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第68章

 サラの言葉に、一同は揃って自分の飲み物を上げたが、全然気が揃っていなかった。およそ乾杯とも言えない儀式が終わると、一同は黙々と食べ始めた。

 テーブルの上には、所狭しと料理が並んでいる。

 その時になって、初めて注意をテーブルの上に向けた洋一は、とりあえず憂鬱な気分を忘れた。

 メリッサの手が入った料理なのだ。

 しかも、これまでとは違って、バイキングやサンドイッチのたぐいではなく、正式の厨房を使っての一品料理である。

 見た目がいかにもうまそうだった。メリッサの腕は、味だけではない。これまではよく見たことがなかったが、こうしてディナーという形で並べると、一流レストランの風格がある。

 洋一は、まずスープに飛びついた。続いてシチューを味わう。

 パンと同時に処理しつつ、グリーンサラダとポークチョップを自分の皿によそって、その合間に急速に減りつつある肉団子を確保しておく。

 食べれば食べるほど、腹が減って行くようだった。それは、テーブルの全員も同じらしい。パットすら、洋一を離して食事に没頭していた。

 シチューを飲み干して、そのままおかわりを注ごうとして乗り出した洋一は、ふとメリッサの方を見た。

 全員が食事に没頭している中、メリッサだけは料理をチョボチョボつまみながら、ワインをガブ飲みしている。

 すでに乾杯のときのグラスは干してしまい、2杯目を飲んでいるらしい。

 酔ったそぶりは少しも見せていないが、アルコールのせいか大分気分が落ち着いてきているようだ。さっきまで漂っていた閉じこもるような雰囲気が薄れていた。

 そのメリッサが、何気なくこちらを向き、きょとんとした表情を見せた。

 それから、少し頬を染めて、小さく頷いて、微笑んだ。

 洋一も笑い返し、腹の中にあった冷たい塊がすっと融けてゆくのが感じられた。

 良かった。メリッサの機嫌は直っている。

 別に喧嘩別れしたわけではないのだが、パットが間に挟まっていると、どんどんエスカレートしていってしまうような気がする。

 そうだ、と洋一は思った。

 今まで気がつかなかったし、恐れ多くて考えないようにしていたのだが、俺はメリッサが好きなんじゃないだろうか。

 もちろん、パットはかわいいし、好きだ。あれほどまでに好意を寄せてくれる美少女を嫌えるはずがない。しかし、恋愛対称ではない。まだ、ない。

 まあ、あと数年もすれば判らないが。その時には、パットも今のようなあからさまな行動は取らなくなっているだろう。

 メリッサはどうだろうか。

 一緒に過ごした時間は少ないし、お互いに相手のことをよく知ったとはとても言えない。

 特に、メリッサにしてみれば、洋一はいつもパット込みで考えなければならないくらい、パットと仲良くしているようにしか見えていないだろう。

 だが、単純に好きか嫌いかで考えてみると、メリッサが洋一を嫌っているわけではないのは間違いない。洋一の常識で考えてみても、これまでのメリッサの態度は社交辞令の域をはるかに越えている。一言で言えば、すごく親切にしてくれている。

 だからといって好き、と言えるかどうかは判らない。だが、うぬぼれかもしれないが確かにメリッサは洋一に好意を持ってくれている、ようだ。

 そしてこっちの方が重要なのだが、洋一がどう思っているかを考えてみると、答えははっきりしている。

 洋一はメリッサが好きだ。

 目もくらむような美女だし、料理はうまいし、性格も少々エキセントリックなところはあるものの大人しくてかわいい。

 それは表面的な特質ではあるが、今のところそれだけで十分だろう。

 恋かどうかは判らない。多分、まだ違う。少なくとも洋一が考える恋、いや片恋のレベルにすら達していない。

 だが、まだ始まったばかりなのである。いや、そうであって欲しい。だから、今洋一が成すべき事は、とにかくメリッサの期待を裏切らないことだ。

 といっても、今も洋一の傍らで旺盛な食欲を見せている美少女のことを思うと、それすら遠大な目標に思える。

 洋一が何気なくパットを見ると、パットは輝くような笑みを返してきた。

 今のパットは無邪気な子供に見える。しかし、子供とは言ってもパットは女なのだ。

 これまでにも洋一は、驚くほどのパットの色々な姿を見せられている。それだけに、この笑みを無心に受け止めるには少し抵抗があるのだが。

 かといって、なんとかしようとしても本人に自覚がないのだから、どうしようもない。

 つまりは、これまでと同じようにやってゆくしかないということか。

 洋一は内心ため息をついた。

 我ながら八方美人の優柔不断だと思うが、それ以外にやりようがないのである。幸い、といっていいかどうかだが、洋一自身の性格がこのやり方に合っていて、別に努力しなくてもみんなに当たり障りのない態度を取ることは難しくない。

 ここで、自分の性格に逆らってメリッサなりパットなりの誰かに傾倒したりしたら、結果的には全員から総スカンを食らうのがオチだろう。

 とすれば、ごく自然にまかせるのが最適な対応ということになる。

 それでいいじゃないか、と洋一は開き直った。

 しょせんは青二才だ。うまく立ち回ろうとしても、ゴマカシがいつまでも続くはずがない。だったら、最初からまっとうにやっていた方がマシだ。

 洋一は、現代青年にふさわしく、自分が青二才であることを自覚できている男だった。

 大志を抱いていないわけではないが、自分に過度な期待は持っていない。いかにも、平和ボケした日本に相応しい「足るを知った羊のような」男なのである。

 といっても、ひとりで日本を飛び出すくらいの気概は持ち合わせているのだが、これは気概というよりは無謀かもしれない。

「あー。ところでヨーイチ。チェスはやるか?」

 突然、ジョオが言った。

「チェスですか。いえ」

「そうか」

 会話が途切れる。気まずい雰囲気になりかかったとき、シャナが口を挟んだ。

「わたし、出来ます」

「ほう。それじゃ、一局願おうかな」

「はい」

 2人とも日本語である。

 どうやら、ゲストのために会話は日本語で通そうという暗黙の了解が行き渡っているようだった。

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