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第33章

 メリッサは、白いサマードレスを着ていた。すっきりとしたデザインで、ほとんど飾りらしい飾りもついていない。ドレスといっても、肩の曲線を強調した上衣と膝までのスカートは、ほとんど地味といってもいいくらいである。

 それでも、メリッサが着るとやはり映画スターの普段着姿、といってもブランドの一品物のように見える。ベストドレッサーという言葉があるが、あれはやはり着る物ではなく着る人の方に評価の重点がおかれるのだろう。

 サンダルも白いしゃれたもので、昼間と違っておしゃれしているのかもしれない。メリッサの場合、してもしなくても同じくらい魅力的なのだが。

 メリッサは、さっそく箱から色々取り出し始める。なんだか昼間の再現になってきた。

 箱も大きかったが、そこから取り出される料理は多彩な上、量も多かった。とても洋一とパットだけのためとは思えないくらいである。

「ディナーとまでいかないけれど、とりあえず向こうで出たものはほとんどあると思います」

「すごいね」

 洋一は、テーブルからあふれて床に並んだビンを手に取ってみた。ウィスキーらしいが、もっぱらビール専門の洋一にはよく判らない。

「大したものではないです。カハ祭りでは、アルコールをガブ飲みする人ばかりなので、高級なお酒を揃えても仕方がないっていうのがアマンダの方針なんです。それは水割り専門のお酒だって聞いています」

「なるほど」

 しかし、見た限りではそんなに悪い酒でもなさそうだった。しばらくアルコールから遠ざかっていた洋一だったが、このへんで一杯というのも悪くない。

 メリッサが言った。

「氷も持ってきてありますよ。良かったら後で作りましょう」

「それはありがたい」

 どうも、洋一も慣れてきたようだった。数日前なら、メリッサを前にしてこれだけ落ち着いた対応など出来なかったはずである。

 その時、シェリーに起こされたらしいパットが入ってきた。さすがにラライスリの衣装は脱いで、シャツと短パンである。あいかわらず寝起きが悪いのか、ぼんやりした目で辺りを見回していたが、洋一を見つけるとふらふらと寄ってきた。

「ヨーイチ」

「パット、起きたのか?」

「ハングリィ……オナカスイタ」

 まず英語が出て、それからカタコトの日本語が出てくる。パットの会話の努力はこのへんが限界らしいが、今回は文章になっているだけまともである。それでも、英語もロクに出てこない洋一よりははるかにマシだ。

「コーヒー飲む?」

 メリッサが、魔法瓶からもうマグカップに熱いコーヒーを注いでいた。

「俺も欲しいな」

「スープもありますよ」

「スープ! カフィ、デザート!」

 コーヒーはデザートだから、まずスープを飲みたいらしい。だが、そう言いつつもパットは、すでに渡されたマグカップのコーヒーを半分ほど飲み干していた。

 メリッサは苦笑しながら、別の瓶から小さなカップにスープを注いだ。

 さりげなく、最初に洋一に渡す。洋一を含めて誰も気がつかなかった。メリッサも表情には出さない。

 洋一はスープをすすって思わず「うまい」と呟いた。ポタージュだったが、腹がへっているせいもあるのか非常においしい。

「これもメリッサが作ったの」

「はい」

 メリッサがカップをパットに渡しながら答えた。今回もメリッサが料理に参加したとしたら、これは期待が持てる。

 洋一はスープを飲み干すと食事にかかった。

 今回もバイキング料理だった。あれだけの人間に食べさせるとしたら、バイキングにならざるを得ないのだが、その割には各料理に手を抜いていない。

 普通、野外でバイキングを出すときにはどうしても荒っぽい料理になってしまう。しかしメリッサの手が入っているせいか、海のカハ祭りの食事は手のこんだものでこそないものの、どれも丁寧に作ってある。

 洋一は早速ベーコンに手をつけた。メリッサが作ったとすれば、まず間違いなく絶品のはずだ。

 思った通り、うまかった。洋一の好み通りにカリカリになりながらジューシーさを失っていない、最高級のベーコンである。

 洋一はメリッサに頷いて、さっそく詰め込みはじめた。

 あっという間に洋一を含めた全員がものも言わずに食べまくっていた。例外はメリッサくらいなもので、シェリーまでもが一心不乱に詰め込んでいる。

 空腹は最良の調味料というが、今回はあのラブシーン騒ぎで精神的な負担が大きかった分だけ、解放された後の空腹感も巨大である。いくら食べても足りないような気がする。

 気がつくと、料理はあらかた片づいていた。

 パットはソファーに気持ちよさそうに伸びている。その姿は容易に猫を連想させた。

 シェリーまでもが、横座りして手を口に当てていた。ゲップをこらえているらしい。

 唯一、乱れていないメリッサが飲み物を配った。

 洋一には、コーヒーの代わりに水割りが来た。いつの間にか小型のクーラーから氷が取り出されて、船室の隅がバーに変化している。

「ああ、ありがとう」

「勝手に作ってみました。薄目にしましたけれど、薄すぎたら作り直します」

 あくまで謙虚かつ気がきくメリッサである。洋一は、不意になんだか居たたまれないような気分になった。なんでこんな美女がここまで親切にしてくれるんだろう、という素朴な疑問がまた復活している。

 頭を振って、無理矢理そういったネガティヴな考えを追い出す。とにかく、そうなっているのだから仕方がないのだ。

 洋一は、まずうがいしてから水割りを舐めてみた。

 好みぴったりとまではいかないが、結構いける味である。

 洋一自身はそんなに酒好きというわけではない。普段は経済的な理由もあって、アルコールはもっぱらビールで決めている。

 ただし、ウイスキーも日本酒もワインも飲めないわけでも嫌いなわけでもない。要するに、あまり好みがないというか、まだ違いがよく判らないのである。

 そういうことを考えていること自体、まだ酒について何も言う資格がないことを示しているのだが。

「うん、これでいいよ」

「良かった」

 メリッサは、笑みを浮かべて自分も水割りを含んだ。メリッサもウワバミらしい。

 シェリーが、いったん立って出ていったが、すぐに戻ってきた。まだカハ祭りは続いているし、アマンダが戻ってくるまではシェリーの用もないのだろう。

 いや、「洋一の世話をする」というのがシェリーの重要な仕事なのだとしたら、ここにいて洋一たちの相手をしていることが彼女の最重要の仕事と言える。

 パットも起き上って何か言ったが、メリッサがペラペラと答えると肩をすくめて、オレンジジュースの缶を受け取った。

 メリッサが手早く食事の残骸を片づけると、船室はくつろぎの場、というか出来る限りそれに近い場に変わる。

 洋一も男なので、食後に水割りを舐めているときに美しい女性が相手をしてくれるのは大歓迎だった。

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