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第74章

 メリッサは、甲板で準備をしているらしく、忙しく動き回っている音が聞こえてくる。まったくなんでも出来る女性だ。洋一なんか、足手まとい以外のなにものでもない。

 それでも、洋一には洋一しかできない役目があるはずだった。今になってみると、どの程度役に立つかはなんとも言えないが、とにかく何とかしてメリッサの役にたちたい。

 いや、もちろんソクハキリやアマンダのことを忘れたわけではないのだが、今の状態ではメリッサ以外のことを考えるのは難しい。

 案外、それがソクハキリたちの戦略なのかもしれない。

 それならそれでもいい。たかが洋一ごときのために、メリッサという囮を使って貰えるなら本望である。

 ヨットの中は狭かった。

 ほとんど、作りつけの狭い寝だな以外は何もないといってもいいくらいで、まっすぐ立つことすら出来ない。洋一は仕方なく寝棚に横になった。ビニール製のマットレスが敷いてあるせいで、それなりに寝心地は悪くない。

 全身が疲れきっているせいか、瞼は塞がってくるのに目が冴えて眠れない。疲労が激しすぎると、かえって休めないものだ。

 それにしてもメリッサの身体はどうなっているのだろう。洋一と同じ運動をしながら、まったく疲れた様子もみせずに動き回っている。やはり、普段から鍛え方が違うのだろう。

 とすれば、最初に抱いていた病弱で引っ込み思案で臆病で人見知りのお嬢様、というメリッサのイメージは完全に間違いだったことになる。

 実際のメリッサは、人見知りはともかくそれ以外はむしろ洋一の先入観と正反対の女性なのではないだろうか。

 もっとも、今となっては洋一の先入観など意味がない。メリッサと洋一はここにいて、毎時間お互いを知りつつあるのだ。

「ヨーイチさん」

 小さなドアが開いて、メリッサが顔を出した。甲板からのぞき込んでいるらしく、斜めになった顔から金色の滝がなだれおちている。

「すぐ出航します。ちょっと揺れますから、何かにつかまっていて下さい」

「何か手伝おうか?」

「しっかりつかまって、体重を移動させないでくれると嬉しいんですが」

「……わかった」

 やはりシロウトはお呼びではないようだ。

 洋一は寝だなに深く這いこんで、手足を突っ張った。

 しばらくすると、船尾の方でドンドンという鈍い響きが起こった。音は、一時高まってから、少し低くなり、そのまま安定する。

 すぐに、ガクンと揺れがあり、続いてすうっと身体が浮くような感覚が感じられた。続いて、前後にかなり大きく揺れ始める。

 ヨットが動き出したらしい。ヨットとはいっても、一応エンジンはついているのだ。

 それにしても揺れが大きい。前後左右に不規則に揺れ続ける。

 こうしてみると、カハ祭り船団の指揮船は、随分大きな船だったのだ。船室がいくつもあり、中をゆうゆうと立って歩くことも出来たし、走っているときもあまり揺れなかった。

 もっとも、あれはクルーザーだと聞いている。マストはあったが、帆走は出来ないだろう。

 揺れが一定になってきたので、洋一は寝だなから降りた。何かにつかまっていないと歩けないのはあいかわらずである。

 ほとんど這うようになりながらドアにたどりつく。

 ドアを開けると、足があった。

 メリッサが、船尾に腰掛けているのだ。長い2本の足が、洋一の方に投げ出されている。

しかもこころもち開いた太股の奥が、洋一の真正面にあった。

「きゃっ」

「し、失礼」

 洋一は、あわててドアを閉めた。

 もちろんメリッサはショートパンツを履いているのだが、それでもその眺めは十分以上に魅力的というか挑発的だった。

 洋一は寝棚に這い戻ると、頭を抱えて目をつぶった。気まずい気分だった。

 というより、頭の中がメリッサの足と太股でいっぱいになってしまっている。

 必死で違うことを考えようとするのだが、どうやら白い足のイメージが薄れてきたのは5分もたってからだった。

 その間にも、ヨットは進み続けているらしく、前後左右に激しく不規則に揺れ続ける。

 まだ港から出ていないのだが、かえって港の中の複雑な波の影響をうけているのかもしれない。

 洋一は、日本にいたころはヨットなどにはまったく縁がなかった。日本を出てからも、乗った船はみんなかなりの大きさで、ずっとおだやかな天候が続いていたため、波の影響などはあまり気にならなかったのである。

 だから、これが洋一のヨット初体験といえるわけだが、いわゆる「ヨット」というものは、ひたすら揺れることと、ひたすら狭いことが判った。

 この揺れも問題である。こんな状態ではすぐに船酔いになりそうだ。すでに、洋一の喉の奥には何かのシコリのようなものが感じられる。

 狭いことは、メリッサと2人きりでヨットに乗っていることを考えると、今後問題になりそうな気がするが、まあ現状では大したことにはなるまい。

 この揺れの中で、しかもヨットを操縦できるのがメリッサだけであることを考えると、ロマンチックな展開になる可能性はあまり考えられない。

 洋一はしばらく我慢していたが、ふと気がつくと天井が右にゆっくり回転し始めていた。明かな船酔いの前兆である。

 もはや一刻の猶予もない。

 洋一は、またもや床を這い進んでドアを開けた。

 メリッサは、あいかわらず舵をとっていたが、綺麗な足を揃えて横座りしていた。真っ白な太股が目の前を横切っていて、さっきより挑発的なくらいである。

 だが、今度は洋一の事情が違った。

 洋一は、メリッサの足には目もくれずにドアを抜けると、ほとんど手探りで船縁にたどり着いた。

 メリッサがバランスを保って身体を傾ける。何も言わないのがありがたい。

 洋一はゲップを繰り返したが、どうしようもなかった。霞む目で振り返ると、もう港は小さく見えているだけで、島の全景が目に飛び込んでくる。

 ヨットがひときわ高く跳ね上がり、続いてぐっと沈む。

 洋一は、覚悟を決めて船縁に身を乗り出した。

 数回嘔吐を繰り返し、胃液まで吐いてから、洋一は何とか船室に這い戻った。

 何とか寝だなに転げ込んむ。このときにはもう頭がガンガンして、短い息を吐き出し、ひっきりなしに泣き声じみた声を上げ続けていた。

 メリッサの前で醜態をさらしていることは判っていたが、好きな女の前でも我慢できることもあれば、どうしようもないこともある。

 そんな考えが頭を横切ったが、すぐに苦痛の中に融けて行く。

 洋一は、気を失うように寝入った。

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