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第65章

 古い家だった。ヨーロッパ風の2階建てで、全体が白い石で出来ている。洋一のいる場所からは一部しか見えないが、かなり大きな屋敷に見える。

 相当歴史があるらしく、街灯や窓からのかすかな明かりの下で見ても、どっしりとした落ち着きが感じられた。

 こういう家は、フライマンタウンにもそこそこ建っていた。大邸宅ではないが、それなりの風格があり、一般庶民が住むには気後れがしそうな家である。

 これは感情的なものだけではなく、こういう古い家は手入れが大変らしい。

 洋一が日本領事館にいたときに聞き込んだところでは、フライマン共和国でこういう古い洋風の家に住む人は、昔から住んでいてしょうがないとか、商売上普通の家に住んでいると舐められるからだとか、のっぴきならない理由がある人に限られる。

 もちろん、こういう家に住みたくて住んでいる人もいるのだが、維持費がかかりすぎるので、かなり経済的な余裕がないと長期間の維持は難しいらしい。

 逆にいうと、住んでいる人はそれなりの理由があり、しかも大抵の場合は裕福だということになる。

 パットは、洋一を引きずったまま、開いたままになっているドアに飛び込んだ。

 ドアは2枚開きの立派なものだった。ソクハキリの屋敷を彷彿させる。

 入ったところはホールだった。といっても、ソクハキリの屋敷のような広大さはなく、少し広い玄関というところである。

 そこを抜けて、次のドアをくぐると、そこはもうリビングルームだった。

 広さは20畳くらいか。古ぼけているが高価そうなソファーセットと、壁際には本棚や食器棚が並んでいる。

 ヨーロッパ風の居心地の良さそうな部屋だった。日本人の感覚で言うと、広すぎて落ち着かない面もあるが、こういう居間があるのが理想という人も多いだろう。

 洋一はというと、なんだか欧風のプチホテルにいるようであまりリラックスできそうにもないが、フライマン共和国にきてからずっとそうなので、もう慣れてしまっている。このところの洋一の生活空間ときたら、極端に広いか狭いかのどちらかなのだ。

 パットは、ソファーに洋一を押し込んでから自分もぴったりとくっついて座った。洋一の腕を両手で抱え込みながら、しかしずっとそっぽを向いている。

 怒っているのかと思ったが、むしろ洋一の機嫌を伺っているらしい。部屋を見回しているふりをしながら横目で見ると、パットの方もちらちらと洋一の顔を盗み見ていた。

 本当にかわいい。

 妹みたいな、というより人なつっこいペットに対するような感情がこみ上げてきて、洋一は左手でパットの髪の毛をかき回してやった。

 パットはきょとんとしていたが、急に花が咲いたように微笑むと、頬を洋一の腕にぎゅっと押しつけた。

「噂通りだな」

 笑いを含んだ声がした。

「パルをそこまでなつかせるとは、君は何者なんだ」

 ジョオが腕を組んで、ドアに寄りかかっている。それから、ジョオは何かペラペラっと話した。

 パットが伸び上がって答える。

 ジョオがさらに話すと、パットはかるやかに笑い声をたてて、洋一の膝に這い上がった。

 腕の中で丸くなったパットをもてあましながら、洋一は聞いてみた。

「今何て言ったんですか?」

「昔なじみの女の子に久しぶりに会ったから、よりを戻そうと思って誘いをかけてみた」

「え?」

「もう、新しい恋人が出来たそうだ。ふられた」

「……そうですか」

 あくまで真面目な顔で言うジョオに、洋一はため息をつく。

 見れば、ジョオの髪はかなり白くなっているし、顔にも皺がある。どうみてもソクハキリどころか洋一の父親より年上である。

 真面目な顔をしてそんなことを言われると、反論する元気も沸いてこない。

 だが、洋一には確かめておかなければならないことがあった。

「あの、メリッサとはさっき会ったんですが、他に2人いるはずなんですが」

「ああ、みんなキッチンだろう。しかしまあ、凄腕だなヨーイチは。まだフライマン共和国に来て2週間と聞いた。こんな短時間に、あれだけのキレイドコロを集めてみせるとは」

「違うんですよ」

 抗議しながら、洋一はがっくりとうなだれた。この状態で何を言っても説得力皆無である。

 そんな洋一にかまわず、ジョオはあくまで真面目な顔つきのまま続けた。

「メルたちが、今メシをつくってくれてる。大助かりだ。今日もひとり寂しく自炊と思っていた。久しぶりにメルの手料理が食える」

「そうですね。僕もメリッサのご飯ほどうまいメシを食ったのは初めてでした」

 何気なく相づちを打った洋一だったが、急に首を締められた。パットが凄い目で睨んでいる。メリッサという言葉に反応したのである。

 もはや洋一と日本語で意志を通じ合おうという努力を放棄したパットだったが、洋一の発言を無視しているわけではないらしい。

 じゃれつきながらも、絶えず洋一の言動に注意していて、特に「メリッサ」という単語に過激に反応するようになっている。

 思えば、パットが日本語を話せたら、こうまでくっつくようにはならなかったかもしれない。言葉で意志を伝えられない以上、パットとしてはボディランゲージに急速に傾倒して行かざるを得なかったのだろう。

 その時、反対側のドアからシャナが顔を出した。

 ジョオにペラペラと話す。

 ジョオは頷いて、洋一に言った。

「食器を並べるのに、ジョオが必要だそうだ」

「あ、俺も手伝います」

「いや。かえって邪魔になる。メシが出来たら呼ぶから待っていてくれ」

 ジョオはそれだけ言って去った。

 シャナもついて行ってしまい、洋一はパットにしがみつかれたまま取り残された。

 パットは、洋一の膝の上で再び丸くなっていた。ますます猫に似てきている。猫なら爪を立てるところが、洋一の腕をしっかりと抱え込んでいて、洋一はかなり不自然な姿勢を強いられていた。

 結構重いのだ。しかも膝の上という不安定な位置に無理にはさまっているため、パットは身体をエビのように曲げていた。

 洋一は、いつの間にかパットを抱きかかえる格好になっていた。ソファーによりかかったまま、両手をパットの胴体に回す。これは、かなり危うい姿勢である。

 パットの方は、まったく気にしていない。ますます身体を洋一に預けて、気持ちよさそうに目を閉じていた。

 洋一の方は、それどころではない。

 姿勢はともかく、左腕がもろにパットの胸の間に挟まっているのである。パットが、行動や顔の幼さに似合わず、それなりのバストを所持していることは、不本意ながらしっかりと確認してしまっている。

 ロリコンの気はないと思っていた洋一だったが、ここまで条件が揃うとそれも怪しくなってくる。むしろ、こうまでされてまだ理性を保っている方が不思議なくらいだ。

 メリッサに見つかったら、また一悶着起こるに違いない。というより、メリッサに完全に誤解されてしまうのがつらい。せっかく、メリッサの方から折れてくれて、また親しく話せるかと期待がもてたのに。

 だがパットはこの状態が気に入っているらしく、ちょっとやそっとでは動きそうにもなかった。

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