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第8章

 ソクハキリは、両手の指を組み合わせて、テーブルに乗り出す。洋一の視界で、テーブルの向こう側が急に狭くなったように感じられた。

「猪野さんか蓮田さんから、何か聞いているか。今度の任務について」

「いえっ。に、任務だなんて、僕は蓮田さんのお供で出張しろと言われてきただけで」

「ということは、全然判ってない、ということだな」

ソクハキリが、深く頷きながら言う。

「猪野さんから聞いたときにはまさかと思ったが・・・あの人も、バクチ打ちだなあ」

「バクチ打ち、ですか」

「あ、いや。こっちの話だ」

 ソクハキリは、あわてたように手を振ってごまかした。

 やはり何かある。

 洋一は、言い知れぬ不安が再びわき上がってくるのを感じた。

「ということは、だ。最初から説明する必要があるか。よし。あまり時間がないんで、手っ取り早く話すぞ」

 ソクハキリは、洋一の不安にかまわず、ひとり頷いて洋一の方に乗り出す。

「まず、ヨーイチがいるここ、アグアココっていう地方なんだが、カハ族のまあ、本拠みたいなものだ。カハ族って判るか?」

「ええ。なんでも、甘いものが嫌いとか」

「なんだ、知ってるじゃないか。ま、正確に言うと甘いものが嫌いというよりは辛党の方が近いんだが。

 とにかく、カハ族はココ島全体に分布しているが、特にアグアココっていう場所は人口の8割がカハ族でな。フライマン共和国にとってはあんまり望ましいことじゃないんだが、なんというかカハ族の最大拠点みたいなものになっている」

「拠点、ですか」

「これまでは、拠点といっても何するわけでもなし、急進派が時々集まってきては騒ぐ程度だったんだが、1年前、リゾート開発の話が持ち上がって、雲行きがおかしくなってきやがったんだ」

「………」

「きっかけは、大したことじゃなかった。リゾート開発といっても、フライマン共和国の現状はヨーイチも知っている通り、国際輸送面から見て大規模な施設を作って採算が合うはずがない。

 計画というのは、島の北側に小規模なホテルと海水浴場、それに専用の軽飛行機用の空港を作るといった程度だった。土地も、国有地なんでカハ族とカハノク族の対立要因はなかったしな。

 だが、そのホテルの土産物店に、フライマン共和国特産のお菓子を置くという話が出てきて、大騒ぎになった」

「何を?」

「お菓子だ。要するに、おやつなんかになる、あれだよ。よくあるだろう、日本の温泉街なんかに、その土地特産の果物とかを使った奴が」

 ソクハキリは、よほど日本になじんでいたらしい。ひょっとしたら、日本の文物に関しては洋一より詳しいかもしれない。

「問題になったのは、ココ島原産の果物を使ったオリジナルのお菓子だ。そもそも、ココ島っていうのは豊饒という土地柄とはとても言えなくてな。

 ヨーロッパ列強が植民地化していたときは、一応サトウキビやゴムなんかを作っていたんだが、よその植民地に比べて収穫があがらないんで、早々に撤退していったといういわくつきの島なんだよ。

 そんなわけで、特産物といっても大したものはない。カハが唯一、良く育つ果物なんだが、これがまた、部族の名前になるくらいしょっぱくてな。とてもじゃないが非常時以外には食えるもんじゃない」

「非常時?」

「ああ、知らないか。これも伝説なんだが、昔ココ島で飢饉があったとき、島民はみな飢えて雑草から海藻に至るまで、食えるものはすべて食い尽くした。ところが、カハだけはあまりのしょっぱさに誰も手をつけなかった。だが、飢饉はますますひどくなるばかりで、ついに勇気ある一人がカハを食った」

