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第55章

 洋一は、とりあえず歩き始めた。メリッサも黙ってついてくる。

 人の気配はあまりないが、機関は生きているらしく、どこからともなく低い振動音が聞こえてくる。しかも、それは進んで行くにつれて大きくなってきていた。機関室に近づいているのだろう。

 廊下をおよそ20メートルも進んだだろうか。その間には両側にいくつかドアがあったが、いずれも鍵がかかっていて開かなかった。

 なんだか、安手のロールプレイングゲームでもやっているかのようだ。洋一はああいうゲームが嫌いでほとんどやったことがなかったが、一般的な知識としてダンジョンに挑む勇者といった程度は知っている。

 洋一自身は勇者とか主人公という柄ではないが、パートナーとして傍らを歩むメリッサはまさにヒロインに相応しい美女で、それどころかカハ族の「姫」と言えないこともないから、この手の話にはピッタリである。

 突き当たりも、ドアだった。しかもただのドアではなく、水圧ハッチのような回転式のバーのついた重厚なつくりになっている。

 洋一は途方にくれてドアを眺めた。パットたちがここに入っていったとは思えない。

どうやら道を間違えたらしい。

 だが、メリッサはそうは思わなかったようだ。洋一の脇を抜けてドアにとりつくと、バーを握って力を込めた。

 一瞬、メリッサの肩が硬直したかと思うと、バーはゆっくりと回り始める。

 この美女が、ほっそりした体型やしなやかな動きに似合わぬなかなかの力持ちだということはわかっていたが、それでも黙って見ているわけにもいかない。洋一は、あわててメリッサを手伝ってバーを回した。

 バーは、90度ほど回転したところで止まった。そのまま引くと、ドアというよりハッチと言いたいような扉が重々しくこちら側に開いてくる。

 向こう側からは、ムッとする熱気が押し寄せてきた。と同時に、重々しい規則的な振動音も高まる。

「機関室みたいだな」

 洋一は、ドアの前でためらった。どう考えても、この中にパットたちがいるはずはないし、部外者が入り込んでいい場所には思えない。

 ところが、メリッサは堅い表情のまま、スルリと入り込んだ。そのまま進んで行く。

 洋一は仕方なく後を追った。

 どうやら、メリッサには何かもくろみがあるらしい。

 部屋は天井が高く、大小無数のパイプがからまりあって伸びている。空気は湿っていて重い。床も振動していて、動力装置が稼働しているのがわかる。

 メリッサは装置の間の狭い隙間を器用にすり抜けて行く。時々洋一の方を振り返るが、表情がこわばっていた。

 洋一は覚悟を決めた。メリッサは、何かを伝えようとしているのだ。

「ヨーイチさん」

 メリッサがこちらを向いて正対した。張り詰めた表情で、しかしきっぱりと言う。

「私はあなたの味方です。無条件で信じてくれとはいいません。けれど、私があなたの味方だということは覚えていて下さい」

「……判った」

 メリッサがニコリとした。

 向きを変えて機械の隙間をすり抜ける。その向こう側で、数人の声がした。メリッサが入ってきたことに驚いているらしい。

 洋一は覚悟を決めて踏み込んだ。

「……ヨーイチくん!」

 アマンダが言った。そのすぐそばには、サラがいる。そして、狭いテーブルの向こう側には数人の男女に囲まれたソクハキリが、腕を組んで座っていた。

「ヨーイチさんを連れてきました」

 メリッサが平板な声で言う。

「もう、これ以上ヨーイチさんに隠していても仕方がないと思ったから」

「メルったら」

 アマンダが、ため息まじりに何か話そうとするのを遮って、ソクハキリの重低音が響いた。

「ヨーイチ。まあ、こっちに来て座れ」

「はあ」

 すぐに折り畳み椅子が持ち出され、サラの隣に用意された。サラは、身体をずらしながら小声で「ハーイ」と少し笑って見せた。

 ソクハキリが何か合図をしたらしい。回りに立っていた男女が無言のまま出ていった。ソクハキリの前だからなのか、全員無表情で、洋一を無視している。

 残ったのは、ソクハキリと2人の妹、それにサラだけだった。

 メリッサが洋一を挟んでサラと反対側に座り、一方アマンダはソクハキリの副官よろしく脇にひかえている。期せずして、ソクハキリとアマンダ対洋一と2人の美少女という形ができあがる。

「さあて、どこから話そうか?」

 ソクハキリがのんびりと言う。アマンダも他の2人も沈黙したままである。

 洋一は仕方なく言った。ここにいるのは全員が日本語に堪能なので、その点だけは気が楽だ。

「とりあえず、このカハ祭り船団の本当の目的が知りたいんです。それから、僕の役割と」

「本当の目的か」

 ソクハキリは、ニヤリと笑った。

「そいつを聞いたら、もう戻れないぜ。嫌でも最後までつき合ってもらわなきゃならなくなる。それでもいいか」

 ソクハキリがあの顔でこういう脅しを言うと、実に絵になる。ドスの効いた声、不気味に機関の振動音が響き続ける薄暗い部屋、そばに控えるアマンダの冷たい美貌までが、まるで活劇スパイ映画に出てくる悪の首領との対面場面そのものだ。

 洋一は思わず怯んだ。

 カッコつけて言ってみたものの、洋一としては特に「引き返せない」ような事態に自分から踏み込みたいと熱望しているわけでもないのだ。

 ここまで来たのだって、その場の勢いとパットやメリッサに引きずられてといった方が近い。

 自分ひとりだったら、「それじゃいいです」と呟いて退場したことだろう。だが、両脇に美少女を揃えておいて、そんなことを言えるほど洋一は腹が座ってはいない。

「……よくはないですが、しょうがないでしょう。それに、どうせ巻き込まれているんなら、訳もわからず右往左往するよりは知っておいた方がいいと思ってます」

 洋一としては、考え抜いた末の発言である。格好よすぎる部分は、多分に周囲の美女たちを意識した虚勢だった。

 ところが、ソクキハリはその顔に似つかぬ反応を示した。小さく吹き出したのである。

「まあ、その覚悟がありゃあ……といっても、どこまで本気だかは知れたもんじゃないけど、まあ大丈夫だろう」

 それから、ソクハキリはいたずらっぽい笑顔でちょっと身を乗り出した。

「実は、どっちにしてもそろそろヨーイチにも知らせようと思っていたところだ。これからの芝居は、主役に大活躍してもらわにゃならん。これまでみたいに黒子が走り回っているだけじゃすまんようになってきたんでな」

「主役って、僕ですか?」

「おお、まだ気がついてなかったのか? タカルルを演らせてやっただろうが。あれをやりたがっていた奴は五万といたんだぜ」

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