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第49章

 いや、船団の食事の質的低下などはどうでもいい。問題は、メリッサが毎日出前している姿がカハ祭り船団全体に見え見えだということだ。メリッサ自身、特に隠そうという努力はしていないから、もう船団全体に広まっているに違いない。

 頭が痛かった。

 一体、どんな噂が飛び交っているのか、想像するだけで憂鬱になる。メリッサだけではなく、シェリーやシャナといった美女・美少女だけの船に、男は洋一ひとりだけ。

 監督するべきアマンダは食事船に行ったきり帰らず、指揮船の中で何が行われているのか誰も知らない。

 ましてや、例のイベントで洋一はパットとラブシーンを演じてしまっている。

 血の気の多い連中の間では、カハ祭りそのものより洋一の方に関心が向いているのではないだろうか?

 この頃食事船に呼ばれないのも、そういった感情についての配慮なのかもしれない。

「ヨーイチ!」

 元気いっぱいの声とともに、すらっとした身体が飛びついてきた。すでに慣れている洋一は、反射的に腹筋を引き締める。

 パットが真正面からぶつかってくるのを、両手で受け止める。すんなりした両腕が洋一のクビに回り、パットは歓声を上げて洋一にぶら下がった。

「パット。おはよう」

「オハヨウ!」

 パットはちゅっと音をたてて洋一の頬にキスした。ここまでおおっぴらに明るくやってくれるのなら、どうにか「兄とかわいい妹」のセンを守れそうだ。

 パットは一通り洋一とのスキンシップを繰り返した後、幸せそうに洋一に寄り添って座った。さりげなく、洋一の左腕に両手をからめている。

 メリッサが、パスケットを下げて甲板に上がってくる。洋一とパットの方を向いて、今朝最初に会ったときとは段違いの感情のこもらない声で言った。

「それじゃ、帰ります。お昼はまた来ますから」

「ああ……ごちそうさま」

「ゴチソウサマ!」

 パットが上機嫌で声をかぶせた。昨日ほどではないが、明らかに威嚇がこもっている。

 メリッサのことを、洋一を取り合うライバルだと認識しているらしい。何の打算もなくはっきりとした感情をぶつけるパットは、清涼感すらただよわせている。

 メリッサにもそれが通じるらしく、一瞬苦笑をうかべながらもほっとしたようすで降りて行った。

 すぐにゴムボートのエンジンが起動し、メリッサが離れてゆくのが見えた。一直線に食事船に向かうのかと思ったら、どうやら岸の方に行くようだ。仕入れでもあるのだろう。

 洋一が、小さくなって行くメリッサのボートを目で追っていると、いきなり耳を引っ張られた。

「イテッ!」

「ヨーイチ! アソブ!」

「わかった!わかったから離してくれ」

 パットは、耳を離すとそのまま洋一に抱きついて、甲板に倒れかかった。洋一はとっさにパットを抱きかかえて身体を丸くする。

 激しく尾てい骨を打ったものの、洋一は無事にパットをかばって甲板に着地した。

「かんべんしてくれよもう……」

「ヨーイチ!コッチ」

 そしらぬ顔で、パットは洋一をひきずり上げる。洋一は、へっぴり腰で立ち上がるとパットに従った。

 美少女と2人きりで遊ぶ、という日本にいたころの洋一には夢のような、しかし現時点においては日常となってしまった朝が、また始まった。

 遊ぶといっても、その内容は限定される。

 回り中が海なので泳げばいいようなものだが、鮫が出るとかで水泳は禁止である。

 甲板にいても暑いばかりなので、少しは涼しい室内に逃げ込むのだが、テレビゲームといった電子機器などまったくないので、結局はトランプなどの室内ゲームにおちつく。

 いつもならシャナやシェリーがいるのでそれなりに楽しめるのだが、今朝はパットと2人きりであるため、いまいち気が進まなかった。

 それに、ここ数日ほとんどこの船の中で過ごしていたため、いいかげん欲求不満になっている。軟禁されているみたいで面白くなかった。

 メリッサの話では、カハノク族との衝突の可能性も減ったようだし、気が大きくなっていたこともある。それに、今日はここを動かないのだから、ひょっとしたらこの船旅で遊びに行く唯一のチャンスかもしれない。

「パット。ボート出せないかな」

「ボート?」

「うん。岸はそんなに遠くないだろ。砂浜があるみたいだし、泳ぎに行ってみないか?」

 日本語と怪しげな英語、それに大量のボディランゲージを使って、洋一はパットに希望を説明した。

 パットは、最初けげんな顔をしていたが、いったん理解すると行動は早かった。もともと、パットこそがそういうことをやりたい年頃なのである。

 パットが甲板で折り畳み式のゴムボートを引っぱり出している間に、洋一は簡単な置き手紙を書いた。日本語と、一応英語で、ちょっと海岸まで遊びに行ってくる旨を説明する。

 その紙を目立つようにテーブルの上に置くと、洋一は甲板に出た。

 パットが手際よくボートを広げ、空気をポンプで送り込んでいた。ゴムボートは、5分ほどで本来の形を取り戻す。

 洋一がボートを海に投げ込むと、パットがスルスルとロープを伝ってボートに降りる。

続いて洋一が危なっかしく乗り込み、ロープを外して、船腹を突き放した。

 船外モーターがないので、海岸までは漕いで行くしかない。

 幸い、波は穏やかだった。洋一はゆっくりと海岸に向かった。

 目をつけていた砂浜にたどりつくのに30分ほどかかった。ちょっとした入り江になっていて、干潮のため結構長い砂浜が続いている。海水浴にはぴったりの場所である。

 ゴムボートの底が砂をこすると同時に、パットが飛び降りた。続いて洋一が降りて、2人でボートを引き上げる。

 満潮になるまでいるつもりはなかったが、流されると困るので砂浜の終わりまで引きずってゆき、念のためにロープを木につなぐ。

 洋一がロープを結び終わったときにはもう、パットは歓声を上げて海に向かっていた。

 人っ子ひとりいない。まさしく、プライベートビーチである。カハ祭り船団も、大半が岬の影になっていて、ここらへんは死角だろう。誰かに見られる心配はあまりない。

 洋一はうーんとのびをしてから、ゆっくりパットの後を追おうとして硬直した。

 砂浜に、点々と衣類が投げ出されている。

 走りながら脱ぎ捨てたらしい。波打ち際には、パンティらしい布まで落ちているようだ。

 その先の波間に白い身体が踊っていた。まるでイルカか何かが跳ねているようだが、ときおりキラキラ光る金髪が正体を示している。

 洋一はTシャツとジーパンを脱いでゴムボートの中に入れると、ため息をついて海に向かった。海水パンツではなかったが、今はいているカラーブリーフは十分にその役目を果たせる。

 しかし、パットが近寄ってきたらどうすればいいのか?

 心に迷いを抱きつつ、洋一はそれでもフラフラと波打ち際までたどり着いた。

 ぼやっと突っ立っていると、不意に波が割れて、パットが躍り出た。

「ヨーイチ!」

 ビーナスというには幼なすぎるが、それでも女神といってもおかしくない肢体をすべてさらけ出し、パットは微笑んでいた。

 イベントでのラライスリの仮装も似合っていたが、今のパットこそが海の女神にふさわしい。

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