第59章
洋一はともすればぼんやりしてくる頭を振って、何とかアマンダの言葉に集中しようとした。
タカルルが運命で、そのタカルルがカハ祭り船団に参加している、とする。そんな馬鹿なとかは思わないで、ココ島人の立場で考える。特に、カハノク族の立場で。
「そうか」
洋一はやっと頷いた。
「なるほど、かなりやばいですね」
「そうよ。それに、タカルルはヨーイチくん、あなただと思われているのよ」
洋一は、ひきつった笑いを見せた。だが、その場にいる全員に黙殺される。
「でも、どうして?」
メリッサが言った。
「ヨーイチさんは日本人だし、お祭りでタカルルの衣装をつけたくらいで、そんな……」
「噂は、俺も聞いた」
不意に、ソクハキリが腕を解いた。そのまま乗り出すように、洋一に目を据えたまま話す。
「あれだろう。漂光をヨーイチが集めてみせたという」
「それもひとつね」
アマンダが頷いた。
「噂だから、どこまで本当だかわからないんだけど、ヨーイチくんは船全体が輝くくらい漂光を集めてみせて、しかも自由に操ったことになっているわ」
そこで、疑わしそうな目つきで洋一を見る。
「周りにいた下々の者も、お裾分けに預かったそうよ。その全員が、たまたまヨーイチくんの寵愛を受けていた女の子たちだったそうだけど」
「冗談じゃない」
洋一はひきつった笑いで応えた。
「どうすればそんな話になるんですか。全然覚えがないです」
「でも、客観的にみれば、漂光がヨーイチくんの回りに集まったことも、ヨーイチくんの回りには漂光の他に女の子がたくさんいることも事実だし」
アマンダがしれっとして言う。
「今年の出発パーティーで漂光がよく出たのも、久しぶりにココ島にご帰還なされたタカルルを歓迎してのことだという噂もあるわ」
「それは」
不意にメリッサが言いかけて黙った。
全員がメリッサの方を見る。メリッサは少したじろいだようだったが、意を決してアマンダを睨みつけた。
「そんなの、みんな姉さんたちの陰謀じゃないの」
どういうこと?と首を傾げるアマンダに対して、メリッサは堅い表情で続けた。
「ヨーイチさんをタカルルに仕立て上げるつもりなんでしょう。何も知らないヨーイチさんを騙して連れてきて。ヨーイチさんが人がいいのにもつけ込んで」
「騙してない、とは言わないわよ」
アマンダが言い返した。
「でも嘘は言ってないし、ヨーイチくんも納得の上で……」
「ごまかさないで!わたしは、ヨーイチさんを巻き込んだことが許せないと言っているのよ。ひどいじゃない! 漂光まで利用して。何がタカルルよ。許せないわ」
メリッサは立ち上がっていた。両手を机について、乗り出さんばかりに身体を傾斜させている。
洋一は、あっけにとられてメリッサを見ていた。こんなに攻撃的なメリッサを見るのは初めてである。
感情的な娘だとは思っていたが、その反面どこか浮き世離れしているとも感じていたのだ。それが、こういう普通の怒り方も出来るとは。
それにしても、怒ったメリッサはひどく可愛らしかった。整いすぎて冷たいかんじすらする人形じみた美貌が、怒ることで生き生きとした人間的な表情を持つ。
だが、やはり怒るメリッサよりは笑うメリッサの方がいいな、などと洋一がぼんやりと考えていると、アマンダが考え深げに口を挟んだ。
「メル。あなた誤解してる」
「してないわ」
「あの、漂光のことでしょう」
メリッサは答えない。
「誓うわ。私も、ソクハキリも、一切係わっていない。あれは本当のことよ」
メリッサは、じっとアマンダを、そしてソクハキリを見つめた。ソクハキリが重々しく頷く。
メリッサは目を伏せた。そして、ストンと腰を降ろす。
それから、小さく口の中で呟いてから、日本語で言った。
「ごめんなさい」
アマンダは肩をすくめただけだった。
「で、どうするんだ?」
ソクハキリの重々しい声が響いた。
「このまま行くのか」
アマンダへの問いかけだった。どうやら、この場ではソクハキリが絶対的なリーダーではないらしい。
おそらく、カハ族全体の指導と決定はソクハキリの権限だが、カハ祭り船団の指揮については妹にまかせているようだ。
すると、アマンダは大変な責任を負っていることになる。「戦争」に行くのが本当なら、カハ祭り船団だけではなくカハ族の運命をも左右することになるのだ。
「とりあえずは」
アマンダの返事はそっけなかった。考える様子もなく、アマンダの中ではもう結論が出ているらしい。
「サラ、補給船を出すから、フライマンタウンに戻ってちょうだい。もうこっちには来ない方がいいわ。これまででも、十分すぎるくらい危険をおかしてくれたんだし」
「これからはもっと危険が増えると思います。わたしにも、やらなければならないことがあります」
日本領事館の庭にいたときと全く変わらない、冷静な口調だった。ひややかと言ってもいいくらいだ。
感情の起伏が少ないせいなのか、あるいは鋼鉄の自制心のたまものなのか、洋一には判らない。
「わかったわ。お父様によろしく伝えてちょうだいね」
「はい」
「それでは、と」
アマンダは、サラの件はそれで済んだというように、洋一の方を振り返った。
「ヨーイチくん、これからはふんどしを締めてかかってもらうわ。あなたは不本意でしょうけど、もうなりふりかまっていられなくなったの。タカルルを演ってもらうわよ」
「ちょっと待って下さい。タカルルを演るって、何をさせようっていうんですか」
「決まってるでしょ。旗振りよ」
洋一は絶句した。アマンダが、こうまでストレートに出てくるとは思ってもみなかったのである。
「何も難しいことをやらせようっていうんじゃないわ。今まで通りでいいのよ。パティとメルをつけるから、指揮船で楽しく遊んでくれていればいい。天国みたいでしょ?」
洋一は、あっけにとられてアマンダを見つめた。
何か違う。アマンダは、こんな言い方をする人ではなかったはずだ。
それほどまでに、追い込まれているということか?それに、なぜソクハキリは何も言わない?
だが、洋一より早く、メリッサが激発した。
「姉さん! 何言っているかわかってるの?!」
「メル。あなたは黙ってなさい」
「黙らないわ。ヨーイチさん、こんなところに連れてきてごめんなさい。さっさと引き上げましょう」
「引き上げるっていったって……」
「ボートでどこかの島まで行けば、あとはどうにでもなるわ。あとは誰かに送ってもらって……」
「メル。勝手は許さないわよ」
アマンダはあいかわらず冷静だ。ソクハキリは何も言わない。