第46章
サラの言い分は、その場限りでは一応筋が通っているように見える。だが、全体としてみればどうしようもなく整合性を欠いていたし、洋一に見破られることも承知でごまかしを言っていることが見え見えだ。
猪野の伝言とやらについてはなんとなく頷けるものがあったが、だからといってサラの言うことが全部信じられるわけではないし、サラがこういう行動に出た真の動機がはっきりするという訳でもない。
洋一はあきらめた。どうせ、誰か知らない奴が、どこか知らないところでゲームでもやっているのだろう。チェスだか将棋だか知らないが、そのゲームでは歩の役にしかにすぎない洋一には、ゲームについて知ったところでどうにもならない。だとしたら、いっそ知らない方が気楽というものだ。
洋一はため息をついた。
「まあ、いい。ところでこれからどうするんだい?」
洋一がとりあえず現時点で一番緊急を要すると思われることを聞くと、サラは少し顔を曇らせた。何か、都合の悪いことがあるらしい。
「ヨーイチに伝言も伝えたし、帰りたいが」
「帰りたいが?」
「もう暗いし」
「そりゃ夜中だからね。その中をボート漕いできたんだろう?」
「来るときは目印があったから。でも、帰りは自信ない」
サラの口調は歯切れが悪かった。視線も洋一からそれがちで、およそ洋一の知っているサラの性格にそぐわない。
これも何か目的があっての行動だろうか?
しかし、洋一相手に演技してもどうなるわけでもないと思うが。
「それじゃ、泊まっていくか?」
洋一は餌を投げてみた。もちろん本気ではないが、飛びついてくるようなら目的も知れようというものだ。
だが、サラは洋一の方を向いて、きっぱりと言った。もちろん、口元には微笑が浮かんでいる。
「それは出来ない。親にきびしく言われているから。プレイボーイと同じ屋根の下で眠ってはいけないって」
「あのなあ……」
サラは、急に真剣な顔になると、洋一の手を握って言った。
「だから、お願いがあるのだけれど」
「なんだよ、急に」
「この船に、シャナって娘がいるでしょう。会わせて欲しい」
「シャナちゃん? ああ、いるけど。知り合いなのかい?」
「知り合いというか、そうとも言える。この辺りの出身のはずだし、地形にも詳しいと思う……」
サラの声は、話している最中に小さくなって消えた。これではあまりに不自然だということが自分でも判っているらしい。
そのまま、2人は気まずい思いでにらみ合っていた。
ややあって、洋一が立ち上がった。
「よくわからないけれど、まあいい。シャナちゃんは寝ているけど、起こしてくるよ」
そのまま奥へのドアを開ける洋一に、サラは黙ったままだった。どういう顔をしているかは見えなかったが、どうせいつものポーカーフェイスだろう。サラは、その気になれば洋一などか対抗できる相手ではない。
洋一としては、関わり合いになりたくない一心である。眠っているシャナには悪いが、サラが会いたいというのならさっさと会わせて、洋一に関係のないところで話を進めてほしい。
予備灯がついているだけの薄暗い船室に入ると、意外なことにシャナは寝棚で身を起こしていた。パットはあいかわらずよく寝ている。
「シャナ、実は……」
「はい。判っています。お客さんですね」
シャナは、いつもの通り冷静な口調で洋一を遮った。そのままするりと寝棚を抜け出して、スタスタと進んでくる。
あっけにとられたまま硬直している洋一をかわして、シャナは船室に入った。洋一があわてて後を追うと、シャナはサラと向かい合って立っていた。
緊張がある。サラもシャナも、お互いに相手を見つめたまま身じろぎもしない。
知り合いかと思っていたが、それにしては様子がへんだ。2人とも似たようなタイプで、沈着冷静に判断して決断、行動する性格だから、うかつに動けないらしい。
しかも、どうやらサラには何やら思惑があるようだし、シャナの方もワケありのように見える。
洋一は、ここは身を引くことにした。事実、洋一が口を出す場面ではなかった。
洋一はそっと船室を抜け出して甲板に出た。その後の展開は、気にはなったが洋一が知ってどうなるものでもないだろう。実は、サラとシャナの相談が洋一の身の振り方に関係してこないとは言い切れないのだが、すっかり疲れていた洋一はあえて運を天にまかせることにしたのである。
甲板には誰もいなかった。シェリーあたりがこっそり戻っているのかと期待していたのだが、まだ指揮船かどこかにいるらしい。
サラがよりによって夜中に指揮船に乗船してきたのは、カハ祭り船団の上層部の黙認を得ているとしか思えない。その目的ははっきりしないが、いずれにしても最終的にはソクハキリや日本領事館の猪野たちとつながっているはずだ。
だとしたら、サラはアマンダやソクハキリたちにとっては味方、ということになるはずだが、それにしては夜中にこっそりというのは解せない。
何か陰謀が企まれている。
誰が誰に対して企んでいるのかは判らない。だが、洋一はいずれにせよ巻き込まれずにはいられないだろう。
それはもはや洋一としても覚悟はしていた。ただ巻き込まれるだけではなしに、洋一がその陰謀にとってかなり重要なコマらしい。
洋一自身というよりも、「ココ島にいる日本人で日本領事館の臨時職員」が必要らしいが、洋一にとっては同じ事である。
ゲームのコマとして扱われるのは腹の立つ話だが、猪野にしてもソクハキリにしても、平気で洋一を犠牲にして省みない性格のようには見えなかったから、陰謀がいかなるものであれ、とりあえず洋一の安全は確保されていると期待していいだろう。
だが、安全という基準が洋一と彼らとで違っている可能性は高いし、火炎ビン攻撃を目撃してしまった以上、肉体的な危険性はかなり高いとみていい。
かといって、逃げることも出来ない以上、頭を下げて耐えるしかないのである。
考えているうちに、洋一はムシャクシャしてきた。ソクハキリや猪野や、アマンダといったゲームプレーヤーたちだけではなく、サラやシャナといったほんの小娘たちまでが何か企んでいて、洋一だけがカヤの外にいる。
メリッサも、あの態度からすると洋一に同情的ではあったが、やはり何か知っていて黙っているようだ。
非常に面白くない。これではまるでピエロではないか。
甲板に寝転がると、雲の間から見事な夜空がのぞいている。それにも腹がたってきた洋一は、目をとじた。