第29章
メリッサを見送っていると、パットが洋一の手を引っ張って何かまくしたてた。とぎれとぎれに日本語と英語がまじる。
「フク! カハ・フェスティバル!」
「あの、アマンダさんから言付けで、今夜の食事のときに着てくるように、ということです」
パットの言うことはわけがわからないが、シャナの通訳もあまり理解を進める効果はなかった。
「服?今夜の食事で着る?何のことだい」
「ゲスト・クロース!」
「カハ祭りの、ゲストの衣装だそうです」
シャナはあいかわらず真面目くさった表情だったが、話しながら顔にちらっと笑みが走った。なんだか、おかしがっているような、気の毒がっているような笑みだった。
「キガエ! クロス・チェンジ!」
パットが、包みのひとつを拾い上げると、そのまま船室に駆け込んだ。洋一があっけにとられていると、シャナが荷物を差し出す。
「これ、ヨーイチさんの分です」
「これって、服なの?」
シャナは頷いた後、肩をすくめた。シャナも別の包みを抱えている。
洋一はため息をついて、シャナとともに船室に入った。
パットは見えなかった。奥の寝だなで着替えているのだろう。シャナがスタスタと奥に歩いていった。この部屋は洋一が使えということらしい。
洋一は、包みを解いてみた。
ロープのようなもの、というのが第一印象だった。マントにしては大きすぎる。
広げてみると、何とも表現しようがない派手で巨大な布だった。端の方に紐がついていて、一応は着ることが出来るようになっている。だが、どうみてもカハ祭りのゲストの服というよりは、手軽にでっち上げただけの宴会用の衣装に見えた。
もうひとつ、別の包みが入っていたのであけてみると、こちらは爆発したような羽飾りだった。ゴムがついているところをみると、どうやら帽子らしい。
カハ祭りというのは、ゲストに宴会芸人をやらせるのだろうか?
いや、と洋一は頭を抱えた。
今日見た海のカハ祭りや、ソクハキリの屋敷の前で見た山車からすると、この衣装は正式なものである公算が高い。とすれば、洋一には拒否権はないのだ。
洋一は、日本領事館の臨時職員として、カハ祭りのゲストを勤めなければならないのである。いかに猪野に騙されたとはいえ、ここで逃げるわけにはいかない。
実際問題として、逃げようがないことも事実だ。どこに逃げるというのだろう。パットやメリッサと親しくしているといっても、しょせん洋一はアウトサイダーなのだ。フライマン共和国に迷い込んできた、重要人物でも何でもない一外人にすぎない。何かあっても庇ってくれる人はいないだろう。
日本領事館に駆け込むという手もあるが、その日本領事館に雇われている身でそんなことをしても何にもならない。
まあ、危険だというわけでもないしな、と洋一は無理に自分を納得させた。
これもひとつの経験と思えばいい。考えようによっては、カハ祭りという不思議なイベントに、ゲストという立場で参加できるのだ。
どんな観光代理店に頼んでも出来ないことだ。しかも、ロハどころか衣食住付きで給料まで出る。その上、それぞれに魅力的な美女や美少女が後から後から出てくるのである。
洋一のような、これといった特技や才能もなく金もない庶民にとっては、宝くじに当たったようなものではないか。
天国といっていい。
洋一は、衣装を着込み、パレードのブラスバンド隊員のような飾りものをかぶって、ため息をついた。そうやって、ともすれば落ち込みそうになる自分を励ましているのだが、いつまでもつことか。
「ヨーイチ」
後ろからパットの声がした。いつもの弾けるような勢いがないことにいぶかりながら振り向いた洋一は、そのままの姿勢で釘付けになった。
パットが、恥ずかしそうにうつむいて、下目使いに洋一を見ながら立っていた。
パットの全身は、靄のようなもので覆われている。よく見ると、ほとんど透けてみえるような薄くて白い布を羽織っているらしい。
靄の中のパットは、身体の線がくっきりと浮き出すような衣装をまとっていた。こちらも、よほど薄い生地なのか、胸や腰の曲線がはっきり見えている。
薄い生地で出来た色とりどりのリボンが、パットの短い金髪を覆っていた。明るい色のリボンばかりなので、金髪に映えてパットの白い顔が輝くようだ。
すんなり伸びた足にも、薄いリボンがひらひらしている。
アイドル歌手のステージ衣装そこのけだったが、不思議とケバケバしいかんじはしない。見た目が派手であるにもかかわらず、全体としての印象は上品なのだ。
まるで妖精のようだった。
洋一は、ポカンと口をあけたままパットに見とれていた。
メリッサの印象が強すぎて、パットのことを失念していたのだが、こうしてみるとパットもなかなかどうして負けていない。
身体つきはスレンダーだし顔つきもまだ幼いが、その分清楚な魅力が匂うようだ。
「ヨーイチ」
パットは、洋一の視線を感じたのか、胸を手で隠すように手を合わせた。頬がうっすら染まって、瞳も潤んでいる。
洋一が、つまる喉から無理矢理声を絞り出そうとしたとき、パットの後ろからシャナが現れた。
「ヨーイチさん、準備出来ました?」
いつもながらの冷静な声に、その場の魔法が解けた。
パットは寝ているところをいきなり叩き起こされたように飛び上がると、一瞬立ちすくんだ後、飛び出していってしまった。
洋一の方も、腰が砕けてソファーに座り込んだ。なんだか夢を見ていたようだ。あのままだったら、次に何が起こっていたか、考えるのも恐ろしい。
「ヨーイチさん、どうかしたんですか?」
シャナだけが、まったく雰囲気に流されなかった。飛び出していったパットの態度にいささかも動じていないようで、座り込んだ洋一に声をかける。
「いや、なんでもない」
洋一は弱々しく言って、シャナを見上げる。そして、ふたたび硬直した。
シャナは、洋一の前に立って、洋一の顔をのぞき込むように身体を傾けていた。
シャナもカハ祭りの衣装らしい服に着替えていて、こちらはやたらに露出度が高い。腰蓑のようなリボンで出来たパンツと、胸を覆うビキニ風の上着だけしか身につけていないのだ。
すらりとした足やへそが丸見えの上、身体を傾けているせいでアイドルの水着グラビアのように、胸の隙間がはっきり見えている。
シャナは年相応にスレンダーな体つきだったから、色っぽいというほどではない。だが細身ですんなりのびた手足に、整った顔立ちに真剣な表情を浮かべたシャナは、十分に魅力的だった。
しかも、ただのビキニならともかく、色とりどりのカハ祭り衣装なのである。どういうわけかよくわからないが、洋一はカッと頭に血が上るような衝撃を受けてしまった。
力が抜けて再びソファーに腰を落とす。シャナは不思議そうに、ますます顔を近づけてくる。