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第37章

 甲板で呆然としていると、シェリーが船室から出てきて、洗濯物を干し始めた。アンテナマストから伸びているケーブルやロープに洗濯物を引っかける。たちまち、指揮船は色とりどりの満艦飾の様相を呈し始めた。

 シェリーには、人の服を干しているということに関する羞恥心はないようだ。こっそり盗み見ると、洋一の下着を平気で掴んで広げている。

 まあ、下着といっても洋一のパンツはガラパンだし、シャツは全部Tシャツなのだから他の人のものとあまり変わりはない。

 しかし、明らかにパットのものと思われる小さな白いパンティまで堂々と干してあるところを見ると、羞恥に関する感覚が少し違うのかもしれなかった。

 結局、シェリーは指揮船の甲板を洗濯物だらけにするまでやめなかった。この船に乗っている全員の服を一挙に洗濯してしまったらしい。

 こんなに洗濯物だらけでは、船を進めるのに邪魔になるのではないかと思ったが、ふと見るとあちこちに見えるカハ祭り船団の船はみんな似たような姿をしている。どうやら、船団全体の洗濯デーのようだ。

 それに、潮風とはいえこれだけの風が吹き続けているため、洗濯物はもう乾き始めていた。

 洋一が洗濯物を見ていると、いつの間にか誰かがそばに来て言った。

「一応、濾過した洗濯用水を使っていますから、塩水で固まったりしません」

「ああ、そう」

 そう言ってから、洋一は振り返った。

シャナがすまして立っている。しかし、一体この娘は何物なのだ? シャーロック・ホームズの子孫か何かなのだろうか?

 洋一の顔を見て、シャナは少し表情を動かした。困惑に近い表情をする。

「あの……私の日本語、おかしかったですか?」

「え?いや。そんなことは……でも、濾過なんて言葉をよく知っていると思ってね。日本人でもあまり使わない単語だから」

「そうですか? 教習テキストに載っていましたから。それに、うちの店でもそういう機械を扱っているので、私は割合詳しく知っています」

「それにしても、凄いね。カセットで聞いただけでそんなに流暢に話せるなんて」

「カセットだけじゃありません。いつも……」

 シャナは、不意に口をつぐんだ。

 それから、その場で回れ右をして、すたすたと歩いていってしまった。

 いつも、何と言おうとしたのだろうか。何か洋一には知られたくない事があるのだろう。

シャナまでが、秘密をもっているらしい。

 みんな何かしら隠している。この分では、洋一に対して隠し事をしていないのはパットくらいなものだろう。

 まあ、どうでもいいことだ、と洋一はひがんで思った。田圃に立っているカカシがどう思おうと、農夫たちには関係がないことだし、逆もまた真だろう。洋一としては、カハ祭りの間中、人形の役を続ければいいだけだ。

 洋一が現状について暗く考えていると、不意に誰かが飛びついてきた。腕がいきなり重くなる。

 もうなれっこになっている洋一は驚かない。ため息をついて振り返ると、予想通り輝くような朝の微笑みを浮かべたパットの顔があった。

「ゲンキ?」

「ああ。パットはあいかわらず元気だね」

 パットは、一度ぎゅっと洋一の腕に頬をすりつけると、手を離して甲板をスキップした。そのままうーんと背伸びして、続いて屈伸を始める。

 ソファに横になっているときは猫そっくりだが、太陽の下で自由に動くパットには、微塵も物憂げなムードはない。

 あえて動物に例えれば、何かというと飛びついてくる上に、一時もじっとしてはいられない人なつこい子犬だろう。

 今のパットはかわいい、という表現がぴったりである。整った顔立ちやすんなり伸びた肢体の魅力も、発散するエネルギーによって美しさより活発さとして認識されてしまっている。

 これでラライスリの衣装をまとえば、カハ祭り船団全体を悩殺する美少女となるのだから、女というのは恐ろしい。

 洋一は、跳ね回るパットをよそにマストの下で寝ころんだ。眩しい太陽の光を避けて手のひらで顔を覆う。

 横になると、身体の上を吹き行く柔らかな風と、ゆったりと洋一の身体を揺らす潮が洋一を包んでいるのが感じられる。

 俺は今、南太平洋の島の沖合でヨットに乗っている。乗組員は俺以外は美女・美少女ばかりで、そのうち一人は確実に俺に好意をもっている。

 俺は今、パラダイスにいる……。

 愚にもつかない思考を自分に信じ込ませようと努力していると、いきなり何かが洋一の上に倒れてきた。

「わっ!」

「ヨーイチ! ミテ!」

 パットが叫んでいる。洋一は打たれた腹をさすりながら起きあがる。まともに太陽の光が目に差し込んで、おもわずマストにすがりついた。

 パットは、そんな洋一にかまわず興奮して腕を引っ張っている。

「ヨーイチ、アレ!」

「ちょっと待ってくれ」

 ちかちかする目を庇いながらパットに視線をあわせ、続いてパットの指さす先を見る。

「あれは……!」

 ココ島の、半島のそばに停泊しているカハ祭り船団の数隻の船の様子がおかしかった。

 帆を降ろし、洗濯物の旗をなびかせている船のそばに、いくつかの白い点が見える。この距離ではどんな船なのかは判らないが、そばに見えるカハ祭り船団の船の大きさにくらべて船体がほとんど見えないから、おそらくは小型のモーターボートのようなものだろう。

 小さな点はかなりの速度で動いていた。みるみるうちにカハ祭り船団を通過してゆく。

 パットが、何か早口で叫んだ。意味がとれないから、ココ島の言葉のようだ。

 洋一も、思わず叫びながら立ち上がっていた。

 白い点が通過した後の船から煙が上がっている。最初に白い点に遭遇した船からは、小さいがまぎれもない赤い炎が広がっていた。

「カハノク!」

 はっきりとした単語が飛んできた。シェリーが双眼鏡で燃えている船を確認して、さっと操舵室に飛び込んだ。

 不意にエンジンがかかり、続いて指揮船は猛烈な加速で走り始めた。

 カハ祭り船団の指揮船だけのことはあった。外見はごく普通のモーターヨットにしか見えなかった指揮船だが、今は波を切り裂きながらすばらしい速度で機走している。機関を大出力のものに換装してあるのかもしれない。

 船は激しく上下左右に揺れている。洋一はマストにしがみついたまま、ココ島の断崖がみるみる迫ってくるのを息を飲んで眺めていた。

 指揮船は、いったん断崖近くまで接近してから、強引に向きを変えて燃えている船に向かっていた。風向きのせいで、まっすぐ突っ込むと煙に巻かれる恐れがあったからだろう。 指揮船が着いたときには、謎の白い点はとっくに逃げ去っていた。

 火災を起こしていたカハ祭り船団の船も消火したらしい。あたりにはまだ薄い煙がたなびいていたが、火や煙を上げている船は一隻もなかった。

 だが、漂っているかなりの船が帆を失ったりマストが倒れるなど、何らかの損傷を被っている。中には浸水したのか傾いている船や、ほとんど甲板まで波に洗われながら微速で岸に向かっている船もあった。

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