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第197章

「覚えた?」

「日本語って、単語だけならべても話は通じますが、スムースな会話にはならないでしょう。だから、センテンスごと記憶したんです。教材の作り方自体がそうなっていました。だから、話すのはとても簡単です」

 シャナはそう言ってから、少し不安そうな表情で続けた。

「本当は少し困っています。私は本当に正しいコミュニケーションをとっているのかどうか。今も、こうしてヨーイチさんとお話していますが、ひょっとしたらとんでもない誤解をそのままにしているのかもしれないと思うと、とても不安です」

 洋一は驚愕していた。

 凄い勉強方法もあったものである。つまり、シャナは日本語を覚えたのではなく、日本語の文章を自国語と対訳させて記憶していると言っているのだ。

 もちろん、それだけではおかしな話し方になってしまうから、おそらく瞬時に思考を日本語の文法に合わせてアレンジして発声しているのだろう。

 それで、シャナの言葉が非常に丁寧であることの説明がつく。丁寧語を話しているのではなく、シャナはそれしか知らないのだ。というより、自分が話している言葉がどういう意味なのかも、おぼろげにしか理解していないのかもしれない。

 いや、そんなことはない。洋一が話す日本語を聞いて、正しく反応しているのだから、意味が判らないということはないはずだ。

「シャナは完璧に日本語を理解しているよ。でなかったら、俺の話す事が判るはずがないじゃないか」

「ヨーイチさんの発音は、とてもクリアでよくわかります。だから、何を話されているのかわかります。でも、日本語ってひとつの単語やセンテンスに複数の意味を持たせられるんでしょう? 私はそのへんがまったく判らないんです。それが不安です」

 そういうことか。

 シャナの言葉が、常に明確だったわけが判った。

 シャナの頭の中には、自国語と日本語の対訳リストがあるらしい。それはおそらく1対1になっていて、極めて即物的な対応に合わせてあるのだろう。

 シャナの礼儀正しさは、これはメリッサなどにも通じるのだが、相手の言葉を最後まで聞くという態度が大きい。人が話しているのを遮ったりすることがまったくないのだが、その理由も判った。

 日本語の曖昧さのため、最後まで聞かないと言っていることを理解・判断できないのだ。もちろん、全部聞いたからといって完全に判るかどうかは不明だが、途中でやめるよりは判断しやすくなるに決まっている。

 例えばシャナは、洋一の言うことを最後まで聞いて、それを自分が記憶しているパターンに当てはめてみるわけだ。

 大抵の場合は、それで意志は通じる。日本語だって第一の意義は意味を伝えることであって、文章であれ単語であれまともに話したら必ずはっきりとした意味になるはずだからだ。

 そして、考えてみれば洋一はココ島に来てから、サラとミナを除く少女たちには曖昧な日本語を使った記憶がない。メリッサたちに話しかけるときは、言外の意味を持たせたりせずに話していたと思う。また、メリッサたちからも皮肉や当てこすり、含み、2重の意味などの日本語を聞いた覚えがない。

 それは別に彼女たちが真面目だからというわけではなくて、そういう話し方しか知らなかったということだろう。発音と文章の組立についてはネイティヴ並だが、日本語の特色であるファジイな部分はマスターしていないのだ。いや、むしろ意識的に排除されていると言ってもいい。

 これは少女たちだけらしい。今思い出してみると、ソクハキリやアマンダ、それにノーラなどは、日本人並に自在に日本語を使いこなしていた。洋一以上に言外の意味とか誤解を招きやすい表現に長けていた気がするが、あれはやはりキャリアの差なのだろうか?

 だが、それは今のシャナには関係ないことだ。

「シャナはちゃんと俺と会話していると思うよ。話したことと、行動が矛盾していないから。しかし、それにしてもよくここまで通じるね。矛盾とか、意味は判るのかい」

「はい。盾と矛ですね。そういう熟語は大丈夫です」

 すごい。

 シャナはちょっとためらってから続けた。

「あの、別に文章だけしか知らないわけではなくて、単語についても記憶してはいるのです。本当言いますと、ヨーイチさんのお話の半分くらいはテープ教材の定型に合っていません。その部分は、知っている単語を拾って、大体の意味を推測しているんです。だから不安で」

「そんなの気にすることないよ。日本人同士だって似たようなものだし、大体、最近はお互いの話なんか聞かないで会話しているようなのも多いんだ」

 洋一は、学校などで知り合った仲間を思い浮かべながら言った。相手の話が判らないどころか、聞きもしない連中ばかりである。それに比べれば、シャナは並の日本人以上と言ってもいい。

「よかった。ヨーイチさん、ありがとうございます」

 シャナはあくまで礼儀正しい。それが生意気そうに見えないのは、シャナにそのつもりがまったくないからだろう。

「こちらこそ。ああ、それはもういいから、食事の支度をしようか」

「はい」

 シャナと洋一は厨房に入った。

 一応はホテルなのだろう。かなり立派というか、プロ用の設備らしい。

 背が低いシャナが大変そうなので、みかねた洋一は台の上に食材を並べた。

「今夜はバーベキューか?」

「みたいです。メリッサさんの指示では、食材を適当な大きさに切っておけばいいそうです」

「メリッサはどうしたんだ?」

「足りないものを探しに行くとおっしゃったので、私だけ先に帰ってきたんです」

 言いながらも、シャナはどこからか台を引っ張ってきて、自分が立つ高さを調節している。普通の調理用テーブルを使えないくらい背が低い、つまりは幼いのだが、そんな様子は微塵も見せない。よほど躾が良いのだろうか。

「ヨーイチさん、御願いしてもいいですか」

 どきっとするような表現で言う。

「もちろん」

「ではこれを切って、お皿に並べて下さい」

 シャナが野菜のたぐいをよこした。

「よし。まかせてくれ」

 洋一は包丁を手に働き始めた。こう見えても、日本では1年以上一人暮らしをしている。多少の料理は作ったことがあるし、包丁を使う程度の技術はあるのだ。

 シャナの方は、大鍋に湯を沸かし始めた。スープでも作るのだろうか。

 考えてみると、料理はメリッサの担当なのだから、シャナも洋一もそんなに複雑な事をする必要はないのである。味付けなど考える必要もない。ただ言われた通りやっていればいいのだが、それでもメリッサが使う食材だと思うと、無下には出来ない。

 洋一は慎重に作業を進めた。

 食材は多かった。野菜だけでもかなり大きな皿に載りきらないほどある。このグループは洋一を入れて7人だが、洋一以外は女の子だし、しかもそのうち3人はほんの子供だ。

 普通ならそんなに食べないような気がするが、それは日本人である洋一の誤解だった。

 ココ島の少女たちは、とにかくよく食べる。メリッサやサラなどは、見ただけではとてもそうは見えないのだが、日本の女性とは比べものにならないくらいの量を片づける。シャナですら洋一と比べても遜色ないほど食べるのだ。

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