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第94章

 ぼんやりそんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか桟橋が終わっていた。

 みたところシャナのいたアグアココ村そっくりの風景だった。人通りがまったくないのも同じである。

 違うところは、こっちの方がさらに建物が少なく、道も狭いということで、メインストリートもすぐに終点になっている。

 そして、店らしいものは皆無だった。アグアココには、少なくともシャナが店番していたスーパーマーケットというか万屋があって開店していたのだが、ここにはそれらしいものすらない。

 ましてや、洋一が目的としていたハンバーガー屋やレストランなどというものは、期待するだけ虚しい。

ストリートの終わりまで歩いて、洋一は立ち止まった。あいかわらず、誰もいない。村の人もそうだが、ミナは一体どこに行ってしまったのだろう。また見捨てられたのだろうか。

 まさかとは思ったが、メリッサの前例があるのだ。寝ている間に美少女が消えるというのが癖になってはたまらない。

 洋一がそう思ったときだった。

 いきなり、桟橋に人が現れたかと思うと、見る見るうちに群衆となってゆく。どこから出てきたのか、洋一のいる場所から見ると宙から現れたように見えた。まるでホラー映画のようである。

 洋一が硬直していると、不意に群衆から叫び声が上がった。それはあっという間に歓声となり、群衆がどっとこちらに押し寄せてきた。

 洋一は、思わず逃げ腰になった。

 だが、押し寄せてくる人たちが全員楽しそうに笑っていることに気がついて、とりあえず逃げ出すのはやめる。

 群衆は、洋一の前まで来ると、5メートルほど手前で立ち止まった。図らずも、洋一はメインストリートの終点を背にして、群衆と向き合う形になる。

 ララガ島の人たちは、フライマン共和国の典型的な人種構成のようだった。白人、黄色人、黒人種にアラブ系の特徴が適度にまじりあって、何人とも言えないような肌色や顔が多い。ある意味では理想的な人種構成になっているのだ。

 ほとんどがシャツ1枚であることと、全体的に日焼けしているように見えることを除けば、東京の雑踏をどこでもいいから切り取ったときの群衆と違いが判らないだろう。

 そういう意味では、日本人自体が混合人種民族であり、洋一はそのもっとも平凡な構成員だったから、少なくとも洋一の容姿は民衆と対峙してもまるで違和感がなかった。

 違っているのは、何か別の点である。

 群衆は、その何かを期待するように、押し黙ったまま注目している。だが、洋一にはそんなものはない。

 洋一単独では。

 突然、群衆がどっと沸いた。

 洋一の後ろに向かって、全員が叫ぶような歓声を上げている。

 洋一が振り返ると、そこにはラライスリが立っていた。

 ミナは、簡素な衣装を纏っていた。

 一見したところ普通のワンピースにしか見えないが、それでもミナを際だたせている要因があった。

 全体が一色で、しかも風に吹かれるたびにほんのわずかな皺が細い光の残像を散らす。色は、エメラルドブルーに近い。

 ミナのその姿に、洋一がすぐにラライスリを連想したのは、ごく最近同じ色を見たからだった。

 言うまでもなく、海の色だ。それも、タカルル神殿から見下ろしたときの海である。

 午後の気だるい風に愛撫されて、ゆっくりと伸びをしているかのような、その感触。派手なところは少しもないが、心に食い入ってくるような美しさをまとって、ミナはゆっくりと洋一に向かって歩き出した。

 洋一も、回りの群衆も、魅入られたように見守る中で、ミナは静かに洋一の前で立ち止まると、微笑む。

 それから、洋一の前に跪く。

 両膝を地面につけて、手を洋一の方に差し伸べてくるミナに、洋一は思わずその手をとってしまった。

 ミナが、洋一の顔を見つめたまま、何か言った。洋一には一言も判らなかったが、回りの群衆からいっせいにざわめきが起こる。

 それからミナは立ち上がって、夢見るように微笑んでから、洋一の胸に飛び込んできた。

 群衆が爆発した。

 回り中で歓声が飛び交い、跳ね回ったり踊ったりしている群衆をかき分けて、洋一は必死に桟橋に向かう。ミナは、完全に目をつぶって、身体を完全に洋一に預けている。

 思ったよりも重いのは、力を抜いているからだろうが、洋一は突然巻き込まれた強制的なメロドラマシーンから脱出するのに必死で、そんなミナが腹立たしいばかりだった。

 やっとのことで群衆から脱出した洋一は、ミナを抱え直そうとしてぎょっとした。

 ミナの身体が熱い。

 額に触れると、ひどい熱だった。

 ミナの頬が紅潮しているのは、熱のせいだったのである。洋一の胸に飛び込んできたと思ったのは、気を失って倒れかかってきたかららしい。

「すみません! どこか……休めるところはありますか?」

 洋一は、こちらを見守っている群衆に叫んだ。

 少し歓声が上がりかけたが、洋一の必死の顔を見たらしく、すぐ止んでしまう。

 それでも、誰も名乗りでない。ここには日本語が判る人はいないようだ。

 今まで、フライマン共和国であまりにもたくさんの日本語のネイティヴスピーカーに会ってきたので、なんとなく日本語人口が多いものだと思いこんでいたところもあるのだが、やはりそういう人は少数派らしい。

 洋一は、同じことを何とか英語で言ってみた。

 今度は、すぐに反応があった。

 群衆をかき分けて中年の男が飛び出してくると、素早くミナの額に触れ、脈を取った。

「ゴウ、ハリアップ!」

 聞き間違えようのない単語で指示をしてくる。洋一は頷いて、ミナを抱き上げるとその男の後に続いた。

 群衆もぞろぞろついてくる。すぐに、見かねたらしい数人の若者が、ぐったりしたミナを引き受けて走り出してくれた。

 ほんの100メートルも走ると、少し大きな建物が建っていた。病院のようには見えなかったが、駆け込んでみるとベッドが並んだ部屋があった。

 医者らしい男の指示で、ミナが一室に運び込まれる。洋一は、待合室らしい部屋のベンチに腰を下ろした。

 群衆は、ここまでは入ってこない。ミナを運ぶのを手伝ってくれた若者も、いつの間にかいなくなってしまった。

 なんだかぐったり疲れた洋一だったが、とりあえずは待つしかない。

 しばらくするとドアが開いて、さっきの医者らしい男が出てきた。洋一を見つけると寄ってきて、英語で話しかけてくるのだが、なまりがある上に早口で、よくわからない。洋一の英語力は、パットにすら通じない程度なのだから、医者の話など判るはずがない。

 やがて医者は肩をすくめて、洋一を診察室に招き入れた。

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