「………」

「死にはしなかったが、結果は悲惨なものだった。食ってからしばらくは、味覚がマヒするくらいの打撃を受けたんだ。それでも、一応栄養はあったので、背に腹はかえられず、島民の約半数は覚悟を決めてカハを食った。残りの半分は、カハを食うくらいなら死んだ方がマシだと言って、ついに飢饉が終わるまで耐え抜いたそうだ」

 だんだんわかりかけてきた。

「すると、カハを食った方の子孫がカハ族」

「そうだ。食わなかった方の子孫が、カハノク族というわけだ。ゆえに、カハ族はカハを大切にする。なんたって、飢饉のときは非常食になることが実証されている食物だからな。一方、カハノク族は、そんなものがなくても飢饉を凌げることが証明できたとして、カハなんぞというモノはココ島に不必要であると断言する」

 洋一は、領事館でサラから聞いた話を思い出して言った。

「カハ族って、子供の頃から甘いものは食べないと聞きましたが」

「そりゃ迷信だろう。別に食わないわけじゃない。砂糖菓子のたぐいはよく食うよ。ただし、カハ族の間では甘党はなんとなく敬遠される傾向があって、だから宇治茶みたいな苦い飲み物は、カハ族の男に相応しいとして珍重されるんだがね。

 年に一度カハ祭りというのがあって、1週間くらい続くんだが、その期間中は甘い物は禁止になる。これはカハ族だけの祭りだから、その期間はカハノク族との間が険悪になる」

 ソクハキリは、憂鬱そうに言った。

 だが、洋一にはまだ判らなかった。それが洋一と何の関係があるのか。いや、その前に新しいお菓子との関係もわからない。

 ソマハキリは、おお、と頭を叩いた。

「話がそれちまったが、つまりはそのくらいカハについては2つの部族間に対立があるということだ。話を元に戻すと、そのお菓子なんだが、原料にカハを使っているんだ」

「はあ」

「これは画期的なことなんだ。これまで、ココ島に豊富にあるカハを何とか使おうとして、主にカハ族の間で色々試みられてきたんだが、どうにも使い道がなかった。煮たり焼いたり干したり潰してジュースにするとか、しょっぱいんだから塩が取れるんじゃないかとか、やれることは全部やったんだが、駄目でね。

 ついには肥料にしようとすらしたんだが、それも失敗して、ついにはカハって言葉の意味に日本語でいう無用の長物というのが付け加えられたくらいだった」

「はあ」

「何せ、カハ族にとっては自分の部族の名を冠した果実だからな。それが無用の長物というのは我慢できん。一部の食品技術者が、意地になって挑戦していたんだが、最近ついに成功した」

「それがお菓子ですか」

「そうだ」

 ソクハキリは、立ち上がって戸棚から箱を取り出した。

 箱は、ケバケバしい原色に染められていて、いかにも孤島の原住民が手作業で作ったと思えるような紙箱だった。表面に「KAHA」と手書き文字で書いてある。

 お菓子の箱というよりは、小学校の低学年生が工作の時間に初めて作ったような箱だった。

「これが、その、リゾートホテルで売る予定のお菓子なんですか」

「箱は改良の余地があると思っている。なんせ人手がなくてな。これは試作品なんだが、この箱はお菓子を作った職人の息子が、小学校の工作の時間にこさえたものを流用しているそうだ」

