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第24章

 洋一は、シャナの顔を凝視した。

 この少女は、ものすごく頭が良いのだろう。カセットテープだけで外国語をいくつも取得してしまうくらいだから記憶力は保証付きだが、それ以上に洞察力にも富んでいる。

 なるほど、カハ祭りで沸きたっているカナラ村に上陸しようと思うなら、興奮した群衆でいっぱいの海岸は避けようとするばずた。

 喧噪を避けて港の突堤や桟橋にボートをつけた訪問者は、一本道で当然このメインストリートにやってくる。

 そうすれば、ストリートでただ一軒店を開けているシャナの商店に入ってくるのは当然で、結論としてシャナは店番をしながら待っているのが、訪問者に確実に出会える一番の方法なのだ。

 その時、用が済んだのかアマンダが現れた。

「あらあら、もう新しい娘に目をつけたの。あいかわらず見かけによらない凄腕ね」

「……何とでも言って下さい」

 洋一も、もう逆らわない。

「ジョークよジョーク。あら、ローグ。こちらが例のお孫さん? 似てなくて良かったわね」

 これは洋一のために言ったらしい。その後は早口の現地語になる。

 ローグも何か返してから、洋一を見て肩をすくめて言った。

「アマンダ嬢ちゃんも言うようになったて」

 ブツブツ言いながら、それでもうれしそうにアマンダと抱き合う。このへんは、ローグもアマンダも欧米風である。

 ローグがこれほどアマンダと親しいのは意外だったが、ローグとてココ島では海外通に入るだろうし顔も広そうである。むしろ当然かもしれない。

「もう用意は出来ているのね? それじゃ、このままいきましょう。あと2時間で出航しなくちゃならないのよ」

 アマンダは、せっかちに言った。カハ祭り船団の指揮官としては、ゆっくり休んでゆくなどという発想はないらしい。

 洋一としては、別に急いで船に帰る理由は無かったのだが、どうもカナラ村にこれ以上いても何もなさそうではあるし、万が一出航に遅れでもしたら大事である。

 洋一を置いてゆくなどという事態にはならないだろうが、「カハ船団を止めた日本人」などという名前で有名になってもつまらない。

 洋一としては、とにかく過不足無く無事に目立たずに過ごしたいだけなのであり、それに反するような行為は慎みたい。

 だが、続いてアマンダはとんでもないことを言い出した。

「ヨーイチ、シャナはあなたに預けるから、よろしくね」

「預けるって……そんな」

「パティがいるじゃないの。年格好も似たようなものだし、この際もうひとりくらい増えてもいいでしょう。いいわよね? ローグ」

「いいとも。ヨーイチなら安心だ」

 ローグはニヤッと笑ってウインクしてみせた。

 どういう意味で「安心」なのかは、その顔を見ればわかる。洋一は、何も言わずに運命に屈した。

 シャナは、おっとりと店に入ると、しばらくしてナップザックをかついで出てきた。いつでも出かけられるように、用意してあったらしい。

「元気でやれよ。たまには手紙よこせよな」

 ローグのげんなりする見送りの言葉を背に受けて、洋一たちはカナラ村のメインストリートを後にした。

 アマンダとは、桟橋で別れた。アマンダは細々した荷物を積み込んでいるボートで直接食事船に帰るらしい。

 洋一、パット、シャナの一行は、沈黙したままゴムボートまで戻った。

 洋一とシャナが無口なのはわかるが、パットまで無言である。シャナがくっついてくると決まった途端に、この同年代の少女を警戒し始めたらしい。

 不思議なもので、そうなると今までのように洋一にべったりということはなくなったのだが、そのかわりに洋一は常にパットの視線を感じていた。

 シャナの方は、あいかわらず唯我独尊というか、悠々せまらざる態度で座っている。

 洋一を意識しているのかいないのか、時々じっとこっちを見ていることがあり、洋一は落ち着かない。これまでに現れた女の中にはいなかったタイプの少女である。

 今ですら扱いきれないほどの女が回りに集まってきているのに、さらに謎の部分が多い少女の世話まで加わるというのはつらい。

 頭のいい女は、どちらかというと好みな洋一だったが、まだほんの少女であることだし、大体ローグの孫娘とあっては同行を断れるはずもない。結局のところ、いつもの通り流されるしかないのだった。

 海上では、そろそろ騒ぎが収まりつつあった。ボートはカハ祭り船団の各船から離れて陸に向かっている。いつの間にか海岸からの騒音もなくなっていた。

 洋一たちの指揮船は、碇を降ろしていた。別に洋一を待っていたわけではなく、カハ祭り船団の各船の位置決めのためのブイ代わりになっているらしい。

 パットがゴムボートを手際よく指揮船に横付けする。まず洋一がへっぴり腰で縄ばしごを上る。続いて、シャナがおっとりしたようなかんじで、しかし意外にすばやく上ってくる。最後にパットが跳ね上がるように上がってくると、洋一にロープを渡した。

「ボート! アップ。アゲル!」

 パットが、なぜか不機嫌に言う。すると、シャナが後ろから付け加えた。

「ゴムボートを、引き上げるので、引っ張ってくれという意味ではないでしょうか」

「ああ、うん」

 洋一は気圧されて、たじたじしながらロープを引く。だが、あまりの重さにロープはびくともしなかった。

 死にものぐるいでロープを引いていると、シェリーが飛んできた。何か言いながら、洋一の手からロープを奪う。そのまま、船尾のクレーンに結びつける。

 どうやら、手で引き上げるのではないらしい。

 げんなりしながらシャナを見ると、シャナはすました顔をしていた。パットがふくれっつらなのとは対照的である。

 度胸がいいのか厚顔無恥なのか、あるいは単に日本語が思ったほど出来ないだけなのかもしれない。

 洋一は、がっくりして船室に向かった。なんだかひどく疲れていた。ソファーにころがると、そのまま目をつぶる。幸い、パットとシャナは入ってこなかった。

 流されろ、流されるんだと自分に言い聞かせる。とにかく、カハ祭りの間だけ切り抜ければいいのだ。そうすればなつかしい日本に帰れる。今となっては、なんだか日本が夢の中の幻の国のように思えるが。

 洋一はそのまましばらくじっとしていたが、いきなり腹が鳴って起きあがった。

 そういえば、今何時なんだろう?

 朝飯のサンドイッチは結構早く食べたし、今はもう昼すぎだ。昼食はどうなったのだろう?

 甲板に出てみると、シャナがひとりでちょこんと座り込んでいた。

 結跏趺坐というか、座禅のようなポーズである。緩い海風に髪がなびいている。目を閉じた顔は、整っていることもあって仏像のように穏やかに見える。

 しかし、シャナは洋一が近づくと、いきなりぱっちりと目を開いた。

「ここは気持ちがいいですね。私、あまり海に出たことがないんです。海岸では砂が飛んできて、こんなふうにゆっくりしていられません」

 あいかわらず正確無比な日本語だが、妙に抑揚が欠けていて、日本人と間違えることはない。

おまけに外見の幼さに比べて口調が老成しすぎていて、ひどい違和感がある。なんだか、自動人形と話しているような気がする。

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