第34章
気がつくと、洋一の回りにはいずれ劣らぬ美女・美少女ばかりがはべっている。今の状況は、室内の内装はともかく、まるで高級クラブでナンバー1から3までのホステスをひとりで借り切ったようなものだ。
ホステスというには全員年が若すぎるが、ナンバーワンたるメリッサのきめ細かなサービスぶりは、そのへんのスナックの女の子などとは比べ物にならないだろう。一流のクラブのサービスはこういうものではないだろうか。
洋一の僅かな経験でも、スナックなどではむしろ客が女の子にサービスしなくてはならないくらいで、メリッサの爪の垢にも及ばない。
おまけに、これが全部ロハなのである。今現在においては、ソクハキリの薔薇色の約束が、期待した以上に実現していると言ってもいい。
洋一はいい気分で水割りを飲み続けた。心の奥底では不安な気持ちが蠢いているが、とりあえずそれを無視して今を楽しもうという開き直った心境になっている。
目の前に、半径1000キロ以内では最高の美女を含む3人もの女性がいて、自分一人だけの酒の相手をしてくれているのである。こんな機会は、今後の人生ではもう二度とない。
楽しい夜だった。
洋一は、なるべく全員で話せるように、手マネやつたない英語を使ったが、不思議なもので酒の席では結構通じるものである。
酔いが回るにつれて、全員で笑いこけたりして、ココ島に来てから最高の夜を過ごしているうちに、なんとなくムードがおかしくなってきた。
パットが何か言うと、メリッサが短く応じた。その後、メリッサがすまして水割りをあける。パットは少し不機嫌そうな顔をしてソファーに横になった。
シェリーは、2人の間で神妙に肩をすくめてチビチビやっている。
「何て言ったの?」
洋一が聞くと、メリッサは「何でもないんです」と答えたが、後ろめたそうな顔つきが気になった。
残念なことに、女の子の中で流暢に日本語を操れるのはメリッサだけなので、彼女に否定されてしまうともう聞き出しようがない。
パットは、拗ねているような顔つきだし、シェリーは下目使いにパットとメリッサを交互に見つめるばかりである。
いつの間にか会話が途絶え、ムードが暗くなりつつあった。
つまみもなくなってきたので、洋一は酔った頭ながら切り上げ時だ、と考えていた。
洋一の酒は、乱れないかわりにある量を過ぎると不意に意識を失う恐れがあった。今までそこまで行ったことは2,3回しかないが、行った場合は完全にそこで記憶が飛ぶ。
その点を除けばいい酒飲みと言えるのかもしれないが、行ってしまった場合致命傷になりかねない。
しかもある量というのが一定せず、一度などはビール数杯で寝込んだこともあって、ゆえに洋一はこれまで酒を慎んできたのである。
今日はすでに5,6杯の水割りを片づけている。おまけに、メリッサが作るそれはだんだん濃くなっている気がするし、どうも口当たりほどには弱い酒ではないようだ。
楽しすぎるので忘れていたが、かなりまずい状況になりつつあるのではないか。
やっとのことでそう結論した洋一が、このささやかな酒宴の終わりを宣言しようとした時だった。
不意に、目の前が暗くなった。
しまった、と思う暇もなく、洋一の意識は暗転した。
急速に暗くなる視界に、メリッサやパットの驚いた顔が近寄ってくるのが写り、そして洋一の視界が閉じる。
ソファーにのびる自分の身体を意識することなく、洋一は暗闇に旅立った。
気が付くと、猛烈な頭痛だった。
洋一は、自分の部屋のベッドで頭を抱えていた。頭痛もひどいが、身体中に圧迫感を感じる。カーテンの隙間からもれる光が顔に当たって、両目にズキズキと差し込んでくる。
たまらなくなって起きあがり、カーテンを閉めようとしたが、どうしたわけか身体が動かない。手足をがっちりと固定されているかのようだ。
洋一は死にものぐるいでもがいた。手足にからみつくものをふりほどき、なんとか起き上がる。
窓の方を見ると、眩しい光が溢れた。
洋一は目をこすった。なんだか、部屋の様子がおかしかった。おまけに、ゆっくりと部屋全体が揺れている。
そのときになって、洋一は夢を見ていたことに気がついた。
自分の部屋にいて、カーテンが眩しいと思ったのは夢だったらしい。起きあがろうとしてジタバタしているうちに、夢が現実に移行したのだろう。
身体が妙に重いと思ったが、タオルケットが全身に巻きついているのと、いつもの通りパットがしがみついているせいだった。
圧迫感を感じたのは、狭い寝棚に寝ていたためだ。いつもはパットが使っている寝棚は、一人で寝ても狭い。そこに洋一とパットが押し込まれていたのだから、ほとんど身動きも出来ないくらいである。
洋一は慎重にパットの腕を外して、寝棚から出た。丸まっているパットはいつものTシャツ姿で、昨夜の女神とは似てもに似つかない子供である。衣装でイメージがあれだけ変わるのだから、パットももう立派な「女性」なのだろう。
頭痛は、起きあがったことでますますひどくなっていた。洋一はパンツとシャツを脱ぎ捨て、よろめきながらシャワー室に入った。
何度も失敗しながらポンプを起動し、コックを全開にする。数秒後、叩きつけるように生ぬるい海水が降ってきた。
そのまま5分ほど突っ立っていると、わずかに頭痛が弱まってきたような気がする。
昨日の水割りは、口当たりの良さに比べて相当強力だったらしい。いつもは、二日酔いなどほとんどしない方なのだが、今日のはそう簡単に解放してくれそうにもない。
不意に吐き気がして、洋一は吐いた。だが、幸いと言うべきか何も出ない。わずかに、喉の奥で胃液の味がした。洋一は上を向いて塩水で口を洗った。
さらに5分ほどシャワーに身をさらしてからしぶしぶポンプを止める。冷水の後は熱いシャワーが欲しいところだが、贅沢を言うわけにもいかない。
洗面器いっぱいの真水で髪と身体を拭いてから、そのままTシャツとジーパンを着る。まだ身体が濡れていたが、風に吹かれたらすぐに乾いてしまうだろう。
だが今は頭痛だ。
服を着る動作だけで、頭痛が元に戻ってしまった。洋一は頭を抱えて壁にすがりつく。 寝棚に倒れ込みたいという誘惑をやっとのことで振り切って、洋一は船室に入った。
「おはようございます」
「……おはよう」
思わず返事してから、洋一は目を丸くした。メリッサがソファーで微笑んでいた。
洋一がよろめくようにソファーに座ると、メリッサは魔法瓶から熱い液体をマグカップに注いで洋一に差し出す。
「熱いです」
「ありがとう」
涙が出るほどありがたかった。