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第81章

 洋一は、ため息をついて船室に引っ込んだ。

 考えるだけ無駄だという気がする。しばらく前から、事態は洋一が考えてなんとかなるような状況ではなくなっている。

 今は、メリッサを信じていればいい。なんだか自助努力を放棄するようだが、どうにでもなれという投げやりな気持ちではなくて、洋一自身がメリッサを信じたいのだ。

 メリッサと2人きりになって、しかもタカルルの魔法の影響もあってか、洋一の気持ちがぐんぐんメリッサに引き寄せられて行っているのがわかる。

 もちろん、パットやサラのことを忘れたわけではないのだが、いかんせんそばにいない分どうしても重みづけに欠けるようになっている。

 その点では、洋一もまごうことなき普通の男だった。誰だって、目の前にいる魅力的な異性に注意が集中してしまうものだ。

 洋一は、ヨットの船室に所狭しと詰め込まれている補給品を避けながら寝だなにたどりつき、横になった。

 ヨットで旅するということは、特にこんなに小さなヨットでは、なるべく小さくなっていることが一番重要である。洋一は操船の手伝いすら出来ない単なるお荷物なのだから、せめてメリッサの邪魔にならないように気をつけなければならない。

 ふと思いついて、洋一はゴソゴソと寝だなから這い出すと船室のドアを開けて甲板に顔を出した。

「メリッサ、このヨットの名前はなんだったっけ?」

 メリッサはすぐに答えた。

「ファラーナ3世です」

「へえ……何か意味があるのかな」

「特に聞いてませんけれど、ジョオの昔の恋人か誰かの名前じゃないかな」

 そう言うと、メリッサは笑ってつけ加えた。

「今のところ、すごく調子がいいんです。私みたいな女が乗ると、怒って言うことをきいてくれないかなと心配していたんですが、心の広い女性みたいですね」

「女とは限らないだろう。語感からすると女性の名前のように聞こえるけど、男かもしれないよ」

「ジョオが、自分のヨットに男の名前をつけるとは思えないんだけれどなあ。それに、ヨットには女性の名前をつけるというのが不文律ですよ」

「ああ、それは聞いたことがある。でも、3世というのはどういう意味だろう」

「3代目なのでは?」

「うーん。まあ、そう考えておくのが妥当かなあ」

 良かった。普通に話せる。

 洋一は、甲板に身を乗り出して、海を見るふりをしながらメリッサを眺めた。

 髪を束ねて、ゆるいポニーテールにして流している。沖合に出て風が強くなったせいか、束ねた髪が時折宙に舞って輝くのが美しい。

 ずっと日に当たっているせいか、頬が紅潮している。むき出しの手足も少し赤くなっているが、日本人だったらあっという間に真っ黒になってしまうところが、かえって肌の白さが強調されてみえる。

 こうしてみると、メリッサは多少はオリエンタルな印象はあるが、見た目は純粋の白人系だ。ソクハキリの妹のはずだが、血はつながっているのだろうか。

 そういえば、メリッサたちの親の話は聞いていない。ソクハキリとアマンダたち3姉妹は兄妹ということになっているが、そう言われたし本人たちがいかにもそれらしく振る舞っているからそう思っているだけで、先入観なしで見たら100%他人だと思うだろう。

 といってもカハ族の間では、美しい3姉妹は完全にソクハキリの妹として認知されているようだ。そのことは洋一も実際に見ている。

 とすれば、少なくとも姉妹の両親は種族的にはともかく実質的にカハ族であったのだろう。3姉妹の母親はさぞかし絶世の美女だったはずだ。父親がいかに美男でも、母親が並ではメリッサたちの美貌は生まれまい。

 そんなことはどうでもいいことだ、と洋一は思った。メリッサやパットの血縁がどうだとかいう話は、現在のピンチを切り抜けてからの問題であって、今は洋一の身の危険どころか一国の内乱にまで発展するかどうかの危機的状況なのである。

 ただ、洋一としては現状を打破するための行動を何も思いつかないのが問題ではあるのだが。

 洋一はため息をついて、船室に這いこんだ。この上は、せめてこれ以上の足手まといにならないよう、体力の温存を図るしかない。

 横になった途端に寝込んだらしい。気がつくと、あたりが暗くなっていた。

 小さな舷窓から弱々しい光がもれている。

 ヨットの電灯がついていないので、ほとんど真っ暗である。

 洋一は、手探りでドアまで進み、外に顔を出した。

 空は、すでに青黒くなっていた。太陽は見えない。ヨットは、碇を降ろしているようで、一所に泊まっている。

 甲板に上がってみると、目の前に島らしい黒々とした塊が広がっていた。海岸が近いらしく、白い砕け波が見える。

 メリッサの姿が見えない。

 洋一は、あわててヨット中を見て回った。

 船室の中は備品でいっぱいだし、帆が降ろしてあるせいで、甲板も見渡せる。メリッサはどこにもいなかった。

 ということは、目の前の島に行ったに違いない。洋一に一言もなかったのは、よく寝ていたからだろう。

 ため息をついて甲板に腰を降ろすと、目の前に伝言があった。

 メモ用紙に、かなり乱れた字で数行、それも英文である。揺れるヨットの上で書いたのだろう。筆記体なので解読に苦労する。

「用ができたので、行ってくる。心配しないで」というのが、おおよその意味らしい。

 とりあえず、メリッサがさらわれたり海に落ちたりしたわけではないことが判ってほっとしたが、心配するなと言われてもそうすっきり落ち着いていられるわけもない。

 そうしているうちに、太陽が完全に沈んだのか、辺りは真っ暗になってしまった。たちまち空には満天の星が輝き始める。

 洋一は途方にくれた。

 常識的には、このままメリッサを待つべきだろう。どこに行ったのかは判らないが、メリッサがここまで来て洋一をただ見捨てるとは思えない。

 何か理由があってヨットを離れたはずで、お荷物の洋一としてはおとなしく保護者の帰りを待つのが筋だ。

 だが、それでいいのかという気がだんだん増してくる。メリッサがこんなに長期間ヨットを離れているということは、何かトラブルがあったのではないか。そもそも、なぜメリッサはこんなところに碇を降ろしたのか。港までヨットで行けないわけがあるのだろうか。

 このヨットには、ゴムボートのたぐいは積んでいなかったはずだから、メリッサは泳いでいったに違いない。

 おそらくは、こんなに暗くなるまでヨットを離れているつもりではなかったのだろう。ほんのちょっと、島に寄ってくるつもりだったはずだ。

 不安がどんどん増してくる。

 洋一は、ついに立ち上がった。ここでぼやっとしているよりは、思い切って島へ行ってみたほうがいい。

 幸い、波は穏やかで、岸もそんなに遠くないから泳いで行くのにそんなに苦労しないだろう。

 Tシャツを脱ぎかけたとき、ふと視界の隅を何かが横切ったような気がした。

 波とは違う。白いものが、洋一の後ろで動いている。

 目をこらしてみても、何も見えない。だが、視界の隅を時折光がかすめるのだ。

 島の方を見ても、ただ黒々とした影が横たわっているだけで、明かりひとつない。無人島なのかもしれない。

 しかし、メリッサはどこに行ったのか?

 その時、洋一は唐突に背後に気配を感じた。

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