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第27章

 メリッサは、しばらく黙っていたが、そっとマグカップをテーブルに置いた。目を伏せて、ゆったりとソファにもたれかかる。

 うーんとのびをして、洋一を見て小さく舌を出す。

「いい気持ち。なんだか、すごくゆったりした気分」

 洋一のぽかんとした顔に、メリッサはとうとう笑い出した。

「……どうしたの?」

「ごめんなさい。ヨーイチさんの目が点になっていたので、つい」

「そう?」

「あ、悪い意味ではないんです。ヨーイチさんを見ていたら、急にリラックスしてきたんです。不思議です」

 かわいらしく笑うメリッサを見ていて、洋一は不意に気がついた。

 もう、メリッサが女神にも、映画スターにも見えない。確かに美しいが、それは人間としての綺麗さであって、抽象的な美の象徴ではなくなっていた。

 慣れだろうか。美人は3日で慣れるという話を聞いたことがあるが、洋一の場合は2日目が終わらないうちに慣れてしまったらしい。

 洋一も慣れたのだが、メリッサの方はそんな程度ではないようだ。慣れ、というよりは警戒を解いてしまったいる。

 男としては、あまり嬉しい話ではない。ないのだが、なにぶん洋一の意識の中には、初めて会ったときの美の女神としてのメリッサの強烈な印象が残っている。

 よって、まだメリッサを恋愛相手の女性として考えるには気後れがしていたため、あまりがっかりもしなかった。

 だがもちろん、いい気分ではない。理性では判っていても、感情的なものは残る。

「やっぱり、俺ってそんなに無害に見えるのかな?」

「いえ、あの、そうじゃなくて」

 メリッサは眉を寄せて口唇を噛んだ。小さく頭を傾げていた。何をやっても絵になる美女である。このままの姿を写真に撮れば、修正しなくても週刊誌のグラビアページを飾れるかもしれない。

 そういえば、メリッサはいくつなのだろう? パットの例もあるので、洋一にはメリッサの年がよく判らなかった。外見からは20歳前後と思う。だが落ち着いて見える一方、無表情だったり情緒不安定なところを見せたりする。

 さっきからの、はしゃいでいると言ってもいい態度は、まるで高校生のようである。

「そうではないんです。ごめんなさい」

 メリッサは、本当に困ったようだった。ほとんどべそをかきそうな表情になるのを見て、洋一はあわてて言った。

「いや、いいから。気にしてないよ。それに、本当に無害なんだから、安心していい」

 メリッサは、それでもまだ困ったようにうつむいていたが、感情の高ぶりは次第に収まってきたらしい。涙ぐんだ目でおずおずと微笑んでみせた。

 洋一には、アマンダが言っていたほどメリッサが神経質だとは思えなかった。だが、かなり感じやすい性質であるのは確かのようだ。

 人見知りが激しいのもそのせいだろうし、いったん警戒を解くと途端に親しくなるのもそのためだろう。

おそらく、これまではメリッサと親しくなるような人がほとんどいなかったのではないだろうか。

 カハ族の間では、ソクハキリの妹としての立場と、その飛び抜けた容姿のために、なまじの人間はうかつに近づけない。しかも、初対面ではメリッサが人見知りするために、二重の意味でメリッサと気安く話せる人間が現れにくくなっている。

 メリッサの性格とソクハキリがメリッサの回りにバリヤを作っていたと言える。

 洋一の場合は、いきなりメリッサの生活範囲内に踏み込んできた上に、必要に迫られてメリッサと何度も接触した。最初は警戒していただろうが、何度も会っているうちに、洋一が危険な人間ではないことが判ってきたはずだ。

 パットがあれだけなついていることも、メリッサの態度を軟化させる上で大きな力があったに違いない。

 さして、極めつけは昨日の夜だ。眠り込んだパットを一緒に寝かしつけるという体験は、メリッサにとって人見知りという壁を乗り越える最後のステップとなったはずだった。

 その結果、メリッサは自分でも気がつかないうちに、洋一への警戒を解いてしまったのだろう。

 そして、自分でもそのことに気づかず、戸惑っている。

 洋一は、慎重に言った。

「ま、いいじゃないか。とにかく、メリッサが話してくれるようになったことは嬉しいよ」

「私、そんなに無愛想でした?」

「最初会ったときは、女神様かと思った」

 洋一はそんなつもりはなかったのだが、メリッサは泣きそうな顔になった。ほめ言葉とは受け取れないのだ。

「そんなに……人間らしくなかったですか?」

「い、いや、そうじゃなくて」

 まったく何をやっているのだろう。こんな美女を前にして、口説くわけでもないのにご機嫌をとらなければならないとは。しかも、なだめようとすると口説き文句になってしまうのだ。

 仕方がなかった。洋一は、覚悟を決めた。

「本当に女神だと思ったんだよ。まだ、メリッサと話してなかったしね。それから、部屋の支度をしてくれたり、朝の料理を作ってくれただろう。あのベーコンは絶品だった」

 言いながら、洋一は気が遠くなりそうだった。こんな口説き文句は、洋一のキャラクターに合わない。

「でも」

 メリッサが泣きやんでいる。もう一息だ。

「それから、昨日の夕食!すごくうまかった。それにあの後、一緒にパットを運んでくれて、メリッサがやっと女神様から俺に近づいてきたような気がするんだ」

 顔から火が出そうだった。これではローティーン向けの青春小説だ。くだらない素人劇で無理矢理イケメン役をやらされるって、どんな罰だよ。

「そう、ですか」

 だが、効果はあったらしい。メリッサが、小さく微笑んだ。日本語をどこまで理解しているのか、いまひとつ判らないところがあるが、色々言葉の裏の意味をかんぐったりしない分、かえってストレートに気持ちが伝わったようだ。

 洋一の口説き文句に乗ったというよりは、言葉に込められた気持ちが伝わったということだろう。

「まあ、とにかく」

 洋一は、ほっとしながら立ち上がった。

「メリッサが日本語話してくれるんで助かっているんだ。アマンダさんは忙しそうだし、パットの日本語も俺の英語もどっこいどっこいだからね。もどかしくて」

「パティの前では言わない方がいいですよ」

 メリッサも腰を浮かせて、マグカップを片づける。

「あの娘、ヨーイチさんとうまく話せなくて頭にきているみたいだから」

「気をつけるよ」

 メリッサは、微笑みながら頷いた。まだ瞳が潤んでいるが、口調は明るさを取り戻している。落ち込みが早い分、立ち直るのも早いらしい。本来は、明るい性格なのかもしれない。

 食器を片づけるメリッサを待って、洋一は甲板に出た。まだ日は高い。

 食事船には、まだかなりのボートが横付けされていて、すぐに出発というわけではないようだ。

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