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第23章

 しばらくそうやっていると、ふと日が陰った。続いて、ひんやりとした感触が頬に当たる。

「なんだ?」

 洋一が叫んで飛び上がると、目の前にきょとんとした少女の顔があった。

 麦藁帽子をかぶって、洋一の前に立っているせいで日が陰っている。ギラギラした直射日光が少女の影で遮られたせいで、涼しく感じられたようだ。

 そして、少女は何のつもりか汗をかいた瓶を洋一の頬に押しつけたらしい。

 少女は目をパチクリさせて、例の低い声で何か話した。洋一にはさっぱり理解不能である。

「パット!」

「ナニ?」

 パットが、店からひょいっと顔を出す。

「この……人が何言っているのか、聞いてくれ」

「キイテクレ? キク? ヤー!」

 あいかわらずパットの日本語は怪しい。

 それでも、パットは少女と素早く話し、洋一の方を向いた。

「ヨーイチ。ココ、ヒート……アツイ。コーク、サービス」

 洋一が見ると、少女はにっこり笑ってコーラの瓶を差し出した。いきなり人の頬に冷たいコーラの瓶を押しつけるような非常識な少女だが、親切心から出たとなれば怒るわけにもいかない。

「ありがとう……サンキュ」

 洋一は瓶を受け取りながら言った。

 日本語と英語のお礼の言葉が通じたのかどうかは不明だが、少女はもう一度にっこり笑ってから、深くおじぎした。

 日本風である。

 こんなところまで、日本の影響があるのだろうか?

 その時、後ろから声がした。

「また会ったな、若いの。言ったとおりだろ?」

 振り向くと、老人が笑っていた。

 見覚えがあると思ったら、洋一が初めてココ島に着いたときに、フライマンタウンまで案内してくれた老人である。

「ああ、ローグさん……でしたよね? 久しぶりです。ここに住んでいたんですか」

「無理して敬語使うことないぞ」

 老人はニヤッと笑った。

「カハ祭りに、若い日本人が参加していると聞いてな。多分あんただろうと思ったんだが、やはりそうだったか。うまくやっとるようだな」

「うまくやっているというか……なりゆきです」

 洋一は頭を掻いた。

 なるほどローグにすれば、浮浪者同然でココ島に放り出された洋一が、カハ祭り船団に参加しているのを見れば、よほどうまく立ち回ったように見えるのだろう。

 ローグは、パットが何者なのかを知っているようだった。へりくだってはいないものの、ただの小娘に対するには丁寧すぎる態度でパットに挨拶する。

 パットの方も、そういった態度をとられることには慣れている。同じくらい丁寧に畏まって礼を返した。もっとも、パットの年齢では丁寧すぎるとイヤミになるが、そのへんは天性の資質なのか、無邪気さと愛嬌で明るく笑っておさめてしまう。

 ローグは、挨拶し終わったパットが洋一の腕にしがみつくのを見て、訳知り顔でニヤッとした。何を考えたのかは判る気がするが、この爺さんも一筋縄ではいかない。だから、洋一は考えるのをやめにした。

 もはやどう思われようが知ったことではない。ここまできたらカハ祭りが終わるまではひたすら耐えるしかないのである。

 ローグの後ろから覗いている少女と目が合うと、少女は柔らかく笑ってくれた。パットと同じ年頃に見えるが、身体の方は年相応にすらっとしているのに、表情や雰囲気は妙に大人びている。

「シャナ、挨拶しなさい。日本人のヨーイチだ」

 ローグが、いきなり言った。日本語であることに気づく間もなく、少女はゆったりとおじぎする。

「シャナ・ファニラット、です……。はじめまして」

 きれいな日本語だった。

 きれいすぎるといってもいい。まるで、日本語の学習用カセットテープの発音のようだ。

 こんな村の、店番の少女までが日本語を話すのか?

 洋一はため息をついた。本当にここは南太平洋の島なのだろうか。言葉が通じない不便さも困るが、通じすぎるのも不気味である。

 まあ、ひとつひとつはそれなりの原因があっての結果なのだろう。この少女、シャナもなんせローグ爺さんの孫だか曾孫だかなのだから、日本語が話せても不思議ではないのかもしれない。

 そんな洋一の考えは顔に出ていたのだろう。ローグは楽しげに言った。

「うまいもんじゃろ? シャナは耳がよくてな。昔、言語学習の教材カセットが一山売れ残ったことがあったんで、それをやったらオモチャにしてるだけで結構話せるようになっちまった。日本語だけじゃないぞ。英仏独語に北京語、韓国語も日常会話ならこなせる」

 自慢そうにシャナを眺めるが、シャナの方はあまり関心がないのか、洋一の顔をゆったりと見ているだけだ。

 じっと見つめられているせいで、洋一は尻のあたりがモゾモゾしてきた。シャナの視線はよく判らない。洋一に関心があるのは判るが、一体何についての関心なのか不明なのである。

「ということで、ヨーイチ、シャナのことはよろしく頼む」

 唐突にローグが言った。

「はあ?」

「なんじゃ、聞いとらんのか? 確かソクハキリの旦那は、カハ祭りに参加する日本人が万事承知だと言ったと思ったが?」

 またソクハキリか。

 どうやら、あの巨人の手はあらゆるところに伸びているようだ。洋一なんぞは、さしづめ仏の手の平の上で右往左往している孫悟空みたいなものだろう。

「いや、聞いているようないないような」

「なんじゃそりゃ?」

 洋一はため息をついた。

 美女が誰なのか、もはや判らないし、単数だとは限らないということか。

「……確かに、それらしいことは聞いていますが……しかし」

「シャナは、今度のカハ祭りをひどく楽しみにしとってな」

 ローグは人の話が終わるのを待つような男ではなかった。

「いつもならアグアココまで出かけるところなんじゃが、今回はカハ祭り船団が迎えに来てくれるというんで、ずっとここで見張っとったくらいだ。ほれ、みんな海岸まで出払っとるだろう」

 やはり、この村のゴーストウン化は、カハ祭りのせいだったのだ。

 すると、シャナはここで店番をしながら、ずっと待っていたというのか?

「それならあの船まで来れば良かったのに」

 突堤の先に、食事船が小さく見えている。アマンダたちカハ祭り船団の首脳陣は、あの船で祭りを切り回しているはずだ。

 すると、シャナが小声で言った。

「海岸は、大騒ぎです。だから、上陸するとしたら、ここに来ると思いました」

 ゆっくりだが、正確無比な日本語だった。

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