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第42章

 洋一は呆然自失していた。漂光になつかれたことも衝撃だったが、それ以上にメリッサの態度に驚いていた。

 そのメリッサは、黙りこくってサラダをよそっていた。何かにひどく腹を立てていることはわかるが、それが何なのか、洋一にはまったく見当がつかない。

 とりつく島もないメリッサの態度に押されて洋一が小さくなっていると、ドアがあいてパットとシャナがそっと入ってきた。

 だが2人とも異様な雰囲気に呑まれたのか、ボソボソと相談して連れだって奥に引っ込んでしまった。

 ひどく重い沈黙が立ちこめている船室で、ついにたまりかねた洋一が口を開こうとした瞬間、メリッサがため息をついた。

 そのまま、ストンとソファーに座り込む。

「ごめんなさい、洋一さん」

「え?」

「こんなことに巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」

 拗ねたような態度のことかと思ったが、そうでもないようだ。メリッサはうつむいていて、少し泣いているのかもしれない。

「いや……僕は別に」

「洋一さんは、知らないんです。アマンダはひどすぎるわ。もう我慢できない。すぐやめさせるから」

 メリッサは涙声で言った。

 美人は泣いても怒っても美人だなあ、と洋一は心の一部で感心してしまった。だが、そんなことを考えている場合ではない。

「待ってくれ。アマンダさんが何かしたのか? いや、していたとしても、僕は別に文句を言うつもりはないんだ。ソクハキリさんと約束したんだし、今までのところその約束は破られてないみたいだし」

 メリッサは、潤んだ瞳で洋一を見つめた。洋一の鼓動がどんどん早くなって行く。

 まずかった。何とかしなければならないのだが、洋一にはどうにもならない。一体メリッサがアマンダの何に対して怒っているのかすら、よくわからないのだ。

「……洋一さん」

 ややあって、メリッサがぽつりと言った。

「はい」

「洋一さん、いい人なんですね」

 メリッサにはあまり言ってほしくないセリフだったが、とりあえずは今の危機を脱する方向に会話がいくようだ。

「それ、ほめ言葉じゃない気がするんだけど」

「ごめんなさい。そういう意味ではないんです。心がきれいな人? 素直? というべくなのかな。日本語って難しいですね」

「それだけ話せれば、大抵の日本人より日本語が出来ると思うけど」

 洋一の言葉は、メリッサの耳を素通りしていくようだった。

 しばらく黙っていてから、メリッサは唐突に言った。

「聞いていいですか?」

「え? いや、なんでも聞いてくれよ。遠慮することないから」

 メリッサに上目使いに見上げるように見つめられて、洋一はうわずった声を出した。

 今のメリッサは凄みというか、ゾクッとするような色気があって、ちょっと逆らえない雰囲気である。

「兄さんは……ソクハキリは、カハ祭り船団に加わって洋一さんに何をしろ、と言ったのですか」

「何をしろというか、とりあえず参加すればいいと言われただけだよ。客のつもりで楽しむように、と」

 とびきりの美女をつけると言われたことは黙っていた。

実をいうと今だにソクハキリの言ったとびきりの美女が誰なのか不明である。とびきりのとつけば、まさにメリッサなのかもしれないが、果たしてソクハキリが自分の妹、しかもそういう方面に関して過敏に反応する可能性が高いと判っているメリッサをそんな目的に使うだろうか?

 もっともソクハキリのことだから、洋一の性格まで見抜いて安全パイと見られたのかもしれないが。

 その他の女性たちにしても、可能性は十分ある。パットは別として、それから多分シャナも違うだろうから、あとはアマンダとシェリーがいる。

 いずれも洋一の感覚ではとびきりの美女といって差し支えない女性たちであり、洋一に「つける」という約束にしても一応は果たされている。ま、アマンダは洋一についているとは言えないが、洋一の方がカハ祭り船団についているのだから条件は満たされていると言える。

 メリッサは、まだじっと洋一を見つめている。

「それだけですか?」

「それだけだよ」

 メリッサは、紫の瞳をじっと洋一にあてていたが、いきなりニコッと笑った。

 思いがけない変化だった。今までの暗い表情からは想像もできないくらいの輝くような笑みが洋一に向かって飛んでくる。

 楽しいとかおかしいとかの微笑みではなかった。心の底から喜んでいる。これだけ美しい微笑みを、洋一はこれまで見たことがなかった。

 メリッサが美女だからではない。むしろ、整いすぎた美貌が冷たい印象を与えかねないメリッサが、これだけの暖かさに満ちた笑みをうかべることが出来るというのは奇跡のようなものだ。

「メリッサ?」

 洋一がとまどって声をかけると、メリッサはもう一度軽く微笑んで、それから日本式のおじぎをした。

「ごめんなさい、洋一さん」

「え……?」

「よくわかりました。へんな質問してすみませんでした。私も……信じてみます。洋一さんは、本物なのだと」

 そう言うと、メリッサはもう一度幸せそうに微笑んで、それからふわっと洋一にもたれかかってきた。

 あっと思ったときには、洋一はメリッサを抱きとめていた。メリッサは両手を洋一の身体に回し、全身でもたれかかっている。

 洋一はバランスを崩して、メリッサを抱いたままソファーに倒れ込んだ。無意識のうちに、メリッサを支えようとした手が背中に回り、抱きしめる形になる。

 しばらくの間、洋一はメリッサの重みを感じながら座り込んでいた。メリッサは顔を洋一の肩に埋めたまま、ピクリとも動かない。

 メリッサの呼吸がうなじに吹きかけられているせいでその辺りが熱い。目の前には、メリッサの金色のほつれ毛が踊っている。

 洋一の方は、極度の興奮状態に追い込まれていたが、その一方で妙に冷静な分析を考えていた。

 メリッサの言葉が気になる。

 信じるというのは、何のことなのだろう? メリッサは、ソクハキリが何を言ったかを気にしていたようだが、それはもうどうでもよくなったのか?

 それにしても、メリッサがいくら感情的に女性であるとは言え、いきなり抱きついてくるような行動に出るとは意外だった。それとも、そうするに足るだけの理由があるのだろうか?

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