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第20章

 少女にコーヒーはまずいかなと思ったが、他に飲み物がないので、洋一はマグカップに熱い一杯をついで渡してやった。パットは両手で包むようにして受け取ると、おいしそうにすすりだした。

 シェリーが奥の部屋からひょいっと顔を出し、にっこりして洋一を呼んだ。

「ええと?」

「シャワールーム」

「ああ、シャワー。ありがとう」

 奥には、ロッカーほどの大きさのシャワールームがあった。

 よくもこんな小型船に、と感心していると、シェリーが拝むような身振りで言う。

「シーウォータ、シーウォータ」

「シー……ああ、海水か」

考えてみれば、こんな小型船で真水を使えるはずがない。

 だが、だったらわざわざシャワーを浴びなくても、海に飛び込めばいいのではないか?

 シェリーはポンプをいじっていたが、洋一の表情を読んだのか、両手のひらをあわせて洋一の腹を突く仕草をした。

「シャーク!」

 鮫が出るらしい。

 洋一はぞっとしながら頷いた。もし聞かなかったら、すぐにでも泳いでいたかもしれない。

 シェリーがにっこり笑って去ると、洋一は早速Tシャツとジーパンを脱いだ。丸めて棚に置き、パンツをその上に置く。シャワールームのビニールカーテンを閉める。

 日本にいたときには1日2回服を変えていた洋一だったが、南の島に1ケ月もいれば環境に順応する。パンツはともかく、シャツやズボンは1週間くらいは使いっぱなしで気にもならない。

 シェリーに教わった通り、ポンプのエンジンに点火すると、いきなり頭上から海水が降ってきた。

 さすがに冷たかったが、すぐに慣れる。ちょっとべとべとするが、あとでバケツの真水で身体を拭けばいい。

 いい気持ちでシャワーを浴びていると、突然ビニールカーテンが開いた。

 パットが、目を丸くして立っていた。

 一瞬、洋一とパットは無言で見つめ合った。次の瞬間には、まだ呆然としている洋一を後目に、パットは黙ったまま静かにカーテンを閉めた。

 静かに去って行くパットの気配を感じながら、洋一は肩を落とした。

 モロに見られたはずだが、パットのあの冷静さはどうだろう。ひょっとしたら、男の裸など見慣れているのか、あるいはまだ何も判っていないとか?

 何にせよ、助かった。あそこでパットが悲鳴でもあげていたら、シェリーにどう言い訳すればいいのかわからないところだった。

 洋一は、あわててシャワーを止めた。

 古ぼけたタオルは長期間使っていないのかごわごわだったが、手早く全身を拭いて服を着る。

 恐る恐る船室に戻ると、誰もいなかった。

甲板では、パットとシェリーが何やら話し合っていた。洋一が出て行くと、まずパットが無表情に振り返る。だが、口唇の端がピクピク動いている。

 シェリーは、さりげなくロープを手にとって仕事を始めた。やはり、後ろ姿が何かを語っていた。

 洋一は、回れ右をして船室に戻った。今は、とりあえずほとぼりをさますしかないだろう。

しばらく船室で寝転がっていると、エンジンが始動して船が動き始めるのが判った。

 カハ祭り船団も動いているらしい。

 船窓から見る他の船は、どんどん位置を変えている。

 洋一は甲板に出てみた。恐る恐るだったが、シェリーは操船に夢中で洋一に見向きもしないし、パットはどこに行ったのか姿が見えない。

 アマンダは結局、食事船から戻ってこなかったが、この船が船団を先導しているのは確かなようだ。指揮船といっても、要するに案内役のようなものだから、指揮者がいつもいる必要はないのだろう。

 船は、いつの間にか船団の先頭にたっていた。前方には一隻も船がいない。そのかわり、後ろを振り返ると壮観だった。無数に見える船が後に従っているのである。

 右手には、ココ島の海岸が続いている。この辺りは断崖絶壁が続いていて、カハ祭り船団は今日は通過するだけのようだ。

 そういえば、カハ祭り船団がいつまで祭りを続けるのか、洋一はまったく聞かされていない。そもそも一昨日の昼にいきなり出張を命じられたときには、せいぜい数日のつもりで多少の着替えを持ってきただけだったのだが、ひょっとしたらこの先1週間くらいは拘束されても不思議はなさそうである。

 誰も洋一にそのへんのところを説明することを思いつかなかった、というよりは説明する必要を認めていないような気がする。

 結局、みんなのコマとしてしか扱われてない現実を思い知らされて、洋一は改めてがっくりときた。

 しかしまあ、面白いことは面白いし、ソクハキリが約束した美女は次々に出てくるし、それなりに満足はしているのである。

 南太平洋の島で有り金を全部なくして放り出されたにしては、今のところうまくやっているといえる。しかも、この楽なバイトをこなせばどうやら無事に日本に帰れそうなのだ。何に文句を言う必要がある?

 洋一は、自分で納得して船室に向かった。とりあえずは、よけいなことは考えないで、現在の立場を楽しむに越したことはない。

 そもそも、あれだけの美女たちと身近に接するなど、日本にいたときには考えられなかったことなのである。

 船室のドアをあける。

 船室には、パットがいた。

 洋一とパットは目をつき合わせたまま凍りついた。

パットは何も身につけていなかった。

 どうやらシャワーのあと身体を拭いて服を着初めたところだったらしい。

 しかも、ソファーに座って片足を大きく上げ、かわいいパンティをはこうとしている最中だった。

 最初に我に返ったのは洋一だった。

 洋一は、とっさに後ろ手でドアをあけると、パットの視線を捕らえたまま後ずさりして船室を出た。

 静かにドアを閉めて、壁に背中をつけると、ズルズルと尻餅をつく。

 そのままパットの悲鳴を待った。とっさに凍りついたパットだったが、このままですむはずがない。気がつけば大騒ぎになるのは当たり前だ。

 不注意で済まされることではなかった。洋一がパットに覗かれたのとは訳が違うのである。

 だが、船室は静まり返ったままだった。シェリーも操舵室から降りてこないため、洋一はドアの前で釘付けになってしまった。

 やがて、洋一の不安が耐えられないほど大きくなるほどの時間がたってから、船室のドアが開いた。

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