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第40章

 メリッサの顔がぱっと明るくなった。

 正体不明と言われて怒るかと思ったのだが、それより「よく知っている味」という感想がうれしかったらしい。

「よく知っている味でした?」

 瞳をきらきらさせて乗り出してくるメリッサに押されるように、洋一は少し後退して言った。

「と思うんだけど」

「よかった。味と噛み応えを再現するのに苦労したんですよ。材料がほとんど手に入らなくって、何回も失敗して」

「そんなにがんばったの?」

 メリッサは赤くなった。

「そんな、料理が好きだし、面白かったし、がんばったとかではないです……」

 感情の起伏が激しいのか、素直すぎるのか、洋一の言葉に敏感に反応する。

 メリッサの顔は、どちらかというと整いすぎて、なまじの男には近寄りがたい印象を与えかねない美貌なのだが、表情が豊かでくるくる動くので、今のメリッサはかわいいと言ってもいいくらいだ。

 おまけにひたむきに気持ちをぶつけてくる。これではうかつな対応は出来ないぞ、と洋一は気を引き締めた。

「どうしても判りません?」

 メリッサが真剣な表情を見せる。洋一は考え込んだ。

 確かに、よく知っている味だった。舌触りも記憶に焼き付いている。それに、メリッサの話では日本で割合ポピュラーな中華料理らしい。それだけ手がかりがあれば、判らない方がおかしいのだが。

 洋一は、コロッケのように見えるものを眺めながら考え込んだが、どうにも混乱するばかりだった。

「やっぱり、判りませんか……」

 メリッサの声が湿る。

 洋一は焦って、天井を振り仰いだ。

 その途端、ひらめいた。

 コロッケのような外観が思考をミスリードしていたらしい。さっきのスープにしても、外見はチャーハンスープとは似ても似つかなかったではないか。

 ということは、外観は全然参考にならないのだ。そして、外観さえ忘れれば、その味と舌触りは明々白々だった。

 確かに、中華料理店に限らず日本の安食堂ではポピュラーな料理だった。それどころか、洋一の好物ですらある。

 外見がまったく違うために、どうしてもその名に結びつかなかったのである。料理は目で食べるという言葉をどこかで聞いたことがあるが、正しいのかもしれない。

 洋一は、メリッサの方を向いて重々しく言った。

「判った」

「判りました?」

 メリッサが期待に満ちたまなざしをぶつけてくる。頬が紅潮して、眩しいほど美しい。

 洋一は一瞬言葉を失ったが、なんとか自分を取り戻した。

 咳払いして、慎重に言う。

「うん。これはギョーザだね」

 途端に、メリッサが歓声を上げて飛びついてきた。

 目の前に金髪が踊り、洋一の胸に柔らかな圧迫がかかる。飛びつかれるのはパットで慣れていたが、パットとは違う、細いがずっしりと重い身体が洋一の全身に押しつけられた。

 洋一は、もう少しで気絶するところだった。

 かろうじて足をふんばり、メリッサを受け止める。

 メリッサは、不思議な香りがした。

 パットがくっついてくると、いつも明け方の風のようなさわやかな匂いがするのだが、メリッサは少し湿ったような甘い香りだった。

 外観だけでも十分男の心をかき乱せるのに、抱きつかれた上にこんな香りをかがされて、平静でいられる男がいるだろうか。

 かろうじて理性が勝った。

 両手がメリッサの背中を抱きしめそうになるのを必死で引き剥がし、軽くメリッサの肩に触れる。

 その途端、メリッサがパッと離れた。

「ご、ごめんなさい!」

「……いや。パットで慣れているから」

 極度の興奮状態にあるにしては、洋一の返答は上出来だと言える。注意してみれば、洋一の声は裏がえり、視線はうつろにどこかをさまよっていたのだが。

 メリッサは、頬を染めて両手を口元で合わせていた。清楚だが、その清楚さをも含めて、ほとんど物理的に感じられる程の色気がメリッサの身体全体から溢れている。

 さすがにパットと違って、自分が男にどういう印象を与え、どういう風に見えるのか理解しているらしい。

 もっとも清楚であるからこそ何のてらいもなくいきなり洋一に飛びついたりできるのだろうし、その後の行動が行き止まりになったりするのだ。

 メリッサが顔を上げ、何か言いかけた途端、洋一はいきなりひっくり返った。

「わっ!」

 ソファーに転げ込むと、目の前が何かにふさがれた。髪の毛をつかまれ引っ張られる。

「な、なんだ?」

 やっとのことで、頭に被さっている何かを持ち上げると、それはパットの胸だった。

「ヨーイチ!」

 洋一が見上げたパットの顔は、怒っていた。それでなくても大きな瞳を目一杯見開き、口元はへの字に曲がっている。

 パットは、怒った顔のまま早口でペラペラとまくし立て、またしても自分の胸を洋一の顔に押しつけた。

 それなりに膨らんだ柔らかい胸に呼吸を塞がれて、洋一は窒息しかけた。パットは全力を込めて洋一の頭を抱きしめてくる。

 パットに乱暴するわけにもいかず、洋一の気が遠くなったとき、パットがいきなりもがきだした。そのままパットが離れ、洋一はぜいぜい言いながら起きあがる。

 メリッサが、パットを抱き上げて立っていた。パットはまだもがいている。身体をくねらせているところを見ると、どうやらメリッサに脇の下をくすぐられたらしい。

 パットが鋭く何か言ったが、メリッサがおだやかに言い返すと、パットはメリッサの手を振りほどいてふてくされたように座り込んだ。そのまま、洋一をじっと睨み付けてくる。

 メリッサが言った。

「大丈夫でした? パティはかげんを知らないから」

「いや、何とか」

 洋一はパットの視線から逃れるように目をそらしながら応えた。

「お茶、いります?」

「欲しい」

 メリッサは頷いて、魔法瓶から茶色の液体をマグカップに注いでくれた。

 一口飲んでみると、熱いウーロン茶だった。今回はとことん中華にこだわるつもりらしい。

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