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第26章

 どうも洋一を意識したらしい。メリッサが持ち込んだランチは、半分以上が日本食もどきだった。

 漬物のようなものは、全部が塩辛すぎることを除いては、漬物そのものに思えた。煮豆とか納豆みたいなものもあったが、幸いなことに本物よりよほど洋一の味覚に合致している。

 味噌汁もあった。アマンダが言った通り、何を材料に使っているのか判らないが、絶品といっていい味である。

 メリッサの微笑みにこの味噌汁を合わせれば、それこそ理想の女房が実現するかもしれない。

 焼き魚は外見上日本の塩焼きと区別がつかないほどだった。もっとも、まずくはないが妙な味で、日本でなら珍味として人気が出るかもしれない。

メリッサが見守る中、洋一はとりあえずすべての食事に口をつけた。さすがに、全部食べるというわけにはいかなかったが、半分以上を平らげるという奮闘ぶりに、メリッサはいたく感激したようだ。

 満腹してソファーにもたれかかる洋一に、メリッサはいそいそと後かたづけをしながら感謝の視線を注いでいた。

 シャナは、一見のんびり食べていたようだったが、その実かなりの量を片づけていた。小柄でほっそりしている割に健啖家なのかもしれない。

 パットも若さに任せて食べまくっていた。いつの間にかさっきまでの不機嫌さを忘れてしまったようである。

 こうしてメリッサを前にして他の2人を見ていると、やはり幼さが目立つ。身体的というよりも態度に出るのである。

 パットなど、最初に出会ったときは本人がせいいっぱい背伸びしていたせいもあるが、洋一と同年代にすら見えたものだ。だが満腹して伸びをしている姿を見れば、本当にかわいい子供そのものである。

 シャナも態度だけ見れば、その落ち着きは老成しているといってもいいくらいだったが、こっそりゲップをしている顔は年相応である。

「コーヒー、いかがですか?」

「あ、お願いします」

洋一は思わずかしこまってしまった。

 メリッサは手際よく食器を片づけて魔法瓶を取り出した。さすがにコーヒーセットはないらしく、マグカップが並ぶ。

 コーヒーはうまかった。

 洋一は、インスタントと専門店のコーヒーの違いも判らない男だったが、うまいコーヒーは飲めば判る。

「メリッサが煎れたの?」

「はい。本当は、挽いてすぐに出したかったんですが」

メリッサは残念そうに言ったが、小型船でインスタントではないコーヒーが飲めるのなら御の字だろう。

 洋一は、ソファーによりかかってコーヒーをすすりながら、メリッサを盗み見た。

 あいかわらず魅力的だった。いや、会うたびに新たな面を見せて、かえって魅力が増してさえいる。

 ショートパンツから伸びた長くて白い足は、微かに日に焼けている。あちこちに擦り傷や小さなシミのようなものも見えるが、それはメリッサの生活力の印である。そんな欠点が、かえってメリッサを内側から輝かせていた。

 整いすぎた顔立ちは、ともすれば無機的な印象を与える。現に、ソクハキリの屋敷で初めて会ったときには、まるで女神の像のように感じられたものだ。

 その後、働いている姿を見るたびに、人間としてのメリッサが身近に感じられるようになってきた。メリッサの性格が、最初の印象よりずっと親しみやすかったこともあるのだが。

 だが、それ以上に外見が近づきがたいほど魅力を増している。Tシャツを押し上げる胸、ぶかぶかのTシャツでもはっきり判るくびれた腰の線、後ろで緩く結んであるものの、ほつれた金色の糸が完璧な顔の回りでふわふわ揺れている。

 どんなポーズをとっても絵になる。まるで映画スターのグラビア撮影に立ち会っているようだ。

 なんとなく、ぎこちない雰囲気が判ったのだろう。不意にパットが立ち上がると、メリッサに何かを鋭く言った。そのまま出ていってしまった。

 続いてシャナがおっとりと立ち上がる。メリッサに短く何か言ってから、洋一にちらっと視線を投げて、パットの後を追った。

「パットたち、何を言っての?」

 洋一が聞くと、メリッサは困ったような顔で手を頬にあてた。

「なんでもないです。あの娘、何か誤解してるみたいです」

 メリッサのようすをみていると、パットが何を言ったのか大体わかる気がする。だが、未だに映画女優並の美女が目の前にいるという現実が信じられない洋一は、激しく頭を振って妄想を追い払った。

 夢は見ているうちが花なのだ。

 洋一がぼんやりしていると、食器を片づけたメリッサがソファーに座った。

「パティたち、本船に行ったらしいです。今夜の準備があるんですって」

「そうなんだ。メリッサはまだ食事船に帰らなくていいの?」

「はい。今夜の夕食は、まかせてきちゃいましたから」

 微笑みながら言うメリッサは、どことなくかんじが柔らかい。さっきまであった微かな緊張がなくなっている。

 そういえば、メリッサの日本語に感じていた違和感も消えていた。メリッサが変わったとは思えないから、洋一の方が慣れたのだろう。

 しかし、今日のメリッサは女子高生のようなイントネーションである。金髪の美女がこんな口調で話すのを聞くと、やはり少しとまどってしまう。

 ニコニコしながら洋一を見ていたメリッサが突然言った。

「でも、パティったら本当にヨーイチさんが好きなのね」

 最後の方は、からかうような口調だったので、洋一はほっとした。自分でも何にほっとしたのかよくわからなかったが。

「日本人が珍しいんだろう」

「そんなことないです。昔から、うちにはよく日本の人が出入りしていましたから」

「へえ」

「でも、あの娘ったら今まで近寄ったこともなかったんです。私なんか、てっきり日本の人が嫌いなんだと思っていたのに。だから、パティがあんなに気にいるなんて、どんな人なんだろうって……」

「でも、屋敷で会ったときには口がきけないのかと思ったけど?」

 洋一は、これまでを思い出しながら言った。美しいが無表情のメイドサービスや、ロボットのようだった朝食での出会いなど、今こうして話しているのが信じられない。

「あれは忘れて!」

 メリッサは、顔を隠して叫んだ。「わたし、人見知りするんです。アマンダから聞いているかもしれないけど、緊張して本当に口がきけなくなったりするんです」

「うーん。今のメリッサからは、ちょっと想像がつかない。今でも、別人だとしか思えないよ」

 洋一は辟易して言った。

 本当に信じられない。洋一の前で表情豊かに話すメリッサは、もうすっかり親しい友人としての口調だ。

 人見知りの人がいったん警戒を解くと、こうまで打ち解けるものだろうか。

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