「そうですか。驚きました」

 洋一が胸をなで下ろしている間に、ソクハキリが箱を開けて、紙に包まれたマッチ箱くらいのものを取り出す。

「こいつが、そのお菓子だ。ひとつやってみろ」

「はあ」

 断れる話の流れではなかったので、洋一はおそるおそる受け取った。

そのお菓子は、一見したところはモナカに似ていた。ずっしりとした重量感がある。半透明の紙に包まれていて、一応は高級菓子らしい雰囲気は出ている。

 紙を解くと、薄緑色をした饅頭のようなものが出てきた。表面は少し湿り気を帯びていて、かすかに手にくっつく感触がある。

 日本の東北あたりのひなびた温泉宿で出てくる名物饅頭そのままだった。

「いいから」

 ソクハキリの催促に、洋一は誘導されたようにそのお菓子を口に運んだ。

 さくっ。

 表面の粘っこさとは裏腹に、お菓子は洋一の口の中で乾いた音をたてて割れる。

 味は、悪くない。かすかな苦り気があるが、それがアクセントとなって、口全体に広がる爽やかな味を引き立てている。

 おまけに、隠し味でもあるのか、苦みが去ると舌にほんわかしたあるかないかの微妙な甘みが広がる。

「いいですね、これ」

 洋一は心から言った。「うまいです」

「そうだろ」

 ソクハキリは頷く。

「奇跡だよ。作った連中だって、自分でも信じられないと言っていた。製造方法はもちろん秘密だそうだが、そんなに複雑な工程ではないらしい。特別な設備投資も必要ないそうで、すぐにでも量産化にかかれると言っている。材料はそこら中に生えてるしな」

「言うことなしですね。何か問題なんです?衛生上許可がおりないとか?」

「それは大丈夫だ。もちろんテスト期間は必要だが、問題になるような材料は使っていない。開発した連中が散々食べているが誰一人としておかしくなった者はないそうだ。まあ、長期的な影響についてはなんとも言えないけどな」

 ソクハキリが、ひとつ取って口に入れる。少なくとも彼はこのお菓子の危険性については、何も心配していないようだ。

 洋一は、知らず知らずのうちに2つ目に手を伸ばしていた。考えてみれば、夕食の時間はとっくに過ぎている。今までジェットコースターに乗せられたみたいに次から次へと立て続けに事態が急変し続けるので、腹が空腹を忘れていただけだ。

「だったら、何が問題なんです」

「問題がないことが、だよ」

 ソクハキリが、お菓子を口にほうばったまま不明瞭な声を出した。そのままうんっと飲み込み、お茶をぐいのみして、口の回りを拭う。

「リゾートホテルの土産物売場で売るのに、何も問題がないどころか、ひょっとしたらヒットして、ココ島の名産にもなりかねない商品なんだ。

 これがどういうことか判るか?我々カハ族にとっては、まさに悲願達成といってもいい。数百年に渡って蓄積されてきたカハ=無用の長物というトラウマを、一挙に覆すことが出来るかもしれない福音だ。

 だが、カハノク族にとっては、先祖代々否定してきた命題が証明されるようなもんだからな。とても黙ってはいられない」

「黙っていられないというと、何か言うんですか」

「言うんじゃない。実力行使だ」

 ソクハキリは、突風のようなため息をついた。

「まず、議会で当のリゾート建設計画に対して、カハノク族系の議員から横やりが入った。環境問題とか教育に対する影響についての調査が足りないとか、愚にもつかんたわごとだが、お菓子を売る場所をなくせばいいという作戦は悪くない。

 お菓子については、さっきお前さんが言ったように、衛生面とか身体に対する長期的な影響の有無とか、市民団体なんかから問題提起、製造販売許可の取り消しや延期についての要求が出ている。これがまた、中心人物は必ずカハノク族なんだよな。

 それから、お菓子の製造工場があるんだが、先日いきなり焼けた」

「焼けた?」

「火事だ。幸い、製造ラインの一部が燃えただけでおさまったが、不審火だよ。警察の調査では、放火らしい。もちろん、証拠はないし犯人の見当もつかないけどな」

 ソクハキリは、肩を落とした。

「なんせ、警察も半分はカハノク族だからなあ」

「そこまでやるんですか」

「やる。証拠はないが、わかる。なぜなら、立場が逆だったらこっちがやっているだろうからな」

 ソクハキリは、顔をあげてニヤッと笑う。

「結構、血の気が多いんだ、ココ島の人民はよ。カッとなったら何するかわからんところがある。だから俺らが苦労してるんだ」

 ソクハキリが、カハ族の中で指導的な立場にいるらしいのは明らかだった。そういう立場にいる者として、対応を迫られていることはわかる。

 だが、今だに判らないのは、ココ島の民族紛争に洋一が何の関係があるのだろう、ということだった。

 実は、洋一も薄々気がつきかけてはいる。間違いなく、猪野や蓮田の陰謀だろう。考えてみると、今までうまく行きすぎていたのだ。そのツケが回ってきたに過ぎない。

 だが、彼らは洋一に何を期待しているんだろう?

