第56章
やはり、ソクハキリがうしろで糸を引いていたのだ。だが、そうするとパットもグルなのか?
洋一の顔色が変わったのを素早く察したのか、ソクハキリはあわてて手を振った。
「まてまて。パットは何も知っちゃいねえよ。あいつを巻き込みたくなかったんだが、ヨーイチをやたら気に入っちまったみてえでな。どうしてもついて行くってきかねぇんで、それじゃとばかり利用させて貰ったまでだ」
ソクハキリは、そこまで言うと渋い顔で目の間の茶を啜った。今まで気がつかなかったが、テープルにはちゃんとお茶の用意がしてあった。ソクハキリのそれは、ビールのジョッキほどはあろうという巨大な湯飲み茶碗である。どうやら、中身は日本茶らしい。
「本来は、パットのラライスリはアグアココの祭りで出るはずだったんだけどな……。
船団が出航してからあわてて衣装を取り寄せるやら、お前さんのタカルルの服をでっちあげるやら、大忙しよ」
そこで、ソクハキリはニヤッと笑った。
「ホントなら、あのステージのヨーイチの相手役は、そこのメルだったんだけどな。メルも、割と乗り気だったんだぜ?」
「ほ、ほんとですか!」
思わず声がうわずってしまった。すぐに気がついて、恐る恐るメリッサの方を見る。
メリッサは、全然気にしていないようだった。それどころか、少しいらついているように見えた。
やはり、洋一なんかの相手役は御免なのかと思ったが、違うらしい。メリッサが怒ったように言った。
「兄さん! そんなことより、ヨーイチさんにちゃんと話さなくちゃ」
「判った判った」
ソクハキリは、少し辟易していた。さすがの巨漢も美しい妹には弱いらしい。それとも上出来のジョークだと思った自分の言葉が妹に通じなかったためかもしれない。
「ヨーイチ、それでは話そう。我々が何をしようとしているのかを、な」
「はあ」
「戦争だよ」
「は?」
「戦・争・だ。判るか? THE WARだよ。いや外国と戦るわけじゃないからCIVIL WAR、内戦か」
洋一は、まじまじとソクハキリを見つめた。自分の聞いた言葉が信じられなかった。何かの間違いか、ジョークに違いないと思う。
だが、ソクハキリは肩もすくめなければ、笑いだしもしなかった。
「戦争、いや内戦ですか」
洋一がぼんやりと繰り返すと、ソクハキリは真面目な顔で頷いた。
それ以上は何も言わない。洋一は救いを求めてみんなの顔を見回したが、アマンダは当然のこととして、メリッサもサラも堅い顔のまま見返すだけだ。
「誰と……どこと戦争するんです」
言ってから気がついた。
ここはカハ祭り船団だ。そしてソクハキリはカハ族の重鎮である。そのソクハキリが戦争をやる以上、相手はカハノク族しかない。
「しかし」
「もう、決まっていることだ。今更止められはせん。それにな、こっちが止めても向こうが引っ込むとは限らんのだ。戦争とはそういうものだ」
ソクハキリは、鬼瓦のような顔で洋一をまともに見た。
「ヨーイチも、見ただろう? もう既に、船団に被害が出てる。今のところはゲリラ的な嫌がらせで済んでいるが、それでも挑発なんてもんじゃない。火炎ビンを投げ込まれた船の身にもなってみろ。戦争だよ」
「…………」
「カハ祭り船団で済んでいるうちはいい。ここに来ている者は、みんなそれなりに覚悟が出来ている。だが、これが無防備な村とかに飛び火してみろ。焼き討ちされて、女子供が為すすべもなく巻き込まれるんだ」
「ですが、戦争をやるとしたら、どちみちそうなるんじゃないですか。相手の、カハノク族の村を焼き討ちしたりするんでしょう」
「そうはさせんよ」
ソクハキリは、腕を組んで反り返った。
「そうしないために、カハ祭り船団がここに来ている。旧日本帝国海軍の艦隊決戦計画というのを知っているか」
いきなり話が飛ぶ。
「いえ。なんですか、それ」
「知らないか。まあ、そうだろうな。マニアじゃないようだし。
第2次大戦前、日本帝国海軍ではいずれアメリカと戦争になるだろうと思っていた。だから、戦艦や空母を何隻も建造した。アメリカの方でも、やはりいずれ日本と戦争になると思って、軍艦を造ってハワイとかに配備した。ここまではわかるな?」
「はあ、でもそれとカハ祭りと何の関係が」
「まあ聞け。日本がなぜ艦隊を造ったかを考えてみると、対立関係にあった太平洋の向こうのライバル、つまりアメリカが戦争の用意をしていたからだ。もっと直接的に言えば、戦艦を造ってハワイに配備しているのが判ったからだ。
同じ事はアメリカにも言える。日本が軍艦を造っているのは、いずれアメリカと戦うつもりだからに違いないと思った。だから、威嚇のためにハワイに艦隊を配備せざるを得なかった。わかるな?」
「……はあ」
洋一がぼんやりと応えた。一体ソクハキリが何を言いたいのか、まだ判らない。
ソクハキリは表情を変えずに続ける。
「で、結局日本が真珠湾を攻撃して戦争が始まったわけだが、それまでにも色々と双方の挑発行為があった。これは歴史をみれば明らかだ。つまり、戦争というのは突然始まるものではなくて、それなりの手順というものがあるわけだ。まず意志があって、準備をして、開戦のきっかけを作って、始まる」
「……つまり、これまでカハ族とカハノク族が戦争の準備をしてきた、と」
「そうだ。双方の力はほぼ互角。憎みあっているとまでいかないが、お互い煙たく思っている。そして、一部の急進派が互いに挑発行為を繰り返している。準備は整っているんだ。現に、最近カハ族の多い村からカハノク族が引っ越すといった現象が多発している。逆もまた真だ。ヤバいだろ」
「しかし、それだけでは……」
「そこにもってきて、例のリゾートホテルの話だ。しかも、カハ族側がカハを使った画期的なお菓子の開発に成功してしまった。
まあ、この程度のことでは実際にはそう勢力に差が出来るということはないが、一部の急進派には絶好の口実を与えることになるんだよ。現に、工場が燃やされたり、色々な事件が起きている。このままほっておけば、エスカレートするばかりだろう。幸い、今のところ人死には出ていないが、な」
「そうか」
洋一は呟いた。
「カハ祭り船団は、囮なんですね。一般市民の方に被害が及ばないように、カハノク族の急進派の目をこっちに引きつけるつもりなんだ」