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第28章

 洋一は、甲板の手すりによりかかって外洋を見ていた。メリッサが、ごく自然に洋一の隣に立つ。きらきら光る金髪がなびいて、メリッサの方から熱気のようなものが押し寄せてくるようだ。洋一は、沖の方から目がはなせなくなってしまった。

 今日は波も穏やかだし、空はあいかわらずの晴天である。こんな天気の日に金髪美女と2人きりでヨットに乗っている。どうすれば良いというのだろう。

 仕方なく、洋一は話し始めた。

「ココ島に来て、これだけ日本語話せるとは思わなかったなあ。今まで行った国じゃ、ぜんぜんだったからね」

「どんな国に行ったのですか?」

「まず飛行機で香港へ行って、それから船と飛行機を乗り継いでずっと南下してきた。オーストラリアとニュージーランドにも寄ったんだけど、その後大回りしてインドネシアあたりに行ってから、なんだかよくわからなくなった。あのへん、島ばかりで国と国の境目がはっきりしないから。それで、ある日お金を盗まれて」

「まあ。大丈夫……だったんですよね、今ここにいるんだから」

「うん。幸い、パスポートはあったし、お金は少しだけど別にしていたから、とりあえずは大丈夫だった。だけど、そこは観光地でもなんでもない港町で、警察に行ってもよく言葉が通じなくて、やっと親切な人が日本領事館がある場所のことを教えてくれた」

「それが、ココ島だったんですか」

「というか、他にもあったんだけど、都合よく船が向かうのがココ島しかなくて。別の船だと、1週間くらい待たなくちゃならなかったんだけど、そんなに待てるほどお金が無かった。それに、ココ島行きの船は船賃がわりに働けばタダでいいと言ってくれたし」

 実際、あのときは生きた心地がしなかった。船上で何をされても、文句が言えない立場だったのである。貞操の危機すら覚悟していたのだが、特にそんなことは起こらなかった。洋一の被害妄想かもしれなかったが、行く先がココ島だったということが洋一を守ったのかもしれない。

 ココ島に行く日本人に何かあったら、他の島よりは騒ぎが大きくなるのは確実だ。その意味では、洋一は正しい判断をしたと言える。 今思えば、いきなり貨物船に乗らなくても他に方法がいくらでもあったという気がするのだが、パニック状態で思いつけたのは、とにかくあの港町から離れるということだったのだ。

 結果的には、なんだかよくわからないうちに洋一の回りが勝手に動いてしまい、その結果として今、南太平洋の島の沖合でヨットに乗り、傍らには目もくらむような金髪の美女がいる。

 カハ祭り船団の人質だか賓客だかをさせられるという不幸に陥ってはいるが、もっとひどいことになっていた可能性があったことを考えると、幸運だったに違いない。

 その美女が言った。

「でも、ヨーイチさんが来てくれてうれしかった」

「え?」

「ソクハキリが悩んでいたんです。今年のカハ祭りは、ただではすみそうにないって」

「ああ、そう」

 期待は一瞬で砕け散った。そんなはずはないと思ってはいても、つい期待してしまうのが男というものなのだ。

 気を取り直して、洋一は話を続ける。

「カハ祭りか。なんというか、こんなもんだとは想像もしてなかったなあ」

「そうですか?」

「うん。ソクハキリさんに最初に聞かされたときには、どんなもの凄い祭りかと思った。死人が出そうな話だったしね」

 メリッサは、くすくす笑った。もうすっかり明るくなっている。

「実際に見て、どうでしたか?」

「うん。思ったよりきちんとしている……というか、参加する人が楽しんでやっているみたいだね。アマンダさんたちの支援組織がしっかりしていて、ただメチャクチャに暴れるという祭りじゃない。きちんとコントロールされていると思った」

「そうですね」

 メリッサは、かわいらしく頭を傾げた。

「アマンダは、毎年指揮をやっているんです。もう5、6年になるんじゃないかしら。だから、今ではほとんどルーティンワークですね」

「慣れてると思った」

「毎年、規模が大きくなっているそうです。私は、今年初めて食事のお世話をすることになったんです」

「パットは?」

「パティも海に出るのは初めてじゃないかしら。去年は大御輿のマスコットをしていたと思います。ココ島の神話にラライスリという女神が出てくるんですけど、少女の姿をしていて、今のパティがぴったりなんです。私も見ましたけど、玉座に座ってみんなにかしづかれてました」

「なるほど。さぞ退屈だっただろうな」

 あの活動的なパットが、そんなお飾りの役に満足するはずがない。今年はうまく逃げ出してきたというのが本当のところだろう。

「メリッサは?去年は何かやったの?」

「私は……去年は、まだ閉じこもっていましたから」

 メリッサはさりげなく言ったが、洋一は内心歯ぎしりしていた。これだから、考えなしと言われるのだ。

 だが、メリッサはもう完全に立ち直っていた。思ったよりタフなのかもしれない。

「パティが戻ってくるみたいです」

 メリッサが指さす方を見ると、ゴムボートがこちらに向かってくる。食事船に群がっていたボート群も、バラバラに岸に向かっているようだ。

「そろそろ出発かな」

「多分。今夜はカナラ村沖で過ごしますけれど、明日はグラン村まで行くってアマンダが言ってました」

 ゴムボートは、たちまち大きくなったかと思うと、巧みに舵をきって船腹に横づけした。 パットが飛ぶように上ってくる。舵をとっていたのはシャナだった。おっとりしているように見えてもさすがに浜辺の村の娘だ。

「ヨーイチ!」

 パットは洋一に飛びついて、何かまくし立てた。もはや英語や日本語で話そうという努力は放棄したらしい。

 シャナが上ってきた。洋一をみて、かるく会釈してから、ロープを引いて荷物をひっぱり上げる。実にシステマティックな動作で、こういった作業に慣れている。

 荷物は、いくつかの包みをまとめたものだった。シャナは、手早く包みを分ける。3つある。

 小柄なのに大人びてみえるのは、態度が大きく関係している。これで、パットと同年代らしいのだが。

 メリッサが短く言うと、パットは振り向いて言い返す。メリッサは肩をすくめた。

「アマンダが呼んでいるらしいです。夕食の支度がありますし、あちらに帰ります」

「ああ。それじゃ。ランチありがとう。とてもおいしかった」

 パットが睨んでいるので、洋一はぎちこなく言った。メリッサが一緒にいてくれるのはうれしいが、今日は色々あって疲れていた。美女とすごすのは、何もしなくても消耗する。

「夕食は、こちらに来てくださいね」

 メリッサは、パットを気にしたのか他人行儀で言うと、ゴムボートに乗り込む。

 シャナがもやい綱を解く。ゴムボートは確かな操舵で食事船へ向かった。メリッサも、やはり島の娘なのだ。

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