第57章
「良くできました……と言いたいところだが、それでは半分しか当たってない」
ソクハキリが表情を変えずに答えた。
「俺が言っただろう? 日本とアメリカが艦隊を揃えたのはなぜか、ということだ。相手の艦隊が目に見えるところにあったからだ。
日本はまさにそうだった。ハワイにアメリカの太平洋艦隊がいるんだからな。当時の日本の国力からは不釣り合いな程の戦力を揃えざるを得なかった。アメリカの場合は少し違うが、威嚇のためにせよ、やはり戦力を用意するしかなかったわけだ。
そして、人間っていうのは何かの準備をすると、どうしても使いたくなるもんだ。
そこでだ。今現在、カハ族は大いに意気が上がっている。カハを使ったお菓子の開発に成功したし、毎年カハ祭りは盛んになる。根拠地で御輿を担ぐだけならまだしも、海のカハ祭りと称して大船団を組んでフライマン諸島を回ることまでやっている。
これをカハノク族から見たらどうだ?ほっておけば、どんどん自分たちに不利になってくる。急進派がちょっと襲撃してみたが、いくらか被害は与えたものの、カハ船団は何ごともなかったように進んでくる。
しかも、今年のカハ祭り船団はいつになく大規模だ。この、食事船などという母船もついているしな。気の早い奴は、いよいよカハ族の侵攻が始まったと言い立てているかもしれん。そこからちょっと進めば、カハ族の『侵略』が始まった、となる」
「まさか、そんな」
「信じられないか?そうだろうな。日本は平和だしな。
実を言うと、ココ島でも同じだ。まだ大抵の奴はそんなに深刻には考えていない。というか、関心がないというのが本当のところだ。自分に直接かかわってこない限りは、人間というのはそう簡単には動かないものだからな。実際に村が襲われたとかいうこともないし、そういう意味では平和ではある。
だが、危ないところまできていることも事実なんだ。ここで……本当に、どっちかの急進派が組織的に相手を襲って、死者でも出たひには、一挙に内乱まで進んじまうかもしれんのだ」
「というと、カハ族側でもそういう動きがあるんですか?」
ソクハキリはため息をつくように言った。
「もちろんだ。俺が何のために好きな大相撲の衛星中継を見るのを諦めてまで、こんなところでこんなことをやっていると思っているんだ?
むしろ、今回はカハ族側の過激派の動きの方が激しい。工場を焼かれたり、色々嫌がらせをされているからな。そいつらを押さえるために、カハ祭り船団を動かしたと言った方がいいくらいだ」
「すると、この船団は……」
「ほう、判るか。そうだ。この船団には、カハ族の中でも血の気の多い連中を集めてある。結構詭弁をふるったよ。これでも、俺は急進派にとってもリーダー格だからな。
だから、連中の大半は、この船団は『艦隊』だと信じている。つまり、海のカハ祭りというのは表向きで、カハノク族の拠点を奇襲攻撃するための精鋭部隊だとな。真珠湾攻撃に向かっているというわけだ。だから、ゲリラ攻撃されてもとりあえずじっと我慢している」
ソクハキリはギロッと目を光らせた。
「言うまでもないが、これはここだけの話だからな。漏らしたら、マジで命の保証はないぞ」
「判ってます」
洋一はぼそっと答えた。もう、何も言う気力もなくなっている。
事態は洋一が考えていたような甘いものではなかった。ソクハキリがマジで、というのなら、本当にマジで命の危険があるのだろう。
血の気が多く、これから真珠湾、というかカハ族にとってのそういう場所を攻撃に向かうつもりでいる連中に囲まれて、しかもメリッサやパットに手を出すという、そういう連中を刺激することばかりやっている洋一の立場はとてつもなく危うい。
「それで、ホントにやるんですか?」
目の前にいつの間にか置かれていたぬるいお茶を一気に飲み干した洋一は、やっと気を取り直して訊ねた。
さっきから聞いていると、ソクハクリ自身は真珠湾攻撃に反対という言い方だったからである。
指揮官が必ずしも作戦目的に賛成していないことはよくある話で、ソクハキリも仕方なしに出撃してきている公算が高い。
しかも、戦争に行くのに、アマンダはともかくとして、メリッサとパットを同行させているというのはどう考えても解せない。パットは密航だったらしいが、それにしたって密航がばれた時点で船団から降ろすなりアグアココに送り返すなり、どうとでも出来たはずだ。
だから、洋一としてはソクハキリの「戦争に行く」というセリフがはったりではないかと思ったのだが。
「やる」
ソクハキリの返事はそっけなかった。
「もうここまできているんだ。俺が今更やめると言ったって、通用せん。最悪、船団が分裂して過激派が勝手にカハノク族の村を襲う可能性もある。そうなったらフライマン共和国自体の危機だぞ。ひょっとしたら国が潰れるかもしれん」
「事態は深刻なのよ」
アマンダも口をはさんだ。
「今でも暴走しそうになっている連中をなだめるのでせいいっぱいなの。これから決戦に行くということで、何とか押さえているのよ」
アマンダは言葉を切った。
何かわだかまりがあるようだった。ソクハキリも、意外そうにアマンダを見る。
「何かあるのか?」
「ちょっと……予想外のことがね。ヨーイチくん、あなたに関することなんだけど」
「え? 僕ですか?」
「どうも、私たちがやりすぎたというか、話が勝手にひとり歩きしたというか……。多分、私の失策なんだろうけど、どうしたらいいのか」
「何なんだ、おい」
ソクハキリが膝を叩く。
「さっきはそんな話は出なかったじゃないか」
「内々に処理したかったのよ。ヨーイチくんの考えも確認しておきたかったしね。後でヨーイチくんに会いに行こうと思っていたから、ちょうど良かったわ」
アマンダは、ちらとサラを見た。
「その前に、紹介しておくわ。といっても、とっくに知っていると思うけれど、こちらは日本領事館でタイピストをしているサラ。今回の件では私たちの重要な協力者」
「よろしく、ヨーイチ」
サラは、あいかわらずクールに言って手を差し出した。なんだか他人行儀である。
「あ、よろしく」
洋一は、へどもどしながら手を握り返す。
考えて見れば、サラと握手したのはこれが最初である。日本領事館の中庭で昼飯のサンドイッチを分け合ったときには、想像もしなかった再会だった。