「ということで、大体判ったかな」

 ソクハキリが言った。

「カハ族とカハノク族の現在の状態については、何とか判りました。お菓子はおいしかったです」

「ありがとう。では、具体的な仕事の話に入ろうか」

「仕事、ですか」

「そうだよ。ヨーイチは仕事で来たんだろう?」

「それはそうなんですが」

 騙されたんですと言いかけて、洋一は口をつぐんだ。なんだかまずいような気がしたのである。

「実は、明日からカハ祭りだ」

 ソクハキリが突然言った。

「カハ祭りのことはさっき話したよな?カハ族の祭りなんだが、目玉は山車だ」

「だし?」

「日本人のくせにしらんのか。ほら、御輿に車がついた奴だよ。色々飾り立てて、みんなで引っ張って練り歩くという」

「ああ、山車ですか」

 まったく、ソクハキリは本当にフライマン共和国人なんだろうか。

「こっちの山車は、カハをテーマにして色々飾る。今年はもちろん、カハ再生の年として大々的に繰り出す予定で、すでに準備万端整っている。

 それと、山車の他に例年小舟にも小型の御輿を乗せて、海岸ぞいにフライマン群島をぐるっと回るというイベントもやっているんだが、今年はそっちにも力を入れようということで、50隻が用意してある」

 それがどうした、と言いたかったが、洋一は黙っていた。

「さっき言ったが、カハノク族はカハ祭りのことを快く思っていない。といっても、表だって妨害するほどのこともなくて、普段は無視する程度なんだが、心配なのはカハノク族の過激派でね。今年はお菓子のこともあるし、思い切った行動に出るんじゃないかという心配がある」

 心配があるというレベルの話じゃないのではないだろうか。

 さっきのソクハキリの話が本当だとすると、カハ祭りとやらが無事に済むはずがない。普段でさえ開催を快く思ってない過激派なら、今回のカハ祭りをなりふりかまわず潰しにかかるだろう。

「まあ、山車の方は、主にカハ族の勢力圏というか、アグアココほか数カ所の市街を練り歩く程度なので、あまり心配はしていない。 なんといっても山車の回りはカハ族だらけだからな。山車を引っ張る連中も、特に選りすぐった力自慢で固める。それに、万一山車に何か起きても、それはそれでカハ祭りのイベントとして処理してしまえばいい。もともとカハ祭りは荒っぽいことで知られている。普段でも、山車がひっくり返るくらい当たり前だ」

 そういえば、日本にも似たような祭りはあちこちにあるな、と洋一は思った。喧嘩御輿だって、日本でもそれほど珍しい存在ではない。もともと祭りというのは荒っぽいものだ。

「すると、船の方ですか」

「そうだ」

 ソクハキリは頷く。

「御輿船は群島を一周する。当然のことだが、通過する島にはカハノク族の縄張りというか、勢力圏の町や港もあるわけだ。

 こっちは50隻の船団なんだが、しょせんは御輿船だ。そんなに人数は乗せられないし、不意をつかれたらどうしようもない。護衛を四六時中つけるわけにもいかんしな」

 ソクハキリは、そこで言葉を切ると、冷えた宇治茶をズズッとすすった。顔さえ見なければ、日本の港町の旧家で、そこらへんを取り仕切る網元と話しているとしか思えない口調と仕草だった。

