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第53章

 幸い、パットは甲板で待っていてくれた。

「ドコイク?」

「アマンダさんがいないかどうか聞いてくれ」

 パットは頷いて、歩きはじめた。勝手知ったる食事船らしい。

 まっすぐ艦橋に入って狭い階段を昇る。2階分登って、かなり広い部屋に入ると、そこにいた男に話しかける。

 男は、愛想良くパットに応えた。パットの微笑みは、万能の通行手形である。

「アマンダ、イナイ」

「そうか」

 予想はしていた。おそらく、カハ祭り船団を出航させるべく大車輪で動き回っているのだろう。

 さて、どうするか。

 洋一が知っているカハ族の重要人物と言えば、アマンダだけである。メリッサもある意味では重要人物と言えるが、それはパットと同じく象徴的な意味でのそれであって、今のような事態の打開にはつながらないだろう。

 カハ祭り船団には、当然指揮官格の人が何人もいるだろうが、洋一はいわば隔離されていたこともあって、まったく面識がない。それに、たとえ会っても言葉が通じない。アマンダもメリッサも日本語がペラペラだったが、カハ族全体がそうであるはずはない。

通訳してもらおうにも、パットとの意志疎通すら苦労している状態では、どうにもならないだろう。

 とりあえず、船の中を回ってみることにする。

 洋一はパットを従えて甲板に戻った。そこで、問題の一部はあっさりと解決してしまった。

「ヨーイチさん。おはようございます」

「シャナちゃん!」

 シャナは、いつものように落ち着いた表情で応じた。両手に抱えた洗濯物らしき布の山から、わずかに顔がのぞいている。

「何してるんだ?」

「洗濯のお手伝いです」

 馬鹿な質問だった。

「それでは、まだ途中ですので」

 シャナは、よいしょとばかりに洗濯物を抱え直すと、スタスタと歩き出す。洋一はあわてて言った。

「洗濯、手伝うよ。誰に言えばいいんだ?」

 思わず出た言葉である。勤勉に働いているシャナに比べて、遊び回っている自分を恥じた行動だったが、冷静に考えるとここはこっそり退散するべきだった。

 もっとも、ここでシャナに会ったのは僥倖である。うっかり忘れていたが、洋一のそばにはメリッサ以外にもこのシャナがいるのだ。数カ国語に通じるシャナは、見逃すにはあまりにも貴重な人材だった。

 あいかわらず、シャナは動じなかった。

「こちらです」

 洋一は洗濯物を抱えたままのシャナについていった。

 シャナは艦橋を抜けて、後部甲板を突っ切る。船尾に近い所は、一大物干し場だった。

 どうやら、食事船の洗濯物を全部ここで乾かしているらしい。1メートルおきくらいに、船幅いっぱいにロープが張られている。

 色とりどりの洗濯物が、いっせいに風になびいているさまは、なかなか壮観だった。

 この場を指揮しているのは、ひとりの女性らしかった。男はひとりもいないが、他にも数人の少女がいて、洗濯物らしい布の塊と格闘している。

 シャナは洗濯物の集積所に抱えてきた布を置いて、その女性に話しに行った。

 洋一はパットともに、大人しく待っていた。パットは逃げたそうな顔をしているが、洋一と離れたくないので仕方なく従っているらしい。

 ややあって、その女性が近づいてきた。

 洋一の前で足を止めて、しげしげと眺める。 典型的なフライマン共和国人、つまりココ島の原住民に近い顔つきだった。小麦色の肌に彫りの深い細面の顔立ちで、なかなかの美女である。シャナが成長したら、こんな姿になるのかもしれない。

 年齢はよくわからなかった。20代にしては落ち着きがありすぎる。酸いも甘いも噛み分けた40代の態度に見えたが、肌が綺麗なので、洋一は30代前半だろうと踏んだ。

 ただ、落ち着きについてはシャナという身近な例があるので、あまり参考にはならない。

 その女性は、しばらく洋一とパットを見ていたが、やがて肩をすくめてシャナに何か言った。そのまま後ろを向いて、去ってゆく。

「シャナ、あの人何て言ったんだ?」

 シャナは、真面目くさった顔で洋一を見て、それから驚いたことに少し笑みをもらした。「今、人手は足りているから、お客さんやお嬢様に手伝っていただく仕事はないそうです」

「お客さんか」

 早い話が、断られたのである。

 パットもそっぽを向いている。あの女性の言ったことは当然聞こえたはずだ。ひょっとしたら、お嬢様扱いされたことにむくれているのかもしれない。

 まだ笑みをたたえたまま、シャナが言った。

「それで、仕事も一段落したので、私もお役ごめんだそうです。ヨーイチさんが探しに来るくらい重要なことをしているのなら、もっと早く言って欲しかった、と言ってました」

「……そうか」

 あの女性が勝手に誤解したのか、それともシャナが巧みに誘導したのか、これでシャナはうまいこと洗濯の下働きから逃れたわけである。かわいい顔をして、シャナがなかなかの策士であることは判っていたが、洋一はあえて追求しないことにした。洗濯を手伝わないでいいのなら、それはそれで願ったりかなったりだ。

「それでは、支度してきますので、少しお待ち下さい」

 シャナは素早く姿を消した。

 洋一とパットは仕方なく後部甲板をうろつき回った。

 そういえば、今日のパットは大人しい。いつもはこの状況ならすぐにしがみついてくるのだが、今日はなんとなく距離を置いていて、あまり近寄ってこない。

 パットなりに何か考えているのかもしれない。食事船では、常に人目がある。今もよく見ると、甲板や艦橋のあちこちでさりげなくこちらを伺っている人影が目につく。

 遠慮があるのか、さすがに近寄ってくる者はいないが、食事船に現れた洋一とパットが注目の的であることは当然だ。

 さすがのパットも、ここでスキンシップを深めるわけにはいかないのだろう。無邪気なようにみえて、パットもそういう気配りが出来る少女なのだ。

 シャナはすぐに戻ってきた。用意してくると言っても、小さなバッグをひとつ持ってきただけだ。一晩食事船に泊まるにあたって、最小限の洗面具を持ってきていただけらしい。

シャナも島の娘なのだ。

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