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第39章

 希望的観測はやめよう、と洋一は心に誓った。今洋一の腕にしがみついている少女だけでも扱いきれないくらいなのだ。この状態で、トラブルの元をわざわざ増やすこともないだろう。

 その日は、予定よりかなり遅れたものの、やはり出発することになった。移動距離を縮めて、こんなときのための予備停泊地までなんとか船団を進めるということである。

 シェリーの説明をシャナが通訳してくれたのだが、その口振りだと、どうやらこの程度のトラブルは最初から計算に入っているらしい。予定航路や停泊地はいくつも用意してあるようだ。

 そのくらいでなくては、海のカハ祭りなどやっていけないのだろう。そして、その一大船団を統率するアマンダの力量に、洋一は感心するばかりである。

 日本に留学して遊び回るチャランポランなお嬢様だというようなことを言っていたが、実際にはかなり修羅場をくぐってきているのではないだろうか。

 いずれにせよ、洋一には関係ない話だった。

 昼に弁当が届いただけで、アマンダもメリッサも姿を見せず、やがてかなり日が傾いてから、カハ祭り船団は出発した。

 アマンダは食事船にいるのだろう。どうやら、あちらの方がカハ祭り船団の中枢になっているらしい。

 洋一たちが乗っている船は、指揮船と呼ばれてはいるものの、その実体はアマンダの個人用ヨットという位置付けなのだ。

 アマンダが船団指揮の合間に休息をとったり、あるいは緊急時にその高速性を生かしてアマンダの足となって動き回るというのが役割だろう。そして、今回に限り洋一というVIP、またの名はお荷物を安全に確保しておく場所でもあるわけだ。

 そう考えれば、パットがここにいるのも頷ける。パット自身、カハ祭り船団にしてみれば、洋一に匹敵するVIPである。標的としての価値は、洋一より高いかもしれない。

 そしてそれはメリッサにも言えることなのである。

 だから、洋一は密かに期待していたのだが、その願いはあっけなくかなえられた。

 日が暮れる直前に、カハ祭り船団はとある入り江に停泊した。次の襲撃を警戒してか、食事船を中心として船が密集して停泊している。

 食事船に集合して宴会というやり方は、襲撃があった以上万一の場合危ないということで取りやめになったと伝えられ、弁当が届けられた。

「こんばんわ」

 日本的な挨拶とともに船室に入ってきたのは、洋一が願っていた通りの人物だった。

 今夜のメリッサは、珍しくTシャツに下はバミューダだった。足元は古びたスニーカーである。

 輝く金髪をポニーテールにしていて、ほつれた髪が秀でた額にかかっている。白い肌がかすかに紅潮し、うっすらと汗をかいている顔には、清楚ながらゾクッとするような色気がただよっている。

「やあ」

「お弁当の出前です。今夜は中華ですよ」

 メリッサは、会うたびに気安くなってゆくようだ。もはや、初めて出会った頃の対人恐怖症的なイメージはまるでない。

 メリッサはひとりでやってきたらしい。巨大なビクニックバスケットを引きずるようにして船室に持ち込む。

「すごいね」

「満漢全席とまでいきませんが、ちょっと豪華に決めてみました」

 パットがバスケットに飛びついて、次から次へと中身を取り出している。シャナもいつの間にか現れて、テーブルの上を片づけていた。

「毎日パーティみたいですね」

 シャナがこっそり言った。

 なるほど、村の少女であるシャナにとっては、毎晩宴会に出席しているようなものだろう。もちろん、それは洋一も同じである。

 それどころか、洋一にとっては毎日が美女・美少女づくしの天国だ。

 それだけでも満点なのに、ここ数日は美しい名コックの手料理を、しかも本人の給仕つきで味わっている。どんな金持ちでも、そうは望めない悦楽だ。

「さめないうちにどうぞ」

 その美女がにっこりと笑ってスープを勧めてくれた。

「中華風スープ?」

 一口飲んでみて、洋一は首をかしげた。うまいことはうまいのだが、どこかで飲んだ味である。

「中華風スープというか、そのようなものです」

 メリッサは澄ましている。

 だが、どうにも思い出せない。こんなスープは日本で飲んだ記憶がないのだ。

「本当に中華なの?」

「はい」

 目をつむって飲むと、何かひっかかるものがある。もう一口飲む。と、途端に記憶が甦ってきた。

「これは……チャーハンの?」

「はい。一応、今夜はフルコースのつもりですので」

 そのスープは、日本の食堂で出てくるチャーハンスープとは似ても似つかない澄んだ緑色だった。

 こんな色のスープが最初に単体で出てきては、いくら味に覚えがあってもチャーハンスープと判るはずがない。

「これもメリッサが作ったの?」

「はい。本場の材料がないので、あり合わせのもので何とかしました。結構苦労してるんですよ。色は、本物とは違ってしまいましたけれど」

「こだわるんだね」

「こだわります」

 洋一は感心して言ったのだが、メリッサはそうはとらなかったらしい。ムキになって言う。

「洋一さんは、日本を出てもう長いのでしょう。だから、今日は日本の中華料理店で出る食事を再現するんです」

「そ、それはありがとう」

 洋一はへどもどして言った。

どうやら、メリッサの良妻賢母ぶりがエスカレートしているらしい。洋一への好意なのか、あるいはのめり込む性格なのか、もはや単なるコックとしての行動を大きく逸脱している。

「次は、これです」

 メリッサが出してきたのは、一見するとコロッケのようなものだった。コロッケにしては妙に色が白いという違和感があったが、それでも形や質感は一番コロッケに近い。

 洋一は、フォークで突き刺してみた。見た目よりは柔らかい。

 舌触りは、コロッケではなかった。

 おいしいのだが、これもやはりどこかで食べた味である。覚えがあることはあるのだが、どうしても思い出せない。

「どうですか」

 洋一が黙ったままなので、メリッサが聞いてきた。身を乗りだし、不安そうである。

「どうって……おいしいよ」

「良かった」

 だが、まだ洋一が眉を寄せて考え込んでいるので、メリッサもおどおどとした態度で見守っている。

 やがて、洋一が投げ出すように言った。

「駄目だ」

「だめ?」

「わからない。確かに、よく知っている味と噛み応えなんだが……。降参だ。メリッサ、これは何なんだ?」

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