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第195章

 ひょっとしたら、シャナもまた、何かの代表とか象徴とかの立場に立つ少女なのかもしれない。あのローグじいさんの孫か曾孫だという事以外、ほとんど謎のままなのだが。

 洋一がぼんやり考えている間に、シャナはキッチンで何かやっていたが、そのうち湯気の立つカップを両手に持ってやってきた。

「ヨーイチさん、コーヒーいかがですか」

「ありがとう。気がきくなあ」

 シャナはにこっと笑って、洋一の向かいにちょこんと腰を降ろした。自分のカップを両手ではさみこんでフウフウ吹いている。

 洋一は、熱いコーヒーをしばらく口の中でころがしてから飲み込んだ。食道から胃へ液体が流れ込んで行くのを感じる。

 まあまあのコーヒーだった。香りは良いが、洋一の好みにはちょっと苦すぎる。寝起きにはこれくらいがいいかもしれないが、あいにく今の洋一はすでに頭をフル回転させていて、これ以上興奮剤を入れるとオーバーヒートしそうな気がする。

 別にシャナの料理が下手というわけでもないだろう。コーヒー豆が悪かったら、例えメリッサでもうまいコーヒーなんか入れられっこない。ましてや、シャナはほんの少女なのだ。あの天才料理人のメリッサと比べてどうしようというのか。

「ヨーイチさん、何考えてます?」

 不意にシャナが言った。

「いや。いろいろと」

「コーヒーがまずいとか考えてませんか」

「そんなことはないが」

「そうですか」

 シャナは、カップに口をつけてちびりちびり飲み始めた。純度の高い酒か何かを飲んでいるかのようだ。

 洋一は気まずく黙ったままだった。どうもシャナは苦手である。話の継ぎ目がみつからない。

「ヨーイチさん、ココ島って好きですか?」

 シャナがいきなり言った。

「好きだよ。空気はうまいし。メシもうまいし」

 女の子が綺麗なのは言うまでもない。

「ずっと住みたいくらい好きですか?」

 洋一はあっけにとられてシャナを見つめた。一体、この少女は何を聞き出そうとしているのか。何か目的があるのか、それとも単なる気まぐれなのか。

「……住みたいけど、そうはいかないだろう」

「どうしてですか?」

 少女の特権である。こんな質問をぶつけられたら、普通怒り出す可能性が高い。しかしシャナに怒るわけにはいかない。シャナの場合は、普通のこの年頃の少女が何気なく聞いているのとわけが違うかもしれない。

「そりゃあ、仕事もないし、言葉も話せないし」

「仕事はあると思います。今だって日本領事館の臨時職員なのでしょう。言葉だってヨーイチさんだったらすぐに話せるようになります」

 シャナは熱心に言った。

「職員っていったってアルバイトだよ。それに、本当に必要だから雇ったってわけじゃないみたいだし」

 洋一は自嘲気味に言った。思えば、日本領事館で狩猪野に声をかけられた時からすべてが始まったのだ。

「そんなことないです。ヨーイチさんがいなかったら、今頃大変なことになっていたと思います。ヨーイチさんが必要ないなんてこと、あるはずがありません」

 なんなんだ? 一体、この天才少女は何を考えているのだ?

 洋一に思いつけるのは、シャナがまだ何らかの形で洋一を必要としている、ということだけである。シャナ自身というより、シャナが考えた範囲内でココ島のために洋一が必要だということだろう。

 しかし、どうしてなのかまったく洋一には読めない。これがミナとかサラが言うのだったらまだ判るが、シャナはあの2人と同じレベルで状況判断しているとでもいうのか?

 だったら天才というよりは怪物だ。

「まあ、すぐには帰らないよ。カハ族やカハノク族をこのままほったらかしていくわけにもいかないし。それに、下手すると武器密輸か何かの共犯にされるかもしれないから、逃げ出すことも出来ないしね。日本に帰る便の手配もしてないし」

 そういえば、日本までのチケットは日本領事館から貰えるはずだった。ただし、あれは仕事を果たした後の成功報酬みたいなものだったはずだ。どっちにしても、日本領事館に寄りつけないのでは、日本に帰りようがない。

 そんな洋一の嫌世的な思考にかまわず、シャナはにっこりと笑って言った。

「それがいいと思います。ヨーイチさんはまだココ島に必要な人だと思います。それに」

 小さな声で、「ヨーイチさんがいなくなると、私は寂しいです」

 洋一は硬直した。

 ほんの少女なのだ。深い意味があるわけではないだろう。そう、パットが態度で示していることを、この聡明な少女は口で言っただけのことだ。

 必死でそう言い聞かせてみるものの、その言い訳自体が内容を否定している。

 これだけ聡明な少女が、深く考えもせずにそういう事を口にするはずがない。そしてもしパットと同じ動機で言ったのだとしたら、それは恋ではないにしろ、もっと純粋な好意から出たものだという事だ。

 それはつまり……と洋一は苦笑した。

 あわてることはなかった。パットがもう一人いたというのならともかく、相手はシャナだった。これほど聡明な少女が洋一の迷惑になるようなことをするはずがないし、洋一の方も影響を受けることもないだろう。

 洋一は、改めて正面に腰掛けている少女を見た。あいかわらず両手でカップを包み込むように持ち、洋一をじっと見ている。視線が合うと、恥ずかしそうにうつむいた。

 可愛い。もの凄く可愛い。

 もちろんそれは色恋沙汰を呼ぶような可愛さではなかったが、とにかく壮絶に可愛いことだけは確かである。

 パットはビジュアル的にも可愛いのだが、むしろその行動で洋一を虜にする。しかし、この不思議な印象の美少女は、その態度だけで洋一にショックを与えたのだ。

 メリッサと会っていて良かった、と洋一はもう何度目になるのか、同じ事を思った。

 断じてロリコンではないはずなのだが、それでもグラッときてしまう。心の底にメリッサを焼き付けてあってさえこれなのだ。無防備のまま出会っていたら、洋一はどうなっていたか判らない。

 ひとつ言えることは、ココ島はレベルが高すぎる少女の宝庫だ、ということだ。それとも確率論を無視して洋一の回りに超高水準の少女たちが集まったかである。

 洋一はそら恐ろしさすら感じていた。

 メリッサは、まあ当然だろう。海のカハ祭りの本来のラライスリ役であり、カハ族のシンボルとも言える美女だ。そもそも洋一の役目はメリッサのエスコートだったのだから、メリッサが同行しているのは何の不思議もない。

 パットは偶然の産物というか、計画外だったのは明らかである。その割にはイベントでラライスリとなって出てきたり、衣装が初めから用意されていたりしているが、あれは何とか言い訳がたつ。臨機応変の素材の活用は、どうやらこのチェスの指し手の得意技らしいからだ。

 サラはどうか? 多分、計画にはなかっただろう。カハノク族の少女を洋一に同行させて、何かメリットがあるのかどうか判らない。

 ミナも多分違う。第3……ラライスリ派に求められていたのは、洋一をうまく利用するための道具の役であって、ラライスリ神殿の次期巫女であり第3……ラライスリ派の行動隊長を洋一の周辺に送り込むことではなかったはずだからだ。

 しかし、サラにしてもミナにしても、洋一の前に姿を表すためのそれなりの理由というか必然性がある。だがシャナは?

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