

 そして、その可能性は高いのだ。食事船から洋一を連れて出てきたときのメリッサの態度や、今回のミナの動きなど、可能性が高いというよりはほとんど間違いないといっていい。

 唯一そういう陰謀と関係なさそうなのはパットだが、それが判ってもあまり慰めにはならない。

 それでもいい、と思っていた時期もあったのだが、ここしばらくのゴタゴタで気分がどんどん落ち込んでしまっている。

 ミナを信じられないのが苦しい。それは、ミナだけのことではなく、これまで洋一がかかわってきた女性たちすべてに共通する疑いを招いてしまうからだ。もちろん、男の方の印象は真っ黒だが。

 いつの間にか、洋一は寝だなに腰掛けていた。考えれば考えるほど、陰鬱な気分になってくる。情けなくて腹立たしい。

 騙されていたこともそうなのだが、今の気分はむしろ自分に対する嫌悪感が大きくなっている。

 ミナに辛く当たりすぎた。

 ミナだって、好きでやっているわけではないだろう。無理している様子がありありと判る。それでなくても緊張を強いられる状況で、洋一が勝手な行動をとったあげくに、自分を無視するような態度を続けているのだ。普通の女の子だったらとっくに投げ出しているところだろう。

 その強さゆえに、ミナは体調を崩してもまだ頑張っているのだし、洋一はそんなミナにつき合ってやらなければならないのだ。

 ふと気づくと、揺れが大きくなっていた。

 小さな窓から覗いてみると、ゆっくりとではあるが風景が動いている。どうやら、『ラライスリ』は出航したらしい。

 リビングには誰もいなかった。

 甲板に出ると、操舵席にはアンがいた。真面目くさった顔で舵を握っていて、洋一がそばを通っても振り向きもしない。かなり怒っているらしい。

 忠実なお付きとしては、大事な巫女さまをいじめられているのだから、出来れば洋一なんか叩き出してしまいたいところだろう。

 ミナは、操舵席の屋根に座っていた。

 両足を大きく開き、小さなマスト、というよりアンテナに寄りかかって身体を支えている。その姿勢のままで、クーラーボックスから出したらしいアイスクリームを舐めていた。

 思ったより元気そうだった。

 ミナの顔は穏やかで、リラックスしているらしい。髪が風になびく様子は、何かのコマーシャルのようだ。美人は何をやっても様になる。

 洋一がしばらく見ていると、ミナはふと身動きした。その時、洋一に気がついたようだったが、心持ち顔を背けただけで姿勢を崩さない。

 しかし、身体はさっきまでの柔らかさを示さず、ミナの全身に緊張が走っていた。

 洋一が見ていると、やがてアイスクリームを食べ終わったミナの身体から緊張が抜けた。うーんとのびをして、それからこちらを向く。

「お早う、ヨーイチさん」

「お早う」

 洋一も微笑していた。

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