 洋一は、あらためて自分の心に確認した。 今俺は、日本の地方都市じゃなくてフライマン共和国にいて、日本領事館の臨時雇いとしてアグアココという場所に出張してきている。

 そして、よくわからないがフライマン共和国の人口の大部分を構成する2つの民族のうちのひとつであるカハ族の実力者の家で、日本間に似せたらしい部屋で宇治茶を振る舞われながら、かつて日本に留学していたために日本語が日本人以上に堪能な相撲取りになりそこなったカハ族の実力者と、カハ祭りとやらについて話しているのだ。

 だが、確認してもいっこうに気分は晴れない。どうしようもないくらい場違いなところにいる、という事実を再認識しただけである。

「俺も困ってな」

 ソクハキリが不意に言った。

「国の恥をさらすようで迷ったんだが、ついにせっぱ詰まって、猪野さんに相談したんだ。日本領事館の猪野さんは、オヤジの昔からの友人でな」

 やはり、猪野がかんでいたのか。

 とっくに判っていたことだったが、改めてソクハキリの口からその名前が出てくると、洋一は激しい脱力感に襲われた。

 うますぎる話には、必ず裏があることは判っていたのだが、あのときはどうしようもなかったのだ。

 金もなく、知る人もいない、見知らぬ島で行き倒れになるよりは、ここで場違いなことに巻き込まれている方がまだマシだった。洋一はそう考えて、なんとか精神の平衡を保った。

 ソクハキリは、そんな洋一の様子を不安そうに見ながら続ける。

「ありがたいことに、猪野さんが名案を出してくれた。その結果として、ヨーイチがここにいるわけだ」

「はあ」

 まだわからない。

 ソクハキリは、うーんと唸って、パシンと膝を叩く。

「つまりだなあ、ヨーイチが御輿船に乗るんだ」

「僕が?」

「そうだ。というのはだな、今回の問題は、あくまでもカハ族対カハノク族の事情であって、いわばフライマン共和国の国内問題だ。

 だからこそ、一部の強行派が過激な行動に走る可能性があるんだが、もし現場にカハ族でもカハノク族でもない第三者、それもフライマン共和国にとって重要な意味を持つ者がいたらどうなる?」

「どうなる、と言われても」

「俺達はな、カハ族だのカハノク族だのこだわって対立しているように見えるが、心の底ではそれ以前にフライマン共和国の国民だという認識が強くある。部族間の対立は、いわば兄弟喧嘩のようなものだ。

 だから、国外が関係してくる問題になると、両側とも対立を棚上げして、一致団結してコトにあたるという伝統がある。

 同じように、カハ族とカハノク族の間だけならエスカレートする可能性が高いことでも、そこに第三者を巻き込みそうになったら、たちまち沈静化する公算が高いんだ」

 判ってきた。

「そこに、僕がいると、カハノク族が無茶するのを思いとどまるかもしれない、と」

「そうだ。しかも、ヨーイチの肩書きは臨時雇いとはいえ公式な日本国領事館の職員だ。いわば、日本を代表する立場なわけだ。そんな重要な立場にいる人を巻き込むようなことは、いかにカハノク族の強行派とはいえするはずがない」

「すると、僕は囮、いや生け贄・・・」

「とんでもない。お客様だよ。いや・・・・正直に言うと、中和剤、安全弁なんだが」

 ソクハキリは、さすがにばつの悪そうな顔をした。その顔つきからは、どうやら猪野と計ってこの計画を最初から知っていたことがありありと見て取れる。

 洋一は、しばらく考えてから言った。

「でも、なぜ僕なんです?そんなに重要なことなら、猪野さんだって蓮田さんだって、断わらないと思いますけど。それに、領事館には別の職員もいるでしょう」

 ソクハキリは、渋い顔で言った。

「猪野さんたちは、顔が広すぎるんだ。なんせ、日本領事館の上級職員だからな。それがカハ祭りの御輿船に乗るというんじゃ、一方的にカハ族に肩入れしているように思われるじゃないか」

