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第38章

 パットが何か叫んだ。それに対して、いくつかの船から怒鳴り声が返ってきた。

「ひどいな」

 洋一が呟くと、パットが怒気を漲らせて振り向いて短く言った。

「カハノク!」

「カハノク族の襲撃らしいです」

 いつの間にか隣に立っていたシャナが言った。

「襲撃?」

「はい。高速モーターボートでいきなり襲ってきて、火炎瓶のようなものを投げ込んでいったみたいです」

「火炎瓶か」

 考えてみれば効果的な襲撃だった。火炎瓶なら手榴弾や爆弾と違って簡単に作れるし、高速で通過しざまに火をつけて船に投げ込めば、どこに当たってもそれなりに効果がある。

 ボートで通過するだけだから攻撃側に危険はほとんどないし、襲撃が終わったらそのまま高速で逃げてしまえばいいのだ。カハ祭り船団の方は、漁船や老朽船を改造した御輿船ばかりだから、襲われても抵抗できず、襲撃船の追跡も不可能だ。

 シェリーは、微速で指揮船を進ませながら、操舵席から身を乗り出してマイクに向かって話していた。無線でアマンダに報告しているらしい。

 時々、漂っている船に何か質問し、返ってくる答えに頷き、また叫び返す。

「助けがこっちに向かっているそうです」

 シャナがシェリーの言葉を要約してくれた。

「とりあえず、アマンダさんが全船団に集結を命じたそうです。それから、調査が済むまで勝手な憶測で噂を立てないように、とのことです」

 つまりは、この襲撃が誰の仕業なのか、先入観を広めたくないということだろう。

 パットは断定したし、ソクハキリから聞かされた状況からいって、こんなことをするのはカハノク族の先鋭過激派集団以外にはないだろうが、証拠はないのだ。

 カハ祭り船団を動揺させ、ひいては一部の血の気の多い連中に早まった行動をとらせることだけは避けなければならない。

 さすがにカハ祭り船団の指揮をとるだけのことはあった。ソクハキリの妹という立場でなくても、アマンダはやはり船団の指揮をまかされていただろう。

 シェリーがパットを呼んで、何かきびしい口調で注意をしていた。パットはふくれっ面で聞いていたが、やが不承不承頷いて船室に引っ込んでしまった。

 洋一がシャナと並んで見ていると、沖から数隻のボートが近寄ってきて、被害を受けた船に横付けした。

 その中にアマンダの姿もあったが、洋一はなんとなく見物しているのが後ろめたくなり、船室に入った。

 しばらくすると、指揮船は動き出した。ゆっくりと沖に向かっているらしい。

 そのとき、アマンダが船室に入ってきた。サングラスにウィンドブレーカーを羽織った姿はいつも通りだが、なんとなく一回り小さく見える。疲れているのかもしれない。

 アマンダは、ウィンドブレーカーを脱ぎ捨ててソファに座り込んだ。サングラスを外して、顔を覆う。

「大丈夫ですか?」

「え?ああ、もちろんよ」

 アマンダは笑顔を見せたが、やはり表情が硬い。

「コーヒー、飲みますか。朝食の残りだけど」

「ありがとう。いただくわ」

 洋一は、あまり香りのしないコーヒーを魔法瓶から注いだ。ついでに自分のマグカップにも注ぐ。

 アマンダは、洋一からカップを受け取るとブラックで口をつけた。そのままぐいぐいと口を離さずに飲み干してしまう。

 それから、マグカップをテーブルに置いて、大きくため息をつく。

「おいしいわ。煮詰まったコーヒーがこんなにおいしいなんて久しぶりね」

 言いながら、アマンダは自分で魔法瓶を掴んで、自分のカップに注いだ。最後の一滴まで注いでしまうと、再び喉を鳴らしてガブ飲みする。

 洋一は、まずいコーヒーを啜りながらあっけにとられて見ていた。今まで隙のない大人の女性にしか見えなかったアマンダの、意外な面を見てしまった思いである。

 といっても、やはりまだ自分をすべてさらけ出しているようには見えない。単に、警戒する必要のない洋一の前だから、ある程度の壁を取り払っているだけだろう。つまりは、「安心」な男だと見られているわけだった。

 コーヒーを飲み終わって、ぼんやりと座っているアマンダに、洋一が沈黙に耐えられなくなって言った。

「これから、どうするんですか」

「え?……あぁ、今まで通りやるだけよ」

 ニヤッと笑う。たったそれだけで今までのアマンダが復活してしまっていた。

「でも、船が何隻かやられたじゃないですか」

「大したことないわよ。航行不能になったのが1隻、あとは応急修理で船団に復帰できる。けが人もなかったしね」

「はあ」

 アマンダは、座り直すと長い足を組んでタバコを取り出した。

 いいかしら? というかんじで眉を上げる。洋一はめんくらって頷いた。

 タバコをくゆらせながら、アマンダはほがらかに言った。

「思ったより被害が少なかったわ。向こうのシカケも予想より遅かったしね。これだけ派手に挑発してるんだから、もっと過激に反応すると思っていたんだけれど、ね」

「ちょ、ちょっと待って下さい! わざとやってるんですか?」

 洋一が叫ぶと、アマンダは驚いたように目を丸くしてみせた。

「まさか。カハ祭りをいつもの通りやっているだけよ。特別なことなんかしてないし」

「でも、今はまずい時期なんじゃ」

「あら? 何かまずいことなんかあったかしら」

 洋一は絶句した。

 アマンダは、しらじらしくも落ち着いた態度でタバコをふかしている。今の茶番について、それ以上フォローする気はないらしい。

 こうなったらもう洋一の手には負えなかった。洋一に出来ることは、ただ座り込んで冷えたまずいコーヒーを啜ることだけである。

 不自然な沈黙がしばらく続き、洋一が耐えられなくなったその瞬間、パットが飛び込んできた。

 シェリーにたしなめられて、ふくれて船室の奥に引っ込んでいたはずなのだが、今のパットにはそんな様子はみじんもうかがうことはできない。

「ヨーイチ!」

 輝くような笑顔で洋一に飛びついてきたのは、いつもの通りの元気いっぱいのかわいい少女だった。黙って座っていれば美少女なのに、こうも顔をクシャクシャにして走り回っていてはその美貌も台無しである。

 洋一の左脇に飛び込むように座り込むと、洋一の腕を抱え込んで頬をよせてくる。

 アマンダが何か言うと、パットはペラペラッと言い返して、よけいに強くしがみついた。

 アマンダは、やれやれとばかりに肩をすくめて立ち上がった。そのままドアを開け、振り向きながら言った。

「あいかわらずモテモテだこと。あまり私の妹たちをたぶらかさないでね」

「たぶらかしてなんか……」

 いない、という洋一の声はむなしく閉まったドアにぶつかって消えた。洋一が身動きとれないでいるうちに、ゴムボートのエンジン音がかすかに聞こえ、そして遠ざかっていった。捨てゼリフへの反論すら許されないとは、なかなか厳しい。

がっくりしながらも洋一は気づいていた。アマンダは「妹たち」と言ったのだ。

 すると、メリッサも洋一に対して好意をもっているということなのか?

 いやいや、そうとは限るまい。アマンダ一流の手の込んだジョークか、あるいは嫌がらせの公算が高い。

 アマンダがそう思いこんでいるだけかもしれないし、メリッサ自身の気持ちにおかまいなく、アマンダから見れば洋一がメリッサを「たぶらかして」いるように見えるだけのことなのかもしれない。

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