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第70章

「きゃ……」

「Beautiful! Wonderful!」

 ジョオは、テーブルを乗り越えてサラの腰を掴むと、いきなり持ち上げた。

 細身のサラの身体が軽々と舞い上がり、ジョオの歓声とも感嘆ともつかない英語が響く。

「Mr.Joe! I have no wings……」

「Oh!……いや、スマンスマン」

 サラの悲鳴のような声に、いきなり我に返ったらしいジョオがしきりに謝りながらサラを降ろした。

 やはり、興奮すると英語が出てくるらしいが、それが醒めると同時にまた日本語に戻ったというわけだ。律儀なことである。

 サラの方は、ほっとした顔で座ったが、頬が少し上気していた。驚いただけではない、結構楽しかったらしい。

 サラは大柄というほどではないが、日本の女性の標準からみると平均以上の身長である。細身なだけに体重はそんなにはないだろうが、それでも腰を掴まれて空中に持ち上げられるという経験は久しぶりだろう。

 そのせいか、いつものクールな仮面が少し外れて、少女らしい溌剌さが覗いていた。

 そういえば、確かサラはまだ19歳、日本では未成年なのだ。洋一など、会ったときから圧倒されてしまって、とても自分より年下だとは思えなかったのだが。

「しかし……驚いたね」

 ジョオが手をこすりあわせながら言った。チェスには負けたが、嬉しそうである。

「あれは……定石かね?」

「はい。誰の定石かは忘れましたけれど」

「そうか。なんとなく覚えがあるような気がしたが……どうにもならなかった。吸い込まれるような手だった」

「実力ではありません……そういう意味では。ちょっと、やってみただけ」

「やってみただけかね」

 ジョオがため息をついた。

「マスターに刃向かっているような気がしたよ。完敗だ。嬢ちゃんただ者じゃないね」

 サラは、ゆったりと微笑んでみせた。もういつものポーカーフェイスに戻っている。

「さあて、ワシも未練がましいことは言わない。チェスはもう終わろう。ゆっくりしなさい」

「ジョオ」

 メリッサが遠慮がちに口をはさんだ。

「電話借りていい?」

「ああもちろん。場所は知っているな」

「ええ」

 メリッサは、スッと立ち上がった。と同時に、サラに頷く。

 メリッサとサラは、小声で話しながら出ていった。

 すっかり忘れていたが、そういえば洋一たちはカハ祭り船団から無断で飛び出してしまっているのである。特に、洋一は非公式ながら海のカハ祭りの「客」の立場でありながら、招待主の了解も取らずに行方をくらましてしまったことになる。

 メリッサとサラは、今後の対応を考えて手を打とうとしているのだろう。

 洋一は焦って立ち上がった。幸い、パットはジョオやシャナと話し込んでいる。今なら多少の自由行動がとれるかもしれない。

 電話は、ホールの一角にあった。

 古風なボックス型のスペースに、2台の電話機が備え付けられている。その一つにメリッサとサラが肩を寄せ会うようにしてかがみ込んでいた。

 話しているのは、もっぱらサラのようだ。メリッサは、サラが持っている受話器に耳を押し当てるようにして聞いている。

 サラの言葉は早口で、しかもココ島語らしくさっぱりわからない。だが、その内容は容易ならぬものらしい。サラとメリッサの顔は険しかった。

 突然、サラが低く叫んだ。メリッサもはっとしたようにサラを見る。

 サラは、受話器を持ち直して、短く話した。それからしばらく聞き、また少し話す。相づちをうつように、何回か短く答えると、最後にため息をついて受話器を降ろした。

「サラ」

 考え込んでしまったサラと、そんなサラに小声で話しかけるメリッサをしばらく見ていたが、2人ともまるで気がつかない。洋一は仕方なく声をかけた。

 2人ともボックスの中で、飛び上がった。

 よほど夢中になっていたらしい。

「ヨーイチ」

 サラは、一瞬の動揺から素早く立ち直ったようだ。洋一の方に向き直ったときにはもういつものポーカーフェイスに戻っていた。

 あいかわらず、すごい自制心だ、と洋一は感心する。

「何かあったのか?」

「いや……ちょっと、ね」

 サラが珍しく口ごもる。すると、メリッサが言った。

「サラさん。ヨーイチさんにも話しておくべきだと思います」

「……そうだな」

 サラが、洋一を伺うように考える。ここで主導権を握っているのはサラらしい。

 メリッサは、カハ祭りのスタッフではあるが、ソクハキリやアマンダの陰謀からは距離を置いているはずだ。そういう意味では、むしろサラの方がアマンダに近いのだ。

 そして、あの秘密会議室での話からすると、今回の陰謀にはサラは最初からかかわっていることになる。

 ひょっとして、洋一たちの造反も仕組まれたものだったのだろうか? メリッサが何かの理由で怒り、洋一たちを連れてカハ祭り船団を抜け出すことも計画に入っていたのか?

 そういえば、あれだけ派手に出てきた割には追っ手がかからないというのも不思議な話である。洋一を連れ戻しに、アマンダあたりが説得に来てもいいはずなのだが、その気配もないということは、やはりこれは予定された行動なのだろうか。

「カハノク族が、動いたという連絡が入った」

 いきなり、サラが言った。

「動いた?」

「かなり大規模な……ドーロアという町がある。カハノク族の拠点の中心といっていい町。カハ族のアグアココと同じものだと思えばいい」

 サラは淡々と続けた。

「港町なのだけれど、大規模な船団が集結しているという噂があって。噂というか、ほとんど確実なんだけど」

「隠せるようなことではないんです」

 メリッサが口をはさむ。

「別に戦争しているわけじゃありませんし、カハ族もカハノク族も一部の急進派を除いてはほとんどがノンポリみたいなものだから」

 洋一は感心した。

 メリッサの日本語力は大したものだ。ノンポリなどという単語はどこで習ったのだろう?

「お互い、何をやっているかは大体筒抜けなんです」

「カハ族の情報も、カハノク族はよく知っている。カハ祭り船団が、今どこにいて、どういう状況かなんてことも。それで、今の電話で聞いたのだけれど、ドーロアに集結していた船が一斉にいなくなったということだった」

「大変じゃないか」

「はい」

 メリッサが目を落とした。かなりショックを受けているようだ。顔色も青い。

「カハ祭り船団の方も、ヨーイチさんも見たと思いますけれど、かなりテンションが上がっています。船も襲われましたし、今カハノク族が何かしてきたら、本当に戦争になるかもしれないんです……」

 メリッサの言葉は小さくなって消えた。サラも何も言わない。

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