 一理ある。

「かといって別の人に頼もうにも、今領事館には猪野さんたち以外には日本人スタッフがいない。領事が出かけているんで、職員の大半がお供でついていってしまったんだそうだ。

 その他の職員は現地採用だし、その人たちに御輿船に乗って貰っても、あまりインパクトがない。日本領事館を代表しているようには見られるわけがないからな」

「………」

「そこで、ヨーイチに白羽の矢が立ったというわけだな。日本人で、臨時とはいえ日本領事館の職員で、かつ顔を知られていない人物。

条件にぴったりだろ」

「……それで、僕をひっかけたんですか」

「おいおい、ひっかけたわけじゃないはずだぞ。雇われるときに、一応説明を受けただろう?」

 それは、確かに一応は説明は受けた。日本領事館の職員の助手として、ちょっと出張してくるように。そして、しゃべるな、と。

 だが、対立する2つの陣営の、発火点とも言えそうな場所にたたき込まれ、御輿船なんかに案山子よろしく乗せられるなどという話は聞いていない。

「しかし」

「まあ、それほどご大層な役目じゃない。何もしないで乗っていればいいんだからな。ただでフライマン共和国の群島めぐりが出来ると思えばいいんだ。しかも待遇は来賓だぜ。うらやましい話だ。俺が替わりたいくらいだ」

「そうは言っても……」

 しぶる洋一に、ソクハキリはテーフルを叩く。

「ええい、それじゃあ、大サービスで綺麗どころを専属でつけよう。祭りの間中、ヨーイチの世話係として美女1人追加ということでどうだ!」

 まるでインチキ商品のたたき売りのようになってきた。ソクハキリがそれをやると、実に似合う。この迫力でやられたら、大抵の人はどんなガラクタでも売りつけられてしまうだろう。

 だが、洋一が反応したのは「美女」という単語にである。

 それについては、どうしても確認しておかなければならないことがあった。洋一は、押し殺した声で言った。

「……その、美女というのは?」

「おお!やってくれるか」

「最初に聞いておきたいんですが、その美女というのはまさか」

「よーし決まった。これでひと安心だな」

「まさか、その美女というのはパットではないでしょうね?」

 ソクハキリは、顔に笑みを凍りつかせた後、あっけに取られたように手を振った。

「おいおい、ありゃまだガキだぜ。いくら俺が無節操でも、あんな子供に接待役をやらせると思うか」

 やりそうだから、洋一としては確認したかったのである。

「じゃあ」

「大丈夫だ。ちゃんとしたグラマー美女を用意する。保証付きだ。絶対気に入る」

 誰の保証だろう。

 心配だった。

 だが、これ以上粘ったら、ソクハキリが何を言い出すかわからない。

 ネイティヴ以上の日本語で話されるから目立たないが、相手は、なにせソクハキリという名の通り、カハ族という得体の知れない部族の実力者なのだ。おまけに、ここはその部族のホームグラウンドときている。逆らわない方が賢明だ。

 洋一は、低い声で言った。

「……僕の役目っていうのは、その御輿船に便乗していること、だけですね」

「もちろんだ。主賓だよ。世話係と接待役にちやほやされて、ふんぞり返っていればいいんだ。たまには観客にちょいと手を振ったりしてな。なんだったらテープカットだって、やりたければやらせてやるぜ」

「いえ結構です」

「そうか?なるべく派手にやりたいんだが。まあいいか。さて、そうと決まれば忙しくなるぞ。ヨーイチ、部屋を用意するから、今日は泊まっていけ。明日の朝は早いぞ」

「僕は、なるべく地味にさっさとすませて帰りたいです」

 だが、洋一の呟き声などソクキハリが聞くはずもなく、良かった良かったほっとしたなどと叫びながら出ていってしまった。


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