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第84章

 すぐに、小さな影が洋一のそばを駆け抜けてヨットの船首にしゃがみ込む。投げられたを手早くロープ縛り付け、こちらを向いて頷いてみせた。

 クルーザーからのライトではっきり見えたのだが、利発そうな顔をした少年である。Tシャツと短パンに裸足という、フライマン共和国の標準的な服装で、肌はかなり白っぽい。白人の血が濃いのかもしれない。

 背も低いし、ひょろひょろした体型からすると、パットよりも年下だろう。

 その親分らしい人物は、ロープが結ばれたのを確認してからクルーザーに何か叫んだ。

 すぐに応答があり、クルーザーのエンジンが始動する。続いて、洋一のヨットがぐいと引きずられて動き始めた。

 洋一は反射的に手すりに掴まって身体を支えた。少年も姿勢を低くしている。

 だが、洋一の目の前の人物は微動だにしていなかった。2本の足で巧みに釣り合いをとりながら、まっすぐ立っている。しかも、その姿勢のまま次々に指示を飛ばしていた。

 よほどの海の男なのかもしれない。

 船団は次第に速度を上げながら、島から遠ざかっていた。洋一は、名残惜しげに島を振り返った。

 あの島にメリッサがいる可能性は高い。しかし、置き手紙からすると、ここでメリッサが消えるのは計画通りのようだし、だとしたら少なくとも当分の間は会うことはできないだろう。

 メリッサが裏切った、という可能性については、洋一は全然心配していなかった。好きになった女の子だし、それを考えなくても、そんなことが出来るような娘ではないことは判っている。

 むしろ、こんなところにメリッサを置き去りにしてゆくことの方が心配だ。もっとも、メリッサだって島の娘だ。

 洋一が心配するほど危険なわけではないだろうし、多分カハ族というかソクハキリの手がメリッサを守っていることだろう。

 それにしても、さっき聞かされた伝言が気になる。こいつはメリッサとどういう関係なのだ?

 あの伝言が、メリッサからのものとは限らないのだが、この状況ではどう考えてもそうとしか思えない。

 これがアマンダやサラのメッセージだったら「ごめんなさい」はない。というか、そういう言葉を使いそうな知り合いはフライマン共和国ではメリッサしか思いつかない。

 伝言がメリッサからだとしたら、洋一への伝言をこいつに口伝えで頼んだことになる。それほどメリッサとこいつが親しいとしたら、それはゆゆしき問題である。

 洋一は、知らず知らずに目の前の人物を睨みつけていた。

 見れば見るほどハンサムである。

 褐色の肌が、不思議にも端正なマスクを引き立たせている。

 日本人でこれだけ日に焼けた肌をしていれば、どうしても体育会系のイメージが強くなってしまうのだが、肌の色が端正な顔の冷たさを和らげ、ちょうどニュートラルな水準で落ち着いて、ハンサムさだけが強調されているのだ。

 日本につれ出して、TVコマーシャルにでも出したら人気沸騰かもしれない。

 日本ではメリッサのような超俗的な美貌よりは、こういうある意味で容易に理解できるタイプのハンサムが受けるような気がする。

 もっとも、本人を見た限りではそういう浮わついた仕事に興味はなさそうだった。ハンサムは関係ないとしても、見たところ洋一とそんなに変わらないくらいの若さでこれだけの集団を率いているのだ。

 アマンダがそうだったように、多分それなりの家族的・血縁的な背景があってのことだろうが、それでも集団を率いるためには能力とカリスマが必要である。そして、目の前の人物はその両方を十分持ち合わせているに違いない。

 そういう風に考えると、どうも洋一に勝ち目はなさそうである。フライマン共和国人であること、メリッサとはどうやら家柄や経済力などの点でも洋一よりはるかに相応しいだろうことも明らかで、洋一は気が滅入った。

 だんだんと暗い方向に想像が向いて行く。

 メリッサと、何か将来的な約束でもしているのだろうか?

 陰々滅々たる思いで暗く沈む洋一を後目に、ヨットを引いたクルーザーは夜の海を進んで行く。

 いつの間にか、回りを取り巻いていた船団が姿を消していた。速度の点で追いつけないということもあるだろうが、むしろ予定の行動だった可能性が高い。

 クルーザーも、数人いた乗組員が全員船室に引っ込んでしまい、甲板には誰もいなくなっている。

 その時、端正な顔が洋一の方を向いた。

「まだしばらくかかる。出来れば船室に入りたいが」

「……ああ。自由にしてくれ」

 洋一がなげやりに答えると、その人物は何か言った。すると、すっかり忘れていたが船首でうずくまっていた小さな影がスルスルと進んできて、洋一のそばをすり抜けるとぱっとドアを開けて船室に飛び込んだ。

 続いて、意外に軽い動作で細身の身体が船室に滑り込む。

 洋一は、ふてくされてヨットの甲板に座っていた。最初から主導権をにぎられっぱなしで、むしゃくしゃしているのだが、どうにもそれを解消する方法が判らない。

 と、ドアが開いて、端正な顔がひょいと洋一の方を伺った。

「入った方がいい。まだけっこう長い」

「外に居たい。ほっといてくれ」

 反射的に答えてしまってから、洋一は狼狽した。捕虜とも客ともつかない今の立場で言うべき言葉ではなかった。

 強制されるのが嫌いなため、感情が先走っているが、考えてみるとあのハンサムだって楽しんでやっているわけではないだろう。

 仕方なく役目を果たしている人に対して、あの言葉は失礼ではなかったか。

 洋一は、しばらくして立ち上がった。船室のドアを開ける。

 先に2人も入っているために、ただでさえ狭い室内がさらに圧迫感を増している。小さい方は寝棚に這いこんだらしい。寝棚から小さな頭がのぞいている。

 ハンサムの方は、奥の明かりを背にしているために顔が影になってよく見えないが、帽子やウィンドブレーカーを脱いで、船室の奥で座り込んでいるらしい。

「コーヒーでも飲む?」

 一瞬、洋一は混乱した。

 柔らかなアルトの声がしたのだが、どうみてもその声は目の前のハンサムが発したものとしか思えないのだ。

 洋一が唖然として、何もできないでいるうちに、影が動いた。身体をずらすと、栗色の髪が流れ、細面の顔が顕になる。

 髪を流しただけで、こうまで印象が違ってくるのだろうか。とぎすまされたようだった端正な顔は柔らかなハート型に変化し、冷たい光を放っていた細い瞳は大きく見開かれて濡れたように輝いている。

 そして、決定的なのは、ウィンドブレーカーに隠されていたその肢体だった。洗い晒しのTシャツの胸を押し上げる2つの膨らみを見ただけで、洋一は自分が決定的なミスを犯していたことを悟った。

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