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第91章

「おーい!」

 洋一の叫び声に、近くにまだ残っている漂光たちがざわめいた。

 漂光たちの間に期待感のようなものが走るのが感じられる。

 しかし、クルーザーには動きはなかった。

 それどころか、少しずつではあるがファラーナ3世から離れて行くようだ。

 お互いに動力を使用せず、流されているだけなのだから当然と言える。

 洋一は焦った。

 ファラーナ3世を動かす手段がないのだ。向こうから近寄ってきて貰わないと、接近しようがない。

 さらに叫んだが、クルーザーからは反応がない。

 洋一は、衝動的に海に飛び込んだ。

 漂光のために、あたりはかなり明るく、クルーザーもよく見えたからこそだが、無謀の極みである。

 いったん沈み、浮上すると、クルーザーは遥かに遠かった。ヨットの上から見たときには近く見えたが、相当な距離だ。

 海の冷たさで正気に戻る。一瞬後悔したが、今更戻ることも出来ない。

 洋一は立ち泳ぎしながら深呼吸してから、ゆっくりとクルーザーに向かった。

 泳ぎながら自分に言い聞かせる。慌てることはない。クルーザーは逃げはしない。泳いでいれば、いつかはたどりつくはずだ。

 このときは、やはり正気ではなかったのかもしれない。サメのことをすっかり忘れていたのである。

 泳いでいると、辺りが明るくなってくる。

 見上げると、洋一の上空を漂光が覆っている。

 やはり洋一についてきているのだ。

 随分長い間泳いでいたように思うが、せいぜい1,2分だっただろう。洋一は、へとへとになりながら、ついにクルーザーにたどりついた。

 しばらくクルーザーの舷側にしがみついて息を整えてから、洋一は叫んだ。

「おーい! クルーザーの人!」

 クルーザーの乗組員に日本語が通じないかもしれないと気づいたのは、このときだった。

 それでも、洋一としては呼びかけるしかない。言葉が通じなくても、叫んでいれば何らかの反応があるはずだ。

 だが、洋一の期待に反してクルーザーからは依然として反応がなかった。

 ひょっとして、無人なのかもしれない。

 洋一は、さらに2分ほど叫び続けてから、あきらめた。

 全力を振り絞って舷側をよじ登る。水をたっぷり吸った服が重く、ほとんど這い上がるようになりながら、洋一はクルーザーの甲板に倒れ込んだ。

 そのことで、クルーザーがかなり大きく揺らいだ。これで気づかないとしたら、乗組員は死んでいるとしか思えない。

 クルーザーの甲板はかなり明るくなっている。また漂光が押し寄せて来ているのだ。振り返ってみると、ファラーナ3世の方にも半分くらいの漂光が残っていて、未だにはっきり見えた。

 さっきより遠ざかっているようだ。

 洋一は何とか立ち上がった。無人でも、クルーザーが手に入ったのはありがたい。燃料や無線機が期待できるかもしれない。

 だが、よろめきながらクルーザーの操舵室を覗き込んだ洋一は硬直した。

 漂光の淡い明かりの中に、どうみても人間でしかあり得ない塊が浮かび上がっていたのである。しかも、その人間は顔をこちらに向けていて、あまつさえ2つの光る目がまっすぐ洋一を見返してくる。

 洋一が絶句していると、その人物はついと顔を逸らせた。よく見ると、操舵席の椅子の上でひざを抱えて座っているようだ。顔を膝に埋めて丸まっている様子は、全身で他の干渉を拒否している姿勢をきわめて効果的に表現している。

 洋一と干渉を拒否する人物はしばらくにらみ合っていたが、やがて洋一が我に返った。

「ねえ……きみ、あなた」

 塊は動かない。

「あのさ、何があったのか知らないけど、顔を上げてくれないか」

 すると、か細い声が返ってきた。

「どうして?」

「いや、どうしてって言われても」

「許してもらえないのに?」

「え?」

 その人物は、そろそろと顔を上げた。大きな瞳が潤んでいる。しかも、頬に2筋の涙の跡がはっきり見える。

「どうしたら許して貰えるの? 何をすればいいの? 教えて。何でもするから……」

 洋一は、再び絶句した。

 ミナだった。

 しかし、印象が昨日とまったく違う。氷のような冷静さを持つ中性的な美少年でも、小悪魔的な魅力の美少女でもない、第3のミナである。

 そのミナは、哀願するような表情で洋一を見つめ続けていた。ひょっとしたら、ミナによく似た別人ではないかと考えたくらい、これまでのイメージとはかけ離れた態度である。

 洋一は、思わず目を逸らせた。とても見ていられなかったのである。

 だが、ミナは洋一の態度を拒否ととったらしい。膝を抱きしめたまま、がっくりとうなだれた。洋一の背後から、かすかなすすり泣きが伝わってくる。

 これには洋一としても耐えきれるものではなかった。

「いいよ。別に怒ってない」

 洋一は、目を逸らせたまま言った。

 ぶっきらぼうな調子になってしまったのは、仕方のないことと言えよう。未だに、あの第3勢力の行動には怒りを抱いている。

 それに、今のようなミナを見るに忍びないこともある。哀れというよりは、やりきれないのだ。洋一の中では、本当のミナは最初にファラーナ3世に乗り移ってきた、さっそうとした姿のそれなのである。

 洋一の態度と口調は、今のミナにはかえって効果的だったらしい。ミナは、ぱっと顔を上げて、涙にかすれた声で言った。

「本当?ほんとうに?」

「ああ」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 涙声であやまり続けるミナをもてあまして、洋一はがっくりと腰を降ろした。

 でもまあ、とりあえずは助かった。さっきまでの絶望的な状況に比べて、状況は格段に改善されている。それに比べたら、ミナの変化や態度のうっとおしさを我慢することくらい何でもない。

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