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第51章

 それから何隻も船とすれ違っただろうか。数隻は沈みかけたり煙を上げたりしており、無事だったカハ祭り船が横付けして消火活動やけが人の救出を行っていた。

 洋一はがむしゃらに漕いだ。

 パットが歯をくいしばったまま、洋一に方向を指示する。すれ違う船には声をかけ、情報を収集しているようだった。

 パットが人気者なのか、あるいは別の原因があるのか、カハ祭り船団の船に乗っている男たちは、すれ違う洋一とパットに大声で叫びかけた。

 いずれもダミ声が多かったが、意味はわからないながらも好意がこもっているようで、何には拍手したり口笛を吹いたりする者もある。

 パットも、そのときは微笑んで手をふったり何か叫んだりしている。小さくても、アイドルとしての義務は心得ているようだ。だが、男達から見えないところでは、悔しさと怒りを表した表情を見せた。

 洋一には、心を許しているのだろう。カハ祭り船団が被った被害に心穏やかではいられないらしい。わかっていたことだが、パットは無邪気なだけの少女ではないのだ。

「ヨーイチ!」

 パットが言った。安堵の感情がこもっている。振り返ってみると、指揮船がさっき離れたときのまま、碇を入れて停泊していた。

 洋一もほっとしてため息をついた。この様子では、指揮船もやられているのではないかと半ば以上覚悟していたのである。

 指揮船だけあって目立つ上他の船より大きく、目標になりやすい。攻撃されたら、無人の指揮船はなすすべもなく沈没するしかない。

 乗り込んでわずか数日しかたっていないとはいえ、洋一はこの指揮船に我が家のような愛着を感じ始めていた。

 洋一は最後の数十メートルを力の限り漕いで、船腹にゴムボートを寄せた。すかさずパットがロープを投げ、あっという間に縄ばしごを引き寄せて、するすると登って姿を消す。

 洋一も後を追ったが、酷使された肩と腕が反抗する。やっとの思いでよじ登ってみると、そこにはアマンダが立っていた。

 パットは、アマンダの前でそっぽを向いている。しかめ面をしているところを見ると、意見の衝突があったらしい。

 シェリーが後ろの方で心配そうにしていた。

「おかえりなさい」

 アマンダの声は冷たかった。

「はあ。ただいま戻りました」

 間の抜けた返答に、アマンダはほーっとため息をついて肩を落とす。それから手を振り、洋一の方を見ないようにして言った。

「まあ……無事で良かったわ。お昼が来ているから、食べなさい」

「はあ」

 とりあえずは無罪放免らしい。

 洋一は、アマンダの機嫌がかわらないうちにと、パットを急がせて船室に逃げ込んだ。

 船室には、おなじみのバスケットが置かれていた。メリッサはいない。それに、洋一のメモもなくなっている。

 してみると、誰かがこのバスケットを運んできて、洋一のメモを見つけてアマンダに知らせたらしい。アマンダは、知らせを受けてとりもとりあえず飛んできたというところだろう。

 パットは、ぶっちょうずらのまま勝手にバスケットを開けて食事にかかっていた。

 洋一は疲労のあまりソファーに座り込んだ。手を上げるのすらおっくうだったが、パットが取り出したサンドイッチを見るといきなり猛烈に腹が減っていることに気がついた。

 生唾を飲み込みながら、目についたサンドイッチをつかみ、ほうばる。強烈に塩が効いたベーコンサンドだった。

 うまい。洋一の好みに完璧に合わせたとしか思えない味である。やはり、これもメリッサの手によるものなのかもしれない。

 パットが珍しくコーヒーをついでくれたので、洋一は香りを楽しみながら熱い液体を口に含んだ。まだ新しいのか、今日のコーヒーはうまかった。いつもはメリッサが持ってきたとしても、香りの大半が飛んでしまっていてインスタントコーヒーにしか思えないのだが。

 サンドイッチをひとつ平らげたことで、身体に力が戻ってきたようだ。それに伴って、腹もなぜかますます空腹の訴えを増しつつある。

 洋一はバスケットの探ってプラスチックパックを見つけた。いつもながらの新鮮なサラダだった。よくもまあ、船上で毎日これだけ新鮮な食材を供給できるものである。食事船には船上農園でもあるのかもしれない。

 洋一とパットがむさぼり食っていると、ドアが開いてアマンダが入ってきた。

「私は戻るわ。出発は多分明日の朝になると思うけれど、もう海水浴に行く暇はないものと思ってちょうだい」

 怒りはかなり解けているようだが、まだ口調によそよそしさがある。

「明日出発って……いいんですか? かなり、やられている船があったような」

「動けない船は置いてゆくわ。予定よりかなり遅れているし。こんなところでグズグズしている暇はないの」

 たんたんとした口調だったが、その奥に激しい感情が渦巻いているのがわかる。カハ祭り船団の指揮官として、あの襲撃に責任を感じているのだろう。本当ならこんなところで洋一の相手をしている暇などないはずの人なのだ。

 洋一がVIPだからこそ、アマンダがここにいる。しかも、襲撃があったときに洋一とパットが遊びに行っていたりしなければ、アマンダももっと別の重要な仕事をしていられたという負い目があって、洋一としてもおとなしくならざるを得ない。

 アマンダがそのまま出て行こうとしたので、洋一は思いついて言ってみた。

「昨日、シャナちゃんと一緒に、女の子がアマンダさんを訊ねてきたと思うんですが、あれからどうしました?」

 アマンダは、不思議そうに首をかしげた。

「何のこと? シャナちゃんなんか来なかったわよ」

「行かなかった? じゃあ、シャナちゃんはどこにいるんだろう?」

「さあ……食事船にいるかもしれないけれど。私は昨日からあちこち飛び回っていて、よく知らないの」

 アマンダはそう言ってから、食事船に戻ったら探してみる、と言い残して出ていった。もちろん、アマンダが自分で探すはずがない。誰か、シェリーあたりにあたらせるつもりだろう。

 しかし、確かメリッサは今朝、シャナを食事船で見たようなことを言っていなかったか?メリッサから話を聞いていたからこそ、洋一はシャナが指揮船にいないことを気にしていなかったのであるが。

 今の話だと、シャナとサラはアマンダには会わなかったことになる。すると、食事船で一体何をやっていたんだろう?

 それに、メリッサの話もおかしい。カハノク族とは、手打ちが近いと言ったはずだ。

しかしこれも、メリッサが誰かから聞いただけだと思えるだけで、どれだけ確実な話なのか判らない。

 考えてみれば、メリッサはアマンダやソクハキリの妹というだけで、カハ祭り船団の指揮にはかかわっていない。一般人よりは情報を得やすいだろうが、「手打ち」などというトップ・シークレットに直接かかわっているはずがないのだ。

 へたをすると、メリッサの話は単なる噂の又聞きでしかない可能性もある。その噂も、誰かの願望から生まれた実体のないものではないとは言えまい。

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