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第66章

 仕方がない。

 洋一は、パットを揺すった。

「フア?」

「パット。トイレに行きたいんだ。レストルーム」

「レストルーム。ベンジョ?」

 トイレは、パットの頭の中の日本語基本単語辞典に載っていたらしい。パットは、案外あっさりと降りてくれた。

 騙したわけではない。本当に尿意に耐えられそうになかったのだ。

 トイレの目ぼしはつけてあった。さっきこの家に入ったときに、リビングルームのドアと反対側にそれらしいドアがあった。

 扉を開けると、やはりそこはトイレだった。しかも複数の便座や個室が並ぶ本格的な集合トイレである。やはり、この家は個人の屋敷というより、公的な目的のためのパーティ会場機能を重視して設計されている。

 それにしては、全体の作りが小規模だという気がするが。

 トイレから出ると、サラが立っていた。

「失礼」

 サラは、なぜか洋一を睨みつけてから、一言も言わずに向きを変えて去っていった。

 どうもタイミングが悪い。

 洋一は、しばらく躊躇していたが、ふと思いついてサラの後を追った。サラに聞きたいことが色々ある。

 廊下は意外なほど長かった。家の外見からは、これほど奥に続いているようには見えなかった。してみると、この屋敷は結構大きいのだ。ジョオにしても、ひょっとしたら大金持ちなのかもしれない。

 いや、ソクハキリと知り合いらしいのはともかく、メリッサやパットとあれほど親しいとしたら、ソクハキリ一家と家族つき合いをしているはずだ。とすれば、金持ちかどうかはともかく、それなりの実力者というか大物ではあるのだろう。

 20メートルも歩いただろうか。両側にドアが定期的にあるだけの殺風景な廊下が途切れ、突き当たりはホールになっていた。

 円形の、堂々たるホールである。向かって右手に階段があり、そのまま壁を半周して2階へつながっている。

 左手の壁は、大きく開け放ってあるように見える。

 近寄ってみると、そこはベランダになっていた。半円形の張り出しの向こうは黒々とした斜面になっていて、その向こうに水平線が見えた。かなり遠いが、細い砕け波が続いている。

 ベランダには、いくつかのテーブルと椅子が置いてある。どう見ても、ここは展望台だ。

 今は月光のか細い明かりの下に暗く沈んでいるが、昼間ならさぞかし見晴らしのいい場所だろう。

「ヨーイチさん?」

 不意に声をかけられて、洋一はびくっと飛び上がった。

「ああ、メリッサ」

「どうしたんですか。呼びにいこうとしたら、こんなところにいるんだもの」

「いや」

 サラを追ってきたとは言えない。

「それより、凄いねここは。ひょっとしてホテル?」

「そうですよ。というより、そうだった、のかな。私もよく知らないけど、昔はプチホテルとして有名だったそうです。でも設備が古いし、旅行手段が客船から飛行機に移って、お客さんがこなくなってしまって廃業したと聞いています」

 もっとも50年以上前の話らしいですけれど、とメリッサは笑いながら言った。

「すると今はジョオさんがオーナー?」

「そうじゃないかしら。よくは知りません。ここにはずっと前に来たことがあったけれど、そのときにはもうジョオだけでやっていたような気がする。お客さんはいなかったと思う」

「もったいないな。ここなんか凄くいい眺めだと思うけれど」

「ヨーイチさんはそう思います?」

「ああ」

 メリッサは、ふっと微笑んで半回転し、ベランダに寄りかかった。

 いきなり洋一の心臓が飛び出す。今の今まで、そばにいる美女を意識していなかったのだが、青白い月の光に輝くメリッサの金髪に目が張りついてしまった。

 メリッサの方は、何を考えているのだろうか。コメディ映画さながらの洋一の醜態をさんざん目撃しているはずなのに、打ち解けた態度が変わるわけでもない。

 ひょっとしたら、メリッサはすごい悪女なのかもしれないぞ、と洋一は自分に言い聞かせた。悪女が言いすぎなら、自己中心か。いや、そっちの方が悪口のような気がする。

 しかし、これだけの美女だと、本人がその気がなくても回りは色々気を使うだろうな。

 ごく平凡な容姿だったら、俺だってここまで気を回さなかっただろうし。

 俺なんか、たまたまそばに寄ってきて、否応無しに相手しなければならなくなった日本人の風来坊。それ以上のものではないはずだ。

 そうか。だから、こういう態度なのか。

 洋一の中で、何かがふっきれたような気がした。

 メリッサは、そんな洋一にかまわず、楽しそうに話し続けていた。

「お客さんが来ないんじゃ、仕方がないわ。でも、やめたわけでもないみたい」

「え?」

「今までお料理してましたけれど、厨房設備は一部ですけれど生きてますし、客室も少しは使えるみたいです。

 ホテルとしては営業していないけれど、まだ使われてはいるんじゃないかしら」

「そうか。少なくとも、ジョオさんは住んでいるみたいだしな。そう言えばジョオさんは、毎日自炊してるようなことを言ってたけど」

「みたいです。料理道具は使い込んであったけど、どれもピカピカだったし。ジョオってコックさんかもしれない」

 大分気が楽になった洋一は、自分も手すりによりかかった。並んでいるメリッサは、月の光を全身に浴びて美しい。

 イケメン役が洋一でなければ、外見上は映画のシーンさながらだ。

「メリッサは、ジョオさんとどういう知り合いなんだ?」

「どうって……昔からの、かな。私が今のパティより小さかった頃から、年に1回くらいうちに訪ねてきていたみたい。ここにも、2、3回遊びに来たことがあります」

「それで、この島に来たんだ」

「途中で思い出したんだけど」

 メリッサは、小さく舌を出した。洋一は、あわてて視線を逸らす。メリッサと2人きりで話していて、平静を保つのは難しい。

「私の知り合いじゃなくて、家族の友人みたいなの。兄さんとは連絡しあっているようだけど、私はせいぜい、クリスマスプレゼントのお礼状とかを書くくらいかな」

「プレゼントが来るんだ」

「もう昔の話。ここ数年はほとんど忘れていたわ」

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