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第60章

 メリッサは、最後にもう一度アマンダを睨みつけると、洋一を強引に立ち上がらせて引きずった。

 洋一に逆らえるわけがない。

 2人が出ていっても、アマンダとソクハキリは追ってこなかった。ちらっと疑問が洋一の頭をかすめたが、それよりメリッサのことが気になる。

 またもや、迷路のような狭い道を通って機関室らしい場所に出る。ふと気づくと、サラがついてきていた。

 メリッサにも意外だったようだ。サラを見る目がなぜか険しい。

「サラさん? どうしてついてくるんですか」

「私も、帰る。どうせならメリッサのボートに途中まで乗せてもらおうと思って」

 顔色ひとつ変えずに返すサラに、メリッサは押されたのか小さく頷くと、あいかわらず洋一の手を引いて進み始めた。どうも、手を離すのを忘れているらしい。

 振りほどくわけにもいかず、洋一は大人しく従った。サラも黙ってついてくる。しかし、ほんのかすかに口唇の端が上がっていた。

 狭い通路を通り、階段を上がる。甲板に出る前に、メリッサはさすがに気がついてさりげなく手を解いた。

 洋一はほっとした。柔らかなメリッサの手を離すのは残念でなくはなかったが、このままお手々つないで甲板に出たりしたら何が起こるか判らない。

 甲板に出た途端に、誰かが飛びついてきた。

「ヨーイチ!」

「パットか」

 もう慣れたもので、洋一は余裕をもってパットの身体を受け止めた。勢いあまって半回転する。

 パットは洋一の胸に顔をうめた後、幸せそうに洋一の腕にしがみついた。

 パットの顔は穏やかだった。食事船に来るまでの怒りの感情は、どこかにいってしまっているようだ。

 ひとしきり顔を洋一の腕にこすりつけてから、パットはようやく落ち着いてあたりを見た。

 メリッサが腕を組んで、こちらを見ているのに気がつくと、顔がこわばる。しかも、その隣に立ってこちらを見ているサラを見つけると、パットの大きな瞳が危険な光をおびた。

 洋一の腕を力いっぱい抱えながら、ペラペラっと話す。サラが冷静に返すと、パットはふんっという風にそっぽを向いた。完全に敵視している。理屈より、本能的に気にくわないのだろう。

 そのとき、シャナがパットの後ろから現れた。軽く手を上げて挨拶する。

 サラが同じように返した。まあ、知り合いなのだから当然ではある。

 明るいところで並んで立っている2人を見ると、妙に似ている。顔かたちはあまり共通点がないのだが、雰囲気がそっくりなのだ。

 だが、サラはカハノク族だし、シャナはカハ族のはずなのだが。

 洋一の視線に気がついたのか、サラが近づいてきて、小さく言った。

「又従姉妹。あまり会ったことなかったけど」

「そうか」

 似ているわけだった。

「でも、シャナちゃんはカハ族だろ?」

「別に部族間で結婚が禁止されているわけではないの。私の父は日本人と結婚したわけだし。そのへんはリベラルなんだけど……確かに、こういうことがあるとアイデンティティが保ちにくくなるわね」

 サラは肩をすぼめてみせた。

 サラが、あまりカハ族とかカハノク族とかにこだわらないのは、そういう環境に育ったからだろう。

 もっとも、だからこそスパイもどきの動きをする羽目になっているのだが。

 サラの父はカハノク族の有力者の血縁だそうだが、ソクハキリと親しいところをみると、案外両部族の上の方ではそういうつながりがあるのかもしれない。

 腕にしがみついているパットがサラを睨みつけているので、洋一はさりげなくサラから離れた。ここで騒ぎを起こされたらやっかいなことになる。

 その間に、メリッサは艦橋に入って何事か交渉していたようだ。すぐに出てくると、洋一に言った。

「ボートがありました。すぐ行きましょう」

「あ……ああ。でも、俺の荷物がまだ指揮船にあるけど」

「途中で寄ります」

 有無を言わせぬメリッサの口調に、パットすら文句を言わなかった。

 メリッサの先導で、一行はぞろぞろと船尾へ向かった。先頭にメリッサ、次に洋一がいて、その腕にはパットがしがみついている。

その後ろにはサラとシャナが並んで、何事か話しながらついてきていた。

 目立つことこのうえない。すでに、甲板にいる連中の注目の的になっている。

 洋一はひたすら頭を下げて、極力目立たないように祈っていた。だが、無駄な努力だろう。すぐに洋一に関する新しい噂が、カハ祭り船団全体を走り回るに違いない。

 これだけの綺麗どころを集めて、目立たないわけがないのである。特に、先頭をゆくメリッサには回り中から視線が集まっている。

 メリッサ自身は、まだ怒りに燃えているのか、あたりを圧する威厳を漂わせていて、その進むところみんなが避けて行く。

 しかし、と洋一は思った。

 確かに目立っているが、それは集団としてであって、個々の注目度はむしろ低くなっているのではないだろうか。

 メリッサは例外だろうが、それ以外の人については、森に隠れた木のような効果があるかもしれない。

 サラが強引に同行してきたのは、そのことを考えたからだろうか?

 後ろをさりげなく振り返ってみると、サラはシャナと夢中で話していて、謀略めいたことにかかわっていることは微塵も感じさせない。

 ただし、この2人については外面的には「無邪気」には見えなかった。

 2人とも冷静さが売り物なので、2人が話していても、一見したところ物理学の最新理論についての検討をやっているようにしか見えないのである。

 とは言え2人とも若い女の子だった。シャナは幼いとも言えそうな外見ではあるが、その落ち着いた物腰との対比でアンバランスな魅力がある。

 サラも、すれ違えば半分以上の男を振り返らせるだろう。

 1人だけでもそれなりに魅力的だが、2人を並べてみると、印象が似ていることもあって「華」があるのだ。

 つまりは、目立つということだ。だが、今は違う。

 確かにサラは客観的にも美人といってもいいが、メリッサのそばにいれば、どうしてもその印象は薄れる。

 例えば、今サラが一人で甲板を歩いていれば、それなりの注目を集めるだろう。が、メリッサが先頭で輝いている今の状況では、回りの連中にはほとんどサラの印象は残らないに違いない。

 そして、カハ祭り船団の中核とも言える食事船上では、カハノク族のサラにとってはそれは何より重要なことなのかもしれないのだ。

「ヨーイチ!」

 突然、パットが叫んだ。

 ぐいと腕を引かれて、バランスを崩したまま引きずられる。サラを見ていたことが逆鱗に触れたらしい。

「わかったわかった」

「コッチ!」

 パットに目をやると、不機嫌そうな顔が見返してきた。大きな瞳を細めて、つんと鼻が上を向いている。

 短い金髪が少し日に焼けた頬にかかってきらきらと輝いている様子は、まるで天使のようだ。

 怒っていても、やはりパットはかわいい。

「はいはい」

 洋一は素直に従った。

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