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第30章

 ますます硬直する洋一に、シャナはまじめくさって言った。

「ヨーイチさん、タカルルの衣装ですね。みんなうらやましがりますよ」

「……え?この服が?」

「ええ。タカルルの神です。風と雲を司る神様で、ラライスリの恋人です」

「ラライスリ……」

 その名前は聞いたことがあった。確か、メリッサが話したような気がする。

「ラライスリって、女神だったっけ?」

「はい。海の化身です。神様の中では、一番偉いんですよ。カハ祭りの中心です」

 そうだ、思い出した。

「ひょっとして、パットがやるの?」

「はい。私も、あの衣装は初めて見ました。去年は、アグアココだけだったそうですが、パトリシアさんが演って凄い人気だったそうです。村で祭りに参加した人が言っていました」

「へえ。パットがねえ」

「ラライスリは、神話によると少女の姿をしているそうです。すごく綺麗で、男はみんな一目見ただけで夢中になります。でも気まぐれで、ある人には親切に魚のいる場所を教えてくれたりしますけど、嫌われると色々ひどい目にあわされるんです」

 それならますますパットにぴったりだな、と洋一は思った。

「じゃあ、今年の海の祭りでは、ラライスリが出るんだ」

「そうみたいですね。私はよく知りませんが」

 シャナが知らないのは当然だろう。しかし、こうしてそれぞれの衣装を用意してあるところを見ると、どうやら誰かの思いつきどころではなくて、予定が組まれている公算が高い。

 今夜の夕食は、仮装パーティーなのだろうか。

 そうに違いない。パットの衣装は、随分手が入っていた。洋一が着ているタカルルの衣装とやらは、どうみてもそこらへんの材料を集めてでっちあげたものだが、パットのラライスリの衣装は念入りに作ったものだ。

 しかも、パットの体型に合わせてあるところを見ると、去年のものではないだろう。パットの年頃は、毎年成長が著しいはずだから、今年のカハ祭り用に新しく作ったものに違いない。

 しかし、パットはこの指揮船に密航したようなことを、誰かが言っていなかっただろうか。

 どうも、入ってくる情報が矛盾している。今のところ、それが何を意味するのかかいもくわからないのだが。

 とにかく、考えても始まらない、と洋一は思った。洋一が何を考えようと、事態にはほとんど影響がないのだ。言われた通りにするしかないのである。

「まあいいや。それで、これから俺たちはどうすることになっているか知ってる?」

「夕食の用意が出来たら、迎えにきてくれるそうです」

「それじゃ、待つしかないわけか」

「はい」

 ため息をついてソファーに座り直した洋一をよそ目に、シャナはすまして腰を降ろした。

 きれいに膝を揃えて座っていても、衣装が衣装だけに何となく目のやり場に困る。水着だと思えばどうってことないのだが、向かい合ったまま押し黙っていると何となく居心地が悪い。

 舷窓から外を見ると、まだまだ日は沈みそうもない。洋一は、はあっと息をついて立ち上がると、甲板に出た。

パットは、操舵室の屋根に座っていた。あの衣装を着たままで、霞のような衣装が風になびいている。

光の加減なのか、パットの顔がひどく大人びて見える。

 洋一の位置から見ると、少し見上げる形になる。金髪とリボンが風にあおられて乱れるたびに、パットの整った顔立ちがあらわになる。

 洋一に飛びついて跳ね回っているパットの面影は、まったくない。そこにいるのは、見ただけで感動するほど魅力的な女性だ。

 メリッサの妹なのだ。今はまだ幼さが勝っているが、成長すればあるいはメリッサ以上の美女になるかもしれない。

 ごく自然なポーズで水平線を眺めているパットは、水面からの照り返しを全身に受けて輝き、本当に海の女神のように見えた。

 洋一が見とれていると、パットは視線を感じたのか振り返った。

「ヨーイチ!」

 たちまち跳ねるように起きあがり、飛びついてくる。一瞬のうちに、海の女神ははしゃぐ少女に変化してしまった。

 勢いよくぶつかってきたパットを抱き留めて、洋一はため息をつく。

 海の魔法なのかもしれない。

 パットが女神になるのも、再び活発な少女に戻るのも、ココ島の魔法のせいなのかもしれない。だが、本当の魔法は、洋一の腕の中にちょっと幼いがすばらしく魅力的な少女がいることだろう。

 この魔法は、いつまで続くのか。

 続いて欲しいのか、早く終わってほしいのか、洋一にもわからなかった。

 南太平洋の日没は、いきなり始まって終わる。ちょっと前まで天頂にあったはずの太陽が、西の水平線に接したかと思うと、あっという間に没した。

 たちまち、天上では満天の星が輝きはじめる。今日も雲ひとつない、光の洪水だった。

 洋一は、食事船の舳先で出番を待っていた。

 今日もカハ祭り船団のほとんどの船から人が集まっている。さらに、カナラ村からも相当数の村民が大小さまざまな船で乗りつけているせいで、食事船の甲板は渋谷の雑踏並に込み合っていた。

 洋一がいる場所は、いわば舞台裏だった。中部甲板をすべて解放し、イベント用に舞台装置を配置したため、撤去されたテーブルやイスといった備品が山のように折り重なっている。

 その他にも、洋一と同じようにイベントの出番を待つ人々が思い思いの姿勢で押し込まれていた。

 そのほぼ半数が、仮装している。といっても洋一やパットのようにはっきりした「役」を振り当てられている者はごく少数で、大部分は「その他大勢」だった。

 シャナも、ビキニ同然の衣装をつけた数人の少女たちとともに待機している。シャナたちの役は、どうやら大気や光の精霊といったところらしい。特に個性があるわけではなくて、主要人物が何かやるたびにあたりを舞い踊るといった役だということだった。

 もっとも、洋一たちにしてもきまったセリフや振り付けがあるわけでもなく、洋一はアマンダから「合図があったら出ていけばいいから」という指示を受けただけである。

 ココ島に伝わる神話で、神様がオールスターで出演するエピソードがあるらしい。ストーリーはココ島民であれば誰でも知っているから、イベントにしてもぶっつけ本番で出来るのだ。

 もちろんカハ祭りのイベントだから、神様が出るだけではなくて、最後の方でカハ族成立のエピソードが入る。何でも、カハ族の守り神である女神のラライスリが、愛を込めてカハ族を祝福するというものだそうだ。

 そのへんのストーリーについては、洋一はよく判らない。知らなくても出来るから、と言われてそのままになってしまったのである。

 さっきから気になっているのだが、シャナを囲んだ少女たちが、洋一の方を見てコソコソ話し合い、くすくす笑いがもれてくる。

 シャナはいつものようにすましているだけだが、質問されては何か答えていたから、どうやら洋一の情報はシャナから漏れたと見える。

 洋一は、カハ祭りに参加したただ一人の日本人として目立っている上、どうやら洋一の着ている衣装が問題だということらしい。

 風と雲を司るタカルルの神は、ココ島の神話では、神様の中でかなり重要な地位を占めている。それだけなら大した問題はないが、女神ラライスリの恋人とされている。

 そして、ラライスリにはパットが扮するのだ。

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