第198章
その秘密は、島の人たちの運動量だと洋一は見ていた。
この島には公共輸送機関というものがない。車はあるが、フライマンタウンを除いては舗装道路すらほとんどないのだろう。わずかなオフロード車と物資輸送用トラック以外は馬車の輸送力が幅をきかせている状態で、それ以外はすべて船の輸送に頼っている。
だから、みんな実によく歩く。自転車すら走れないような道が大部分なのだから、どこかに行こうと思えば歩くか船に乗るしかない。
それならば船に乗ればいいと思うのは素人で、洋一の経験によれば船というのは乗っているだけで体力を使う。ましてや、近距離だとエンジンすらないボートを漕いで行くか、あるいは帆走しかないのだから、軟弱では生きていけない。
当然、ココ島では普通でも日本人の標準から見ると強い、というか体力のある人になる。それは女性だろうが少女だろうが変わりはないに違いない。
それと大食とがストレートに結びつくわけではないのだが、体力と持続力がある肉体は大量のエネルギーを必要とするはずだ。そして、大量のエネルギーは大量の食料から採取するという理論も、おそらくは正しいだろう。相撲取りを考えてみればいい。
それにしては、洋一の周りにいる少女たちがそろいもそろってほっそりしているのは不思議だが、おそらく相撲取りとの違いは瞬発力と持続力のどちらを重視するかで決まるのだろう。体重が軽くてしなやかな肉体は、長時間安定して動き続けるのに有利なはずだし、それは相撲取りとは正反対の性質だ。
それでも、メリッサなどは細いように見えて骨格などはしっかりしている。着やせするせいか、普通にしていると全体的にスレンダーな印象なのに、よくみると意外なほどグラマーで肉感的である。
そういう所を含めて洋一の好みなのだが、美少女たちの方が洋一より強いというのはちょっとプライドを傷つけられる事実ではあった。
そんなことを考えながら野菜の山を皿に積み上げていくうちに、ふと気づくと手元の食材はすっかり処理されていた。
シャナの方は、その間に肉を切り、皿を並べ、沸かしているお湯の温度を調節し、その他色々な作業を続けている。その動きにはまったく無駄というものがない。メリッサの料理姿は堂に入っていて大したものだが、段取りや作業の組立ではシャナの方が上かもしれない。
「ヨーイチ!」
いきなり高い声が響いた。
エネルギーに溢れたその声は、高くてもけして耳障りということはない。
続いて、短い金髪の輝きをなびかせながらパットが飛びついてくる。洋一は危うい所で包丁を置くのに成功した。
「パット、危ないからいきなり飛びつくのはやめてくれ」
もちろん、洋一のそんな声はパットの耳には入らない。パットは洋一の胴体に両手を回して思い切り抱きしめ、頬をぴったりと洋一の胸に押しつける。
ここまで無邪気だと、驚いたショックや不快さなどは消し飛んでしまう。洋一もすぐに頬がゆるんだ。
その途端、メリッサが厨房に入ってきた。洋一と視線を合わせると、ゆっくりと微笑む。
「ヨーイチさん、もう大丈夫なのですか」
「……ああ、よく寝たら元気になった」
棒読みである。パットと抱き合っているのだから、何を言っても意味がない。
メリッサはもう一度微笑んで、両手にぶら下げた荷物をテーブルに置いた。続いて、シャナと話し始める。見たところ洋一には関心がないように見える。
洋一は、パットを引きずったままそろそろと厨房を逃げ出した。
買いだしの袋をぶら下げていても、メリッサは完璧だった。どこで調達したのか、今日は活動的なポロシャツを羽織っていて、下はショートパンツである。思えば暴走を始めてから少女たちは着の身着のままなのだ。ここらで衣類の調達に走ったのも無理はない。
ふと思いついてパットを引き剥がしてみると、この少女もきっちり着替えていた。基本的に活動的なスタイルは変わらないが、上は黒っぽいランニングシャツで、下はメリッサとお揃いのショートパンツである。
年齢にしては発育がいいパットの胸はランニングを盛り上げていて、ノーブラらしくちょっと乳首が飛び出している。洋一はあわてて目を逸らせた。あいかわらず目に毒な少女だ。
いつの間にか、ホールには少女たちが溢れていた。みんな着替えたらしく、カラフルな色が動き回っている。
洋一については、一応着替え入りのバッグを持ち歩いている。しかし替えるのは下着くらいで、ジーンズやTシャツはもう何日も着替えた覚えがない。自分では気づかないが、相当臭っていても不思議ではない。
それについては誰からも何の文句も出ないので洋一も失念していたが、そろそろ何とかしなくてはなるまい。
ソファーに座り込むと、ミナが寄ってきた。
「ヨーイチさん、大丈夫ですか?」
「ずいぶん寝たみたいだけど、おかげで回復したよ」
「良かった」
ミナは洋一の前ではおしとやかなお嬢様のままだ。最初に会った時の青年将校じみた態度はもう影も形もない。凄いもので、凛々しい顔つきのままお嬢様に見えるから不思議だ。洋一に取り入るにはその方がいいと考えているのか、あるいはこっちが地なのか。あまりに完璧な演技はかえって誤解を招くという悲しい例なのかもしれない。
サラも寄ってきた。こちらは、珍しくスリムジーンズに開襟シャツ姿である。すらりとした足のラインがもろに出ていて、この姿もなかなかだ。
「まだノーラさんから何の連絡もないの。ラライスリ派にも動きはないし、ここらで一休みしているのかも。こっちも久しぶりに休めて良かった」
「すまない。俺だけ寝てたりして」
「おかげでみんな好きなこと出来たから、ちょうど良かった。気にしないで」
サラにそう言って貰えると、洋一としてはかなり助かる。何となく、サラが少女たちのリーダーになっているから、そのサラから承認されたということは洋一の行動が是認されたように感じるのだ。
「ところでヨーイチ、このホテルは気に入った?」
「ホテルなのかここ」
「正確に言うと別荘、いえ保養所かな。日本でもよくあるでしょ。企業が社員のために用意する専用ホテル。それと同じようなものらしい」
「カハノク族の?」
「というより、ノーラさんのかな。あの人、結構手広く商売しているから。こういう施設もいくつか持っていて、今回に限りヨーイチに貸してくれたというわけ」
「なるほど」
本当はクルーザーに押し込めてどこかに待機させておきたかったのかもしれない。しかし洋一が寝込んでしまったために目算が狂ったのだろう。少女たちがホテルを用意しろと言い張ったのかもしれない。
「何でも長期貸し切りされていて、お客さんを待っているところなんだけど、まだ来ないから空いていたらしくて。従業員やサービスまでは提供出来ないけれど、予約のお客さんが来るまでなら自由に使っていいという条件だった。こんな状態では予約のお客さんは来そうにないしね。食事も出ないけど、食料なんかは提供してくれるそうだから、そのへんは私たちで何とかするつもり。ヨーイチはお客さんのつもりでのんびりしてくれればいい」
凄いことになったものだ。美少女ばかりの従業員のサービスを受けながら、高級別荘に滞在